ラブコメ漫画を描いていると、リア充かわいい幼なじみが部屋に来る。

坂神京平

プロローグ

01:ちょっと奇妙な幼なじみの日常

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【 宇多見うたみコウ 】


 学校ではつれないクラスメイトが家で二人っきりになると、

 デレデレして甘えてくる話。[17話]


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 SNS上へ投稿した画像ツイートを、PCのモニタで確認する。

 毎話四ページのラブコメ漫画だが、まずまず今回も閲覧者の反応は悪くなさそうだ。

 まだ公開から二四時間程度しか経過していないと思えば、むしろ好調な数字だろう。


 俺は、タッチペンを握り直し、視線を手元へ戻した。

 作業机の上には、二種類の画面が存在している。ひとつはSNSを眺めていたモニタで、もうひとつは作画に使用する液晶タブレットのそれだ。


 手前に置かれた液タブの画面上で、画像ファイルを開く。

 解像度六〇〇dpiのモノクロ原稿が表示された。


 現在描き掛けの漫画だ。

 SNSにアップロードしたものは完全に趣味で描いているが、こちらはWeb連載の商業作品である。


 すでに下描きは済ませ、枠線までは引き終えた。

 漫画制作用アプリで任意のツールを選択すると、液晶タブレットの画面上にタッチペンを走らせる。ポインタが下絵をなぞるたび、黒い線が一本、また一本と描かれていく。



 ――連載最新話は二四ページ。今日中にペン入れを済ませたい。


 〆切までの時間を逆算しながら、ガツガツ作業を進めていった。

 かくいうわけで、しばらく集中して原稿と向き合っていたら――


<……ピンポーン♪>

 と、来客を告げるチャイムの鳴る音が聞こえてきた。


 今この家の中には、俺一人しか居らず、共働きの両親は留守にしている。

 だが一階まで下りて、インターフォン越しに誰が訪れたかをたしかめたりはしない。

 面倒臭いし、この時間帯に我が家へ来る人間は、宅配便以外じゃ大抵一人しかいない。

 そうして俺は本日、ネット通販の類を利用していなかった。


 さらに付け足すと、唯一可能性がある来客は、いちいち出迎える必要がない。

 なぜなら、そいつはからだ。

 ほどなく部屋の外から、聞き慣れた明朗な声が響いてきた。


「――お邪魔しまーす! 孔市こういち、もう帰ってるんでしょー?」


 事実を裏付けるように玄関ドアを開け、来訪者は勝手に家へ上がり込んだらしい。

 次いで、とんとんと一定のリズムで階段を上る足音がした。

 ついには、この部屋のドアも開け放たれる。


 俺は、仕方なくペン入れする手を止め、自室の出入り口を振り返った。


「やっぱり居るんじゃない。本当に君って放課後になった途端、下校するのメチャクチャ早いのね。どうしたらこんなに超高速で帰宅できるのか、教えてもらいたいわ」


 予想通り入室してきたのは、幼なじみの紘瀬ひろせ朱里あかりだ。

 俺と同じ鐘羽かねばひがし高校に通う二年生で、クラスメイトでもある。

 鳶色とびいろがかった長い髪をハーフアップにまとめた容姿は、まあわりと可愛いと思う。世間一般の基準に照らせば、美少女と呼んでいいのかもしれない。

 今日は淡い色合いのカットソーと膝丈のスカートを着て、楽な恰好かっこうをしていた。

 下校後に着替えてから、ここへ来たのだろう。家が隣同士なので、毎度のことだ。


 朱里は、両手を腰の左右に添え、豊かな胸を張った。

 姿勢正しく直立すると、スタイルの良さが際立つ。


「それと折角来てあげたんだから、出迎えぐらいしたらどうなの」


「別に来てくれなんて、おまえに頼んだ覚えもないんだがな……」


「はああぁ~またそんな憎まれ口叩くのね。漫画を描くこと以外に関しては、完全な社会不適合者のくせして」


 机に向き直りながら返事すると、朱里はあきれたように言った。


「この部屋だって、私がちょくちょく来てあげなかったら大変なことになるわよ」


 俺は、椅子の上で居住まいを正し、何も言わずに作画作業を再開する。

 朱里の訓戒に対しては、正直なところ反論が難しかった。


 現状において、この部屋はお世辞にも整理整頓が行き届いているとは言えない。

 床の上と言わずベッドの上と言わず、あちこちに色々なものが散らかっている。

 作業中に飲んだ清涼飲料水のペットボトル、夜食で食べた調理パンの袋、同じくカップラーメンの容器、漫画の没ネームを丸めた紙くず、作画の参考に購入した写真集や画集、趣味と資料を兼ねた漫画単行本、美少女フィギュア、アニメや映画のBDなど……。

