03:「G」の衝撃

 まあ、とにもかくにも。

 ラブコメ漫画を描いていると、ちょくちょく朱里が部屋にやって来る。


 あいつも学校の放課後は必ずひまってわけじゃないから、常に出入りしているというほどでもないのだが……。


 何しろ俺と違ってリア充だから、同級生と下校時に寄り道してみたり、校内行事に首を突っ込んでみたり、色々な雑事にかかずらうことも多い。

 ただそれを差し引いても、朱里が我が家へ上がり込んでくる機会は少なくないと思う。


「別段お小遣いに困っているわけじゃないんだけどね。それでもお金って、いくらあっても邪魔にならないから。それに人付き合いが多いと入り用だし」


 かつて朱里は、嫌味っぽく話していた。


「だから近場で気軽に働いて、それなりにお駄賃がもらえるのは都合がいいわけ。友達の少ない君にはわからないかもしれないけど」


 要するに我が幼なじみは、金員調達のために精勤していらっしゃるらしい。

 尚、俺は指摘通り友達が少ないが、経済的には平均的な高校生より余裕がある。

 漫画連載で稿料を得ているし、先日は単行本が出版されて印税が入ったからな。

 スクールカースト底辺だからって、ぼっちのオタクを甘く見ないで頂きたい。




 だがそれはそれとして、五月第二週のある日の午後。


 俺は、学校から速攻で帰宅すると、いつものように自室で漫画を描いていた。

 そこへ朱里が若干遅れて姿を現し、やはりいつも通り部屋の掃除に取り掛かる。


 しばらく慣れた手つきで、あちこちに散乱する物品を片付けていたのだが――

 やがて清掃にいそしむ幼なじみは、しみじみとした声を漏らした。


「それにしても君、本当におっぱい大好きよね」


 唐突に謎の人物評を下され、どういう了見かと怪訝けげんに思った。

 液晶タブレットの画面から視線を上げ、朱里の様子をうかがう。


 清掃中の幼なじみは、左右の手に写真集とBDブルーレイを持っていた。

 いずれも人気のグラビアアイドルを扱ったもので、水着写真がパッケージを飾っている点も共通だ。また朱里が着目した通り、被写体及び出演者のおっぱいは大きい。


 どうやら室内を清掃する過程で、相変わらず床の上に放置されていた「作画資料」が目に留まったようだ。


「おまえこそ毎回ここへ来るたびに気にしてるよな、そういうの……」


「はーっ。こっちの女の子、まだ一六歳なんだ。私と同い年じゃない」


 こちらの返事は華麗にスルーして、朱里は写真集のページをめくっていた。

 写真自体を眺めるのはそこそこにし、アイドルのプロフィールが記載されているページを開く。わずかに目をき、感心したような声を上げた。


「どうすれば高校二年生にして、こういう写真集が出せたりするのかしら。やっぱり子供の頃から芸能活動して、事務所に所属しているとか?」


「その写真集のアイドルはたしか事務所にも所属しているが、SNSで自撮り写真を公開していたのが大きいと思うぞ。それで人気が出て、仕事に結び付いたみたいだ」


「へー……。ていうかプロフィール欄に書いてあるけど、この子ってバスト八四なんだ。私の方が大きいじゃない」


 朱里のやつ、折角説明したのにまた適当に受け流しやがった。

 何なの女子高生が写真集出した経緯が気になって訊いたんじゃないの? 

 いやそりゃどうでもいいが、今何気に聞き捨てならない発言しおったぞ。


「……あのなあ、アイドルと何張り合ってんだよ。だいたいおまえ、胸の大きさってのは単に数字上のサイズだけで良し悪しが決まるもんじゃないだろ。トップとアンダーの差で測らなきゃわかんねぇからな、その子はEカップだぞわかってんのか」


