第三話 困難の始まり


 広くて深い森をノンビリと散策しながら、樹々のお終いが見えてくると、拓けた日向で主の帰りを待つオレンジ色のポッドが見えて来た。

「お散歩も、お終いですわ」

「そうだね…ストップ!」

 中性的な王子様みたいなマコトが、何かの気配を感じ取り美しい顔を厳しく引き締めて、パートナーに忠告をする。

 ユキも、穏やかなお姫様のような媚顔を緊張させて、歩を止めて、マコトの指示通りに静かな後退。

 白いウサ耳が、小さな音を聞き取って、ネコ耳パートナーへと無言で指さし。

 二人は右側に警戒しつつ、大樹の影に隠れて、小声で警戒。

「…何か 音が聞こえたでしょ?」

「ええ。ですが、音の正体までは 分かりかねますわ」

 揃ってケモ耳を澄ませていると、森の中の後方から右側へと、何か大きな物体が移動している雑音が、大きくなってきた。

「「………」」

 念のためにと、ネコ耳捜査官とウサ耳捜査官は、ステーションで支給された装備品の、麻酔銃を抜く。

 葉を掻き分ける大きな音が森を抜けると、森林の原住生物が姿を見せた。

「マコト、あれは…」

「ツノゴリラ、だね…初めて見た」

 ステーションでのレクチャーを受けていなければ、初見では命の危機すら、感じていただろう。

 二人の視界に現れたのは「ツノゴリラ」と名付けられている、惑星サベージ固有の野生生物だ。

 身長三メートルを超える大型の二足歩行生物で、地球本星に生息している野生生物のゴリラに、よく似ている。

 頭には、ほぼ水平だけど緩いカーブで先端が反り上がった角が左右で二本、生えていた。

「だから ツノゴリラ…」

「でしょう…ですが…」

 名前に対してもっと特徴的なのは、腕が六本というその姿だと、二人は感じる。

 哺乳類の腕は、いわば前脚が変化した物と言える。

 ツノゴリラの六本腕とはつまり、世にも珍しい八本脚の哺乳類という事だ。

 わりと数多いるツノ付き哺乳類に比べたら、特徴という意味では他に類を見ないと思われる、八本脚。

「…発見者が そう名付けた…という事 なのでしょうね…」

 実は、学術名「ツノゴリラ」の「ツノ」は、頭に生えた角を指しているのではなく、発見主である「ハンドラアルティ・マイカニリスロバイト・ツノ」という、生物学者の名前から付けられていたりする。

 しかし頭の角も特徴的ではあり、名前との一致感がネタ的にも話題となったのか、サファリ惑星としても有難く、ネタが修正される事も無しに名前が広まったのだ。

「…そんな名前の意味 ねぇ」

 腕時計型の情報デバイスにダウンロードしていた惑星サベージの生物図鑑から、そのような理解が出来た。

「ですが、あの子…要警戒生物 なのですわね?」

「うん。要注意生物 ではないね」

 カテゴリー的に、毒や狂暴性のある生物は「要注意生物」であり、注意をすれば命の危機が少ない生物は「要警戒生物」に分けられている。

 ツノゴリラは、巨体だし見た目も恐ろしいけれど、性格的には人懐っこくて好奇心旺盛で遊び好きで、人間と遊ぶのも大好きだ。

 しかしその巨体と怪力のおかげで、ジャレつかれるだけで成人男性でも大怪我を負わされてしまう。

 なので、惑星サベージがサフアリ・パルクとして機能していた頃は、専用のパワードスーツを着てツノゴリラと戯れるアトラクションが、大人気だったらしい。

「それ程までの、怪力の持ち主 なのですわね」

「あの身体 だからね」

 と、二人が観察を続けているのは、ツノゴリラの好奇心に、マコトとユキが乗って来たポッドが引っかかってしまったらしいからだ。

 ツノゴリラは、ドングリ型な不燃性樹脂の物体を、撫でたり舐めたり匂いを嗅いだりと、つぶさに観察をしている。

「あのまま、ポッドが壊されたりしたら 困るね」

「どういたしましょうか…」

 ステーションに連絡をして、離れた場所にでも、新しいポッドを降ろして貰おうか。

 とか、対策を考えていたら。

「! ユキ、今 あの子と目が合った」

「まあ…こちらへ歩いて やってきますわ」

 二人の人間を見つけたツノゴリラは、嬉しそうな空気を発散しながら、こちらへとドスドス歩いて近づいてきた。

「…危険 だよね」

「私も、 そのように判断いたします」

 ゆっくりと後ずさりをして、それでもツノゴリラが近づいて来るので、二人は急いで踵を返し、森の中へと走って逃げた。

 –ブオオオォォォンっ!

 遊び相手が走り出したので、ツノゴリラは楽しそうに追いかけ始める。

「うわ、見た目通り 速い!」

 二足歩行だけど、大柄なので走ると速い。

 鍛えている二人が全力で疾走しているのに、距離は広がるどころか、グングンと縮められていた。

 このままでは追い付かれて、怪力でジャレつかれてしまう。

「ユキ、大回りで右!」

「ええ!」

 走った距離とスピードから、このまま遠回りだけど円を描いて走れば、追い付かれる前にポッドへと辿り着ける。

 マコトの考えが正解だと、視界に入ったポッドで解るも、ユキは別の危険性に気づいていた。

「マコトっ、あの子っ、私たちの、お尻を…っ!」

「えっ?」

 軽く息を切らしながら、後ろを見る。

 と、ツノゴリラは、フリフリと揺れるネコ尻尾とウサ尻尾を、柔らかく左右へと揺れるTバックのヒップを、更に二人の細くて白い背中を、まるで繁殖相手を見つけたかのような熱い視線で、見つめていた。

「ぇえっ、ありえないでしょう!」

「きっと、マコトの魅力に、参ってしまったのですわ!」

 こんな緊急事態の時でも、ユキのセクシー・ジョークは、遠慮なし。

「早く、ポッドへ!」

 二人の尻尾へと、ツノゴリラの手が届こうとしたタイミングで、ケモ耳美少女捜査官たちはポッドの中へと飛び込んだ。

 マコトが急いでハッチを閉じて、その間にユキが素早く操縦席へ。

「ハッチOK!」

「緊急離陸 いたしますわ!」

 ユキの操縦で、ポッドがあり得ない程の急発進をする。

 並みの操縦技術ではバランスを崩して墜落してしまうような急発進でも、ユキなら難なく安定させていた。

 ほんの数秒で、ポッドは高度十メートル以上の高さへと到達。

「ふぅ…危なかったよ」

「操のお話ですの?」

「違うよ。というか、それはお互い様だよ」

 シートに座りながら突っ込むマコトに、ユキは安心した笑顔だ。

「とにかく、このまま ステーションへ戻って…あ」

 船外のカメラに映っているツノゴリラが、足下の岩を持ち上げて、投げつけてくる。

 あれも遊びの一環なのだろうけれど、あんな岩石を命中させられたら、ポッドが墜落をして乗員は大怪我だ。

 ユキの操縦からすれば、止まっているに等しい低速な岩を、ヒョイとかわす。

「あの子に悪気は無くても、たしかに 要注意生物だね」

「ええ。可哀そうな現実ですわ」

 ツノゴリラというか、地上との距離が随分と開いて、ツノゴリラも二人を追うのを諦めた様子。

「ふふ…ちょっと 可哀そうな気もするね」

「いつか サファリ・パークとして再開された暁には…パワードスーツをレンタルいたしましょうか」

 などと話していたら、緊急警報が鳴った。

「! どうしまして?」

「あっ、ユキ、下!」

 見ると、森の中から大量の鳥が、上空へ向かって飛び上がって来ていた。

「あれ、鳥?」

「こ、困りましたわ!」

 愛らしいお姫様フェイスが、本当に焦っていて、そんな表情にも庇護欲を刺激されるマコト。

「これは…」

 マコトにも予想が出来てしまった、鳥の激突事案。

 いわゆる、バードストライクである。

 ツノゴリラが放り投げた岩に、鳥たちが驚いて、一目散に飛んで逃げたその先に、このポッドがいたのだろう。

 雨雲のように拡がった無数の鳥たちが、パニックのままポッドへと飛翔し続ける。

 ビークルとしては低速なポッドへと、全力で飛んでくる鳥の群れ。

「来た!」

 追い付かれてしまうと、外壁からのガンガンと激しい衝突音が収まらず、外部の可動式ロケットにも、次々と激突をされてしまう。

「あっ、きゃっ–いけませんわ!」

 連邦捜査官随一の操縦技術を以てしても、盛大に拡がって無数にぶつかって来るバード・ストライクを避けるなど、どう頑張っても不可能だ。

「きゃああん!」

 ユキの奮戦も空しく、主力ロケットを破壊されたポッドは、再び惑星の森の中へと墜落をした。


                    ~第三話 終わり~

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