10:涙


「ここが中枢か……」


 そこは広大な空間であり、頭上は球状の謎の機械が浮いている。そこから無数のコードやパイプが壁へと伸びており、何となくだが、心臓のような物に見えた。


「あれが、このラヴィナの動力源にして中枢――エーテルコアドライブです」


 その真下には何やらコンソールが設置されている。あそこでおそらく操作するのだろうが――そこに何者かがいた。


「あれは……」


 それは、身体の半分が千切れかけている壮年の男性だった。その傷からはコードや歯車が見えており、人間でないことが分かる。何より、その胸には何やら複雑な機構が付いた剣が突き立てられていた。


 着ている服は立派であり、頭には王冠のようなものを載せている。


「お父様……?」

「……まじか」


 シスカが、駆け出した。


「お父様!」


 しかしその瞬間、俺は肌がぞわりと粟立つ感覚に襲われた。シスカの父らしき男の目に――のを確かに見たのだ。


「シスカ!」


 俺が叫ぶと同時に、男が右手で胸に突き刺さっていた剣を引き抜き、そのまま駆け寄ってくるシスカへと薙ぎ払った。


「っ!! それは……私の剣!」


 シスカが驚いたような声を出しつつ、ギリギリでその刃を回避する。


「な……ぜ……お前がここに……いる……シスカあああああああ!!」


 男が叫びながらシスカへと追撃を重ねた。


「な、なぜですか父上! なぜそのような暴挙を!」


 身体が千切れかけているせいか、思うように動けないその男は俺ですら避けられそうな攻撃しかしてこない。シスカの身体能力なら余裕で反撃できるのに、彼女はしなかった。


 俺は無意識のうちに二人の方へと駆け出していた。


「お前のせいで……お前のせいで!! 我がエクスマキナは滅びたのだ!」

「どういうことですか!?」

「我々を裏切り……人間と竜族に加担したお前だけは……お前だけは殺さねば!」


 何が何やらさっぱりだ。だがシスカは怯えたような顔で、その動きを止めてしまう。


「馬鹿野郎! 足を止めるな、耳を傾けるな!」


 俺は棒立ちになったシスカの前へと飛び出ると、骨の剣で男の一撃を防いだ。恐ろしいほどの力がこもっているのか、それだけで手が痺れてくる。


「邪魔するな! やはりシスカの封印を解いたのは人間か! おのれ忌々しい……」

「うるせえ! お前が何者か知らんが、いきなり殴りかかってくる奴の言葉なんか響かねえんだよ!」


 俺が男の振る剣をなんとか防御する。もしこいつがシスカの父だとすれば、俺如きでは止められないほどの力を秘めているのだろうが、今目の前でめちゃくちゃに剣を振っているのは、ただの壊れかけの人形だ。


「なぜだ……なぜこんな醜い者達を選んだ! 滅ぶべきは人間だ! なのになぜ!」


 男の顔には狂気の表情がへばりついている。その力は剣を振る事に増しているような気がする。


「っ! くそ!」


 剣なんて振ったこともない俺がここまで防げただけでも大したもんだが、ここに来て恐怖に飲まれてしまう。男の狂気が恐ろしい。


「死ね! 死ね!」

「やばっ」


 男の一撃で、俺の剣がついに折れてしまった。

 

「死ねええええええ!! 人間も竜も全部死――」


 俺は迫る凶刃に思わず目を瞑ろうとしてしまう。だけども、視界の隅にふわりと動く青髪を見て、俺は意地でも目を閉じなかった。


「もう――眠ってください」


 シスカが俺の前に出ると、男の剣を持つ手をあっさりレーザーブレードで切断。そのまま宙に投げ出された男の剣を左手でキャッチする。


 そしてそれをそのまま一閃。


 男の首が――切断された。


「おのれ……エクスマキナの……栄光ga……&876……&&$$##」


 男の首が床で無念そうにそう呟き――その目から光が消えた。


「……シスカ」


 俺は剣を握ったままのシスカへと声を掛けた。


 あれが本当に父だとすれば。


「……大丈夫です。あれはもはや父ではなく、亡霊です。半神半機が亡霊だなんておかしいですけどね」

「そうか」

「リンド、ありがとう。貴方の言葉で目が覚めました」


 シスカがそう言って、俺の方を向いて、微笑んだ。それは初めてみる、無表情以外の顔だったが、その笑みには悲しさしかなかった。


「……少し休憩しようか」

「……? 私は大丈夫ですよ。もしかして怪我でもしましたか?」

「してねえよ。でもな、大丈夫だって言い張るなら――なんでお前は泣いてるんだ」


 俺はシスカの瞳から流れる一筋の涙を見て、そう言うしかなかった。


「これは……なんでしょうか」

「良いから、少し休もう。死体がある部屋で休むのはアレだが……」

「……はい」


 俺とシスカは男――シスカの父の死体が見えない位置であるコンソールの向こう側に座り込んだ。


 背中を預けているコンソールのひんやりとした感覚が心地良い。


「一体……本当に一体何があったのでしょうか。なぜ私が人間と竜族に加担したのでしょうか」

「さてな。でも、きっとそれがその時のシスカにとって、正しい判断だったんだろ? だったら良いじゃないか、なんでも。それが過ちなら、悔い改めればいい。それが間違っていないなら、堂々と胸を張ればいいさ」

「……そうですね。きっとそうです」


 シスカが噛み締めるようにそう呟いて目を閉じた。


 それからどれだけの時間が経ったか分からない。だが、シスカがゆっくりと立ち上がったことで、俺はもう大丈夫だと確信した。


「整理はついたか」

「はい。ご心配お掛けしました。ラヴィナを――起動させましょう」

「ああ。でもその前に、少し情報を収集した方が良いんじゃないか? 過去を知る必要はないと言ったが、シスカの父がなぜ、この操作盤にいたのか。なぜシスカの剣が突き刺されていたのか。なぜシスカは封印されたのか。それを知る前に起動させるのは、危険な気がする」


 俺には……シスカの父がこのコンソールを護っているように見えた。そこを人間や竜と組んで攻めたのがシスカなのだろう。


「私の剣があるということは、私はここまで辿り付いたのでしょう」

「ああ。だが結果として、シスカは封印された。そしてシスカの親父はここを護り続けた」

「私は――ここに来て何をしようとしたのでしょうか」

「あるいは……何かを止めようとしたのかもしれない」

「……起動はせずに、ラヴィナ内部のデータにアクセスしてみます」


 そう言って、シスカはコンソールの上にある機械へと右手を接続させた。


「やはり、まだラヴィナは辛うじて稼働していますね。最低限の機能を保つ程度に過ぎませんが――ああ……」


 シスカが嘆くような声を出した。


「どうした?」

「分かりました。全てが。記憶は相変わらずないので、客観的なデータでしかありませんが」

「何が起こったんだ」

「詳しくは分かりません。ですが、父がやろうとしたことは分かります」

「やろうとしたこと?」

「父は……下界を滅ぼそうとしていたようです。人も竜も……神も大地も海も……全て。ラヴィナの全エネルギーが、とある兵器へと集約されています。撃たれた形跡はありませんが」

「なんだそれ……」


 やっぱり親父がやべえ奴じゃねえか。


「〝分解砲〟と呼んでいたものです。簡単に言えば、あらゆる物質や存在を――エーテルへと変えてしまう力を秘めています。当然、防御も回避も不可能です。ひとたび放てば、このラヴィナの真下は文字通り、無になるでしょう。それが星にどんな影響を及ぼすかは計り知れません」

「なんでそんなことを」

「分かりません。ですがきっと自分達だけが、このラヴィナだけが残ることで、本当の神になろうとしたのかもしれません」

「自分しかいないから唯一神ってか。子供かよ」

「だからきっと、私は止めようとしたのでしょう。だけどもきっとそれは成し遂げられず、逆に封印されてしまった」


 だけども、それだけじゃない。


「だが、分解砲は撃たれなかった。シスカの親父も重傷を受けて、結局ここから動けなかった。結果としてシスカ達の目標は達成されたのだろうさ」

「ですね。緊急停止の操作がされていました。それを解除する力は父にはもう残っていなかった」


 なぜまた動き出したのかは分からない。あるいはシスカの存在が彼を動かしたのかもしれないな。


「いずれにせよ、下手に起動させてその分解砲が発動したら大変じゃないか?」

「ですね。この千年の風化と浸食でどう動くかは予測できません。このままにして置く方が良いでしょう」

「骨折り損のくたびれもうけってか」

「……なんですそれ?」

「いや、気にしないでくれ。しかしこれで計画も白紙だな」

「……ですね」

「じゃあ、まあ上に戻るか。どうにもここは居心地が悪いからな。なあに、食糧は何とかなる。死なないなら」

「はい」


 こうして俺達はラヴィナを起動させることなく、上へと戻ったのだった。


 まさかそこにあの嵐を呼ぶ竜――テュエッラが待ち受けているとも知らずに

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