「……私、Gなんだけど」


「は? うっそバカ言えGって重力加速度のアレじゃねぇのかよふざけんな高二でGとかマジ許されんのかお見逸みそれしました朱里さん君のすべてにありがとう」


 衝撃の事実に驚愕し、動揺の余り早口になってしまった。


 やべぇ幼なじみだけど初めて知ったわ。

 そういや去年の夏、ここへ薄着で来ていたときに「近頃けっこう身体の凹凸でかくなったなあ」と思ったりした記憶はあるが。

 そうか……これがG……。俺のぼっち漫画家人生の中でGなんか、たまにアナログ作画で使うペン先ぐらいしか縁がないかと思ってたわ……。

 なんて、一人感慨にふけっていたら。


「ごめん孔市、その反応ちょっと幼なじみでも引くぐらいにはキモい」


 朱里が冷たい視線をこちらへ向けていた。デスヨネー。

 それには一切反論せず、俺は漫画のペン入れ作業に戻った。

 液晶タブレットの画面上で、再びタッチペンを滑らせる。


「でもまあ、そこそこ可愛くてEあれば普通にグラドルとかになれるのね」


 するとまた、朱里の不遜な発言が聞こえてきた。


「ひょっとして、私もネットに自撮り画像投稿したりしたら、グラビアアイドルデビューできるかもしれないのかしら」


「いやまたスゲェ自信だなおい。容姿全般基準は満たしてると思ってんのか」


 作画作業を続けながら、思わずツッコミを入れずにいられなかった。


「それに自撮りで水着のやつとかも公開しなきゃならないんだぞ。そんな露出の多い写真をWeb上で全世界の衆目にさらせんのかよ」


「……孔市としてはどうなの。幼なじみの水着自撮り写真、見てみたい?」


 問い掛けられたときに丁度、ペン入れがヒロインキャラの胸部周辺まで進んでいた。

 まさしく写真集を参考に下描きした箇所だ。

 おっぱいの丸みに合わせて、タッチペンの筆圧感知入力機能を活かしながら、線でふくよかさを表現していく。

 そう、Eを参考にして描いた大きさ柔らかさを……ただすぐそばにはリアルなGのそれがあるわけだが……これよりもっとたゆんたゆんでふわっふわな……。


「………………まあ自撮り画像には口の悪さは写らねぇからな」


「何よその長い間は。あと誰の何が悪いっていうの? んん?」


 婉曲えんきょくに回答すると、朱里は不愉快そうに食い下がってきた。

 しかもやや挑発的な調子がある。まさに売り言葉に買い言葉だ。

 俺は、決然と椅子から立ち上がり、振り返って絶叫する。


「うっせぇなあ赤の他人のアイドルより普段知ってる幼なじみの水着の方が正直生っぽいエロさあって興奮するに決まってるだろうが写真見せろくださいお願いします!!」


「ホント変態ね君!! やっぱり絶対見せないわ、面と向かって本人に『エロさあって興奮する』なんてこと言う幼なじみにはね!!」


 朱里は、かすかに頬を桜色に染め、報復とばかり罵倒ばとうしてきた。

 それから写真集のページを両手で閉じ、作画資料が詰まった書棚へ並べる。

 ただ少し口をとがらせていたが、なぜか挙措からは憤慨が伝わってこない。


「……ていうか水着姿の自撮り画像なんか、安易に人前で晒したりしないわよ私は。別にグラビアアイドルになりたいなんて思ってないし」


 付け足すように言ってから、朱里は部屋の掃除を再開する。

 俺も「……そうかよ」と応じて、作業机の側に向き直った。

 タッチペンを握り、液タブ上で原稿を描き込んでいく。


 その合間に時折、見るともなしに幼なじみ(Gカップ)の挙措を眺めていた。

 朱里は、しばらく散乱しているものを片付けていたようだが、ほどなくいったん部屋を出ていく。引き返してきたときには、やはり例によって掃除機を抱えていた。

 床の上を隅々まで清掃すると、これまたいつも通り一階のキッチンへ向かう。

 そうして、コーヒーを淹れたカップを二人分と、クッキーの皿を運んできた。


 完全に「ひと仕事終えた」という物腰で、表情がウザめにドヤってる。

 作業机に俺のコーヒーを置いたあとは、ベッドの脇にあったクッションを手繰り寄せ、ローテーブルの前に座り込んだ。書棚から漫画単行本(※推理物の少年漫画)を取り出し、クッキーにかじり付きながら読みはじめる。


 ――毎度ながら本当にこいつ、どんだけ俺の部屋でくつろいでるんだよ……。


 幼なじみの有様に呆れつつも、相変わらずペン入れを続ける。


 原稿は、一ページ分の作業がひと段落し、次のページに取り掛かるところだった。

 写真集のアイドルを参考にして描いたコマが、またもや液タブの画面に表示される。

 肌の露出が多い、ラブコメ漫画で定番のお色気シーンだ。まさしくついさっき、朱里とやり取りした際にも言及した部分だな。読者サービスともいう。


 俺は、このときヒロインキャラの尻や太腿ふとももを描画しながら――

 密かに「朱里が水着の自撮り画像を、他人の目に触れるような場所で公開するつもりがなくて、本当に良かった」などと、相当気持ち悪いことを考えていた。

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