 どれも飲み食いしたり捨てようとしたり、購入したり鑑賞したりした記憶自体はあるんだが、いつの間に放置していたかは思い出せない。

 そういったものが比較的散乱していないのは、作業机周辺の空間だけだ。


 しかしともかく目の前の原稿に集中して、俺は漫画のペン入れを続ける。

 背後では、朱里がごそごそ動き回る気配がした。部屋を片付けているのだろう。

 特にこれといって断りもなく、この子はいつも世話を焼こうとする。


「もー毎回来るたび言ってるけど、部屋で飲み食いしたあとのゴミぐらいはきちんと捨てなさいよ。汚いだけじゃなくて、不衛生じゃない」


 続いて、がさり、とちいさな物音がした。

 たぶん、ポリエチレンのゴミ袋を取り出したに違いない。

 ここへ来る際、朱里は必ず自宅から持ってくるんだよな。


 俺は、相変わらず手元の画面を見たままで、いちいち様子をたしかめたりしない。

 しかし幼なじみがゴミを拾い集めているのは、背を向けていても察せられた。


「ていうか三日前に掃除したばかりなのに、どうして短期間でここまで散らかるの?」


「うるせぇなあ、土日に引き篭もっていたせいだろ。徹夜仕事だったし、飲食も全部この部屋で済ませてたから、ゴミが増えるのは仕方ないんだよ」


「それにしたって異常でしょこれは。あと栄養ドリンクの空き瓶がそのへんの床に何本も転がってるけど、あまりこういうのを飲みすぎると身体に良くないわよ」


「飲まなきゃやってられないこともある」


「いったいどこの飲んだくれの台詞よそれは」


 作画の片手間に返事すると、朱里は嫌悪感のにじむ口調で言った。

 尚も勝手に室内を片付けながら、うるさくわめき立てている。


「きゃああぁ! こっちに除けてあったお弁当のプラスチック容器、食べかけのおかずが残ってるし! もう腐って嫌な臭い出てるわよ!」


「あーたしか一昨日の夜食だなそれ。作業しながら食べていたんだが、途中で下描きする手が止まらなくなって、中途半端に残してたような気がする」


「なんかゴミ箱があふれて床に落ちたっぽい紙くず、拾ってみたら凄くいかがわしい絵が描いてあるんだけど。何これ……おっぱい大きい女の子の半裸姿みたいな……」


「漫画のキャラをデジタル原稿で描く前に、いったん普通の紙に描いて練習してみたら、失敗したんで捨てたやつだよ! あとラブコメだったら普通だろ、お色気シーンを念頭に置いて作画するぐらいは」


「ああもう、ベッド脇には漫画や写真集が山積みになってるし。――えっと、『大原おおはらさんはおっぱいが大きい』……『巨乳アイドル星沢ほしざわ優枝ゆえ1st写真集』……? ふ、ふーん、やっぱり孔市はこういうのが好きなの?」


「どれも単に漫画を描くのに参考にしている本だっての! ていうかやっぱりって何だよ、いちいち書名を読み上げるなや!」


「……うわぁーここの棚の上にある女の子のフィギュア、最近買った新しいやつ? よく見てみると後ろ側から黒いぱんつ丸見えじゃない。生身の女子に私以外と接点がないからって、こんなの大事そうに飾っちゃって……孔市やらしー……」


「いやそれ別に散らかしてないよな!? なんで無駄にただ飾ってあるフィギュアを観察しはじめたの!? あとそれも作画資料だから!」


 作画の手を止め、顔を上げて朱里の様子をうかがう。

 幼なじみは美少女フィギュアを手に取り、胸の谷間やスカートの中身をあらためていた。

「ぱんつにしわまで入ってる……リアルね……」などと、凝視しながらつぶやいている。

 日頃から出入りしている家の中だからって、何でもかんでも置いてある品物に無遠慮に触らないでくれます? 


 ……まあとはいえ、常々掃除に限らず厄介になっているせいで、あまり強くも抗議することができない。

 なので結局は口をつぐみ、また作画作業に戻るしかなかった。


 そうして液晶タブレットで漫画を描いていると、朱里も部屋の片付けを続行する。

 やがてゴミはきちんと分別して運び出され、散らかった書籍類も本棚へ収まり、室内は見違えるほど整頓された。

 そこへさらに朱里は掃除機を持ち込み(階下の収納にあることを知っているのだ)、ちりほこりを除去していく。


 ――このあとはいつも、キッチンでコーヒーをれてきてくれるんだよな……。


 原稿に下描きされたヒロインキャラをペン入れしつつ、半ば習慣化している状況に思いを致した。まったく俺とこの子は奇妙な間柄だ。



 朱里は、高校での学業成績も優秀で、俺と異なり友達も多い。

 だから暇があるからって、こんな汚い場所へ頻繁に姿を見せる必要もないし、ましてや社会不適合者(俺)にお節介を焼かなきゃいけないわれもない。


 しかし俺がラブコメ漫画を描いていると、このリア充な幼なじみは部屋に来る。


 さて、いったい二人は何だって、こうした「り方」を続けているのだろうか――……

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