砂を詰めた靴下で妻を殺害しようとしたのだが…殺人事件

Jack Torrance

砂を詰めた靴下で妻を殺害しようとしたのだが…殺人事件

私の名はウィリアム“ヘンリー”ロックヘラー。


かの有名なロックフェラーの親族とよく間違われるが縁もゆかりも無い。


共通点を挙げるとすれば私もロックフェラーも資産家であるという点だ。


到底、彼らの財力と比較すれば足下にも及ばないが私もビバリーヒルズの不動産王としてかなりの資産を有している。


私は現在62歳だが38歳離れたカレンと言う妻がいる。


彼女とは2年前の共通の知人のクリスマスパーティーで知り合った。


私の一目惚れだった。


金に物を言わせて思い付く限りの手を尽くして彼女を口説き落とし私は彼女を妻として娶った。


しかし、私の甘く官能的な新婚生活は5ヶ月で終極を迎えた。


それは、私が勃起不全に陥ってしまったからである。


作家のライターズ ブロック。


本塁打王に二度輝いたクリス デービスの54打数連続無安打というMLBのワースト記録。


彼らにとっては苦悩と葛藤に抑圧される重要な問題なのであろうが、そんな悩みが私にとっては些細な事に思えてくるほどの我が人生最悪の時。


あの、うんこを踏んだ時のような惨めったらしい気分。


いや、肥溜めに落ちた時のような親兄弟から一生揶揄される消し去りたい汚点。


娼婦を買って童貞を失った19歳の夏。


四十を超えた娼婦の女に短小包茎だった私がチビ助とニックネームを付けられて辱めを受けた時の羞恥心。


だが、私はこのチビ助と言う愛称がどこか可愛らしくて気に入ってしまった。


それでも短小包茎は短小包茎に違いない。


私は羞恥心からクリニックで包茎手術を受けるのを躊躇った。


短小包茎でも金があればセックスには事欠かないのだ。


己に強くなれと言い聞かせるが、それでもネガティヴコンプレックスに襲われる毎日。


そして、望んでもいないのに来襲する自然災害のような勃起不全。


私のわんぱく小僧が高らかに反抗期を宣言した瞬間だった。


わんぱく小僧といっても所詮リトルスクールボーイのようなチビ助だが…


脳内では私は野獣のように興奮し彼女を有りと有らゆるテクニックを以てして種馬の如く天高くまで突き上げて愛撫しているのに、肝心なペニスが勃起しないのである。


男は視床下部から視覚や聴覚などで感じ取られた性的興奮を電気刺激に変換して勃起中枢に伝達する。


そこから勃起中枢の指令でペニスにある海綿体に血液が流れ込み、ピサの斜塔のように男のペニスはそびえ立つ。


私は勃起中枢までは正常に働いているのに。


なのに、なのに、そこから先の中枢系統が…


この使い物にならぬC4Iシステム(軍隊における情報処理システム)めが。


私は、40年来の友人であり主治医であるトビー フェルナンデスにバイアグラの処方を依頼した。


しかし、その望みは聞き入れられなかった。


「ウィリアム、君は狭心症を患ってからニトログリセリンを服用している。この薬とバイアグラの飲み合わせは生命に危険を脅かすので同時の服用は止めておいた方がいい。これは君の良き友人としての忠告だ。君が生命を顧みずにどうしてもと言うのなら闇ルートで入手も出来るのだが…」


こうして彼の忠実な箴言により私はバイアグラの服用を断念した。


私のペニスは以前のように東と西を隔たったベルリンの壁の如く硬くそそり立つ事はなくなった。


あの悲惨なクリスマスを迎えるまでは…


私と妻との性交渉はソ連の崩壊とともにワルシャワ条約機構が消滅したように無くなり私はやりたいでもやれない。


妻はやりたくても夫は勃起不全。


この結果が私達夫婦に齎すエピローグは自明の理であろう。


24歳という瑞々しくてはち切れんばかりの性欲を持て余した妻。


そんな彼女が自己処理のみで性の悩みを解消出来る筈もなく不貞に走るのは自然の理であった。


「あなた、あたし、フィットネストレーナーを家に呼んでエクササイズしたいと思っているんだけど。あなたもあたしにいつまでも妖艶な美貌とプロポーションを維持してもらいたいと思っているでしょ」


私は言われた時には妻が不貞に走るのではと困惑したが妻がどうしてもと譲らないので渋々了承した。


そして、トレーナーの男が挨拶にやって来た。


「初めまして、フィットネストレーナーのアレックス シェリニアンです。ロックヘラーさん、地元の有力者である貴方にお目にかかれて光栄です」


シェリニアンは好意的に私に握手を求めてきた。


ブラッド ピットをワイルドにしたような風貌で長身でその彫刻のような筋肉に日焼けした浅黒い皮膚は黒豹を連想させた。


さぞや息子も黒光りしてるんだろうな。


私は差し出された手を満面の笑を湛えて握り返した。


私が超人ハルクだったらこの手を粉砕骨折させてやるのにと心で念じながら。


私は庭仕事やその他の雑用で雇っていた下男のコージー マストロヤンニにフィットネスルームに盗撮カメラを仕込むように命じる為呼び寄せた。


びっこを引き引きコージーがやって来た。


「旦那様、如何様な御用でございましょう」


「コージーよ、フィットネスルームに盗撮カメラを妻にばれないように仕込むのだ。金に糸目は付けんからな。高画質でくれぐれも妻にばれんようにな。この事は他言無用だ。もし、万が一にも人にこの事を話してみよ。お前の一族をマフィアに頼んで根絶やしにしてやるからな。黙って仕事に励めば5万ドルくれてやる。よいな、コージー」


「は、はい、旦那様。仰る通りに」


コージーはマフィア、根絶やしというワードを聞いて少し脅えたように答えた。


その脅しが効いたのだろう。


コージーはプロフェッショナルと呼ぶに相応しい見事な仕事を成し遂げてくれた。


超小型ミニカメラで大きさもコイン程の物でケーブル不要のバッテリー式。


その他に置き時計タイプの物まであった。


フィットネス器具の何処に盗撮カメラが仕込んでいるのか判らないほどに精巧にカメラを仕込み、機転を利かしてカメラを3台も仕込んで有らゆるアングルから高画質で見られるようにしてくれていた。


コージーの忠臣ぶりと機転は天晴であった。


これに気を良くした私は更に5万ドル上乗せしてコージーにくれてやった。


これでコージーも気を良くして他言する事は無いだろう。


時は満ちた。


こうしてカレンとフィットネストレーナーとのトレーニング初日がやって来た。


私は妻も知らない隠し部屋でその一部始終を見入った。


最初は手と手が触れ合い何気ないエクササイズから始まった。


だが、15分、20分と経つうちに肌と肌が密着する頻度は増え、交わり会う汗と汗。


そして、シェリニアンがカレンの唇に己の唇を重ねてきた。


やはり私の勘は当たっていた。


セクササイズが始まった。


そこからの事の成り行きは薄知の子でも明明白白だ。


二人は嘗め合い、弄り合い、擦(こす)り合った。


妻が知らぬ男に淫らに弄ばれ、その身体を震わせながら悶えているのを見て普通の夫ならば、その妻の欺瞞と背徳に悲憤し屈辱とやるせなさに打ち拉がれるのであろうが、何故だか私は不思議とそうならなかった。


その逆である。


私は妻が何処の馬の骨とも知れぬフィットネストレーナーにいいように弄ばれているのを見て異常なまでの性的興奮を覚えたのである。


私は当初の困惑から盗撮カメラをコージーに仕込ませた時にこの瞬間を欲していたのかも知れない。


これが、薄汚いホームレスの男に陵辱されていたならばなどと妄想を膨らませていたら私のアドレナリンは凄まじい勢いで分泌された。


私のチビ助もボロニアソーセージのように少し硬くなったような錯覚に捕らわれた。


シェリニアンのディック(巨根)と私のチビ助を比較した時には自己嫌悪に陥ったが…


私はスマートフォンでこの一部始終を鑑賞し、隠し部屋のPCにそのデータを保存し、スマートフォンとPCには万全のセキュリティを掛け誰も閲覧出来ないようにした。


隠し部屋のPCとスマートフォンはマフィアから仕入れた偽造身分証明書で契約しているので漏洩の危惧も皆無に近かった。


私は表向きは孤児院や老人介護施設などに寄付をして地元の住民から崇められる人物だったので、万が一にもマフィアとの癒着や妻の不貞を楽しみに鑑賞している変態野郎というイメージが付くのは不味いので身辺整理には万全を期していた。


盗撮した映像も30日間までは自動的にスマートフォンに保存されるように設定していた。


30日が経過するとデータは自動的に消去された。


カレンとシェリニアンの情事はインターネットで出回っている有り触れたポルノより数段楽しめたが、心残りだったのが音声が無いという事であった。


私は、再びコージーを呼び寄せた。


コージーがびっこを引き引きやって来た。


「コージーよ、もう一つ頼まれてくれんか。盗聴器をフィットネスルームに仕込んでくれんか。くれぐれもカレンにばれんようにな。金に糸目は付けぬ。高性能マイクで高音質な物を頼んだぞ。褒美は2万ドルくれてやる」


「は、はい、旦那様。仰せの通りに」


またしてもコージーは素晴らしい仕事を成し遂げてくれた。


コンセントタイプのその盗聴器はテストした段階でハイレゾと遜色のないくらいの音質を誇っていた。


「でかしたぞ、コージー。1万上乗せは私の気持ちだ。取っておけ。半月ほど暇をやるから妻と一緒にバカンスにでも行くとよい」


コージーは目に涙を浮かべて言った。


「旦那様、私めにこのような寛大な心配りを。私は旦那様に仕えさせていただき幸せ者でありまする」


コージーはそう言い残してびっこを引き引き妻とバカンスに旅立った。


あの喜びようならばコージーが他言する事はないだろうと私は確信しながらまたフィットネスルームのあの生々しい密かな楽しみに興じた。


フィットネスを開始してから当初は週2ペースくらいで来ていたシェリニアンだったが、その頻度は増していき週3に増え週5に増えカレンとの濃密なセクササイズは繰り広げられていた。


自分達が逢瀬を重ねている事を私が知らないとでも思っているかのように…


ネットフリックスで配信すれば私の資産は倍増しただろうが、私の地位と名誉の事も考慮して無念ながら断腸の思いで自重した。


金とはいくらあっても重しにはならぬ物だからな。


私がマフィアに葬られ湾に沈められる日が訪れたとしたら煉瓦やダンベルじゃなくて金塊を重しにしてもらいたいものである。


やはり、盗聴器を仕込んだのは正解だった。


視覚だけではなく聴覚からもその生々しい性的興奮が伝わり私は昔囲っていた高級娼婦のヴィクトリアを秘書だと偽って家内に招き入れた。


カレンとシェリニアンがあんな体位やこんな体位でアクロバティックに破廉恥極まりないセクササイズに励んでいる際に私はそれをスマートフォンで鑑賞しながらヴィクトリアにチビ助を口に含ませた。


妻の不貞の一部始終を見届けながら高級娼婦に口淫させる。


何たる至福の時。


私はチビ助が鍛造された鋼のように硬化していくような感覚に陥り、孫悟空の如意棒のようにすくすくと膨張していくように感じていた。


ヴィクトリアが言った。


「パパ、昨日お風呂に入った?包皮のところにカスが一杯貯まっているわよ。それに、さっきから一生懸命ご奉仕しているんだけど、これ全然勃たないわよ」


何故だ。


何故故に神は私をこれほどまでに辱めるのだ。


私は、ただ気持ち良く射精したいというそれだけの細やかな情欲を欲しているだけなのに…


私は不甲斐ない己を慰謝しヴィクトリアに隠し部屋や盗撮の件を決して口外しない事を約束させ1000ドル渡して帰ってもらった。


それでも、私は妻の不貞の一部始終を見続ける事は止めなかった。


カレンの快楽を貪りオーガズムに到達する時の恍惚としたあの表情が瞼の裏に焼き付いているのである。


私はアクロバティックな二人のセクササイズを見ながらシェリニアンはポルノ男優としても食っていけるだろうと余計な世話まで働かせていた。


カレンのあの一言を聞くまでは…


それは、セクササイズが始まって半年くらいが経過しようとしていた。


その日はクリスマスだった。


カレンとシェリニアンがいつもと変わらぬ何気ない表情で普段通りの事の流れとなった。


私は自分用のクリスマスプレゼントにフェルナンデスに内密にバイアグラを仕入れて内服していた。


いつものように嘗め合い、弄り合い、擦り合っている二人を見ながらマスターベーションに耽っていた。


二人のフィニッシュとともに私の怒張したチビ助も果てた。


怒張しても私のチビ助は精精ミニマム級程度だったが。


気持ち興奮し過ぎたせいか狭心症の発作が少し出たが、あの忘れかけていた喜びを再び取り戻せた性なるクリスマスの午後となった。


だが、その喜びも盗聴器から聞こえてきた音声で掻き消され束の間の喜びに終わってしまった。


「いつ離婚して僕と一緒になってくれるんだい?」


「そうね、離婚って言っても結婚年数からしてあのジジイから取れる慰謝料ったら微々たるものよ。それに不倫がばれたら慰謝料どころじゃなくなるわよ。嗚呼、あのインポジジイ、早く死んでくんないかなー。そうなれば、あのインポジジイの全財産はあたしのものになるのに」


インポジジイ。


好きでなった訳じゃない。


早く死んでくれないかなー。


勃起不全という汚辱を背負って忸怩たる思いで好き好んで生きている訳じゃない。


このカレンの一言が逆鱗に触れ憤慨し憎悪の炎がメラメラと天高くまで立ち上るのを私は感じた。


そもそも竜の首に何故鱗が一枚だけ逆さに生えているんだ?


何故、その鱗に触れられると竜は怒るのか?


私の体全体に漲る怒りのオーラと逆鱗との密接な関係に私は私自身を制御出来なくなっていた。


カレンには何一つ不自由の無い生活をさせてやり、贅沢に満ち足りた毎日を送らせてやっているのに。


この謀反とも取れる反逆行為に私は鉄槌を下すべきだと感じた。


その赤く燃え滾る烈火の炎は憤怒から殺意へと変貌していきガソリンを噴霧したかのようにより高く燃え上がった。


私は思案し熟考に熟考を重ねある考えが思い浮かんだ。


夜空に燦めくきら星の如く脳内に閃いたのである。


先日に読んだアガサ クリスティの『クリスマスの悲劇』が脳裏に過った。


その本はグラディス サンダーズと言う女が夫に砂を詰めた靴下で殺害されるというストーリーだった。


私はこれだと思った。


この日はクリスマス。


凶器も砂を詰めた靴下。


サンタクロースの格好をした強盗が鉢合わせになったその家の妻をプレゼントが入っているかのように見せ掛けた砂を詰めた靴下で撲殺するといったストーリーが私の脳内に沸き起こった。


しかし、私は判然としない疑問に頭を傾げた。


果たして砂を詰めた靴下で人が殺害出来るのだろうか?


あの高名で聡明なアガサ クリスティが小説の中で用いるくらいだからまず間違いないだろう。


ケリー リンクの短編でも刑務所では石鹸は靴下に入れて凶器に使われる虞があるから持たせてもらえないなんて嘘か真か判然としないような事が書いてあった。


私は隠し部屋のPCで砂を詰めた靴下が果たして凶器と成り得る物なのかと調べた。


ブラックジャック、別称サップと呼ぶらしい。


砂とかコインなどを靴下に詰めて堅く縛った状態で振り下ろせば凶器に変貌すると記されてあった。


これなら硬い鈍器と違って返り血も浴びないで済むといったメリットもあった。


サンタクロース強盗殺人事件。


これだ。


私の描いているシナリオは。


私は私だとばれないように変装用品を買いにデパートに走った。


ウィッグ、付け髭、サングラス、マスク、その他にも私が絶対に着ないような衣服などを購入した。


そして、私だとばれないように駅の公衆トイレで変装した。


そして、また先程変装用品を購入したデパートとは違うデパートでサンタクロースのコスチュームと白い付け髭、背中にからう白い袋、そして子供用おもちゃを購入して少し離れた貧困地区に車を走らせた。


ここまでの支払いは全部キャッシュ。


クレジットカードの使用履歴は残さない。


そして、ホームレスの男を800ドルで雇い子供達の為にこのコスチュームに着替えて私の家の近辺を周回してプレゼントを配ってくれと頼んだ。


その足で1ドルショップの店で大量に流通している靴下とそれを縛る紐を購入した。


防犯カメラの映像、店の購入履歴などから凶器の出所を警察は洗っていくだろうから靴下と紐は異なる経営店の1ドルショップで購入し1ドルショップの防犯カメラに残る映像の事も考えて変装も変えて店内に入った。


これで凶器の出所も絞り辛くなり私の家の近辺の防犯カメラにも不審なサンタクロースの映像が残っている事になりお膳立ては完成したというものだ。


靴下に詰める砂も6マイル程離れた公園の砂場から人目が無い時に握り拳1つ分くらい失敬した。


そして、帰途に変装用品も他人のダストボックスに入れて処分した。


フィットネスルームの盗撮カメラと盗聴器はコージーの職人的な精巧さで警察の鑑識の現場検証ではまず発覚しないだろう。


ヴィクトリアは明日にでもマフィアに依頼して多少金は掛かるが事故死に見せ掛けて始末すればいいだろう。


コージーも熱りが冷めてから盗撮カメラと盗聴器を撤収させて口封じすればいいだろう。


私はこの計画を完遂させるべく殺害計画を12時30分に思い立ち19時30分までに下準備を敢行した。


私は完全犯罪を目論見一部の隙も無く如才無くやってのけた。


神は私に明晰な頭脳をお与えになられたが二物はお与えになられなかった。


勿論、もう一物(逸物)はバズーカー並みのディックだったが…


せめて包皮だけは剥けて欲しかった。


この日のクリスマスは私もカレンも夫婦水入らずで過ごすと決めていたのでパーティーにも行かずに人とも会う用件は一切入っていなかったので私は昼に出掛ける際にもカレンに「今夜のサプライズの準備をして来るよ」と額にキスして出掛けていた。


カレンはつい今し方までシェリニアンと淫売の売女のように情事を繰り広げていたにも関わらず何事も無かったように澄ました顔で言った。


「あら、あなた、嬉しいわ。楽しみにして待っているわ」


そう言い終えると私の頬にキスをしてきた。


私の事を「あのインポジジイ、早く死んでくれないかなー」と言っていた淫売の売女めが。


今にも恐怖のサプライズを見せてやる。


お前へのサプライズプレゼントは地獄への片道切符だ。


私の逆鱗に触れたのが人生最大の過ち。


私を誰だと思っている。


ビバリーヒルズの不動産王。


天下のウィリアム“ヘンリー”ロックヘラー様だぞ。


今更、私のチビ助に嘆願してももう遅い。


私のチビ助は無用の長物ならぬ無用の短物だからな。


ヒッヒッヒッヒッヒ。


そう堅く心に誓い私は計画を成功させるべく目まぐるしく動き回っていた。


私は出掛ける前に家のセキュリティと防犯カメラを解除してからフェルナンデスに電話していた。


「フェルナンデス、相談があるんだが。実はカレンがフィットネストレーナーの男と不貞を働いているようなんだ。私はどうすればいいんだ。カレンをこんなにも愛しているのに」


『ミスティック リバー』でション ペンが娘を殺されて理性を失った時のような迫真の演技を私は見せた。


フェルナンデスは、まさか君のワイフに限ってといったように驚いたようであった。


「ウィリアム、何て声を掛けていいんだか…私で良ければいつでも相談に乗るよ」


この電話も私の偽装工作の一つだった。


妻の不貞に激怒し私がカレンを殺害したという疑いを向けられるのも重々承知の上でカレンