好鬼心
藤 夏燦
好鬼心
「私さ、キレたらやばいんだよね」
高校生になってはじめて出来た友達がそう言った。お昼休み、屋上で二人、お弁当を食べているときだった。
「どうやばいの?」
「それはもう……、記憶なくして暴れるからさ、ははは」
乾いた笑いだった。クラスで浮いている私たちは、お互いにはじめて出来た友達だった。
屋上へ向かう階段で小さくつまずいた彼女を、全然知らない男子たちが笑ったのだ。そのことを思い出して、友達はお弁当を食べ始めてから文句をいいながら「キレたらやばい」ことを私に言った。
「あー、普段は優しいだけの女だから、気にしないで」
乾いた笑いを続けながら、彼女はそう付け加えた。
会話の主導権はいつも彼女が握っている。私は一人だってお弁当を食べられるのに、この子ができないから付き合わされている。
「見てみたいな」
「え?」
「あなたが怒っているところ。見てみたいな」
好奇心だった。友達はぽかんとした顔をしている。
「……なんで私が○○さんに怒るのよ」
つまらないと思った。
そこで私は横に置いていた水筒を手に持って、彼女の顔にお茶をかけた。
「はい、これで怒ってくれる?」
友達は状況が理解できていないらしく何度も瞬きをした。
「えっ? どうしたの?」
「ねえ、早く怒ってよ」
私は彼女の頭に血が上ることを期待したが、
「いいよいいよ、全然気にしないから」
と慌てたようにハンカチを取り出して彼女は顔を拭った。彼女は眼鏡をかけていたのでレンズにも茶色い水滴がついている。
私はまだ足りないのかと思い、彼女の膝に置かれていたお弁当を思いっきり紺色のスカートの上へとひっくり返した。
「きゃっ」
さすがに声を出した。私はすかさず、
「ごめん、わざとだよ」
と言う。
「わざとって……○○さん。いったい、どうしたの?」
彼女は怯えたような声でたずねた。
「どうしたのって。怒っているところが見たいだけだよ」
「どういうこと?」
「ねえ、早く」
「えっ?」
「早く怒ってよ」
私はうさぎ型に剥かれたリンゴを小さなピンク色のフォークでグサグサと刺した。可哀想なうさぎさんは、彼女が早く怒らないので半分に千切れてしまった。
「○○さん。私、○○さんには怒れないよ」
弱弱しそうに彼女は首をふる。
「どうして?」
「だって○○さん、友達だもん」
「そう。じゃあ友達やめてもいいから、怒ってみて」
「できないよ……」
「なにができないの? 私、こんなにあなたに酷いことしたんだよ。怒って当然でしょう?」
「でも、できないよ。だって友達だから」
「だから友達やめてもいいよって言ってるよね。友達がいなくなることが怖いの?」
彼女が早く怒ってくれるように、私は煽るような調子で言った。
「早く怒って。記憶なくなるまで暴れてよ」
「ひっ!」
そのまま右手に持った水筒を彼女の頭の上で傾ける。蛇口のような勢いで、冷たいお茶が彼女の髪と制服にかかった。
「ひぐっ、ごめんなさい」
「?」
「……怒れません。だから許してください」
お茶でよく分からなかったが、彼女は泣き出していた。怒ってほしかったのに泣かせてしまうとは、私はどこで間違えたのか分からなかった。
「なんで泣いちゃったの? 怒ってほしかったのに」
それ以上聞いてみても、彼女は何も言わなかった。私はつまらないなと思った。
怒ってくれたらクリーニング代と弁当代を持ってあげようかと思っていたが、すごく失望したのでそのまま教室に戻ることにした。ちょうどチャイムも鳴った。
「友達の頼みもきいてくれないなんて、もう友達じゃないね」
私はそう言い残して屋上を去った。それ以降、彼女は学校に来なくなった。私は一人でまたお弁当を食べられるようになって、嬉しかった。
好鬼心 藤 夏燦 @FujiKazan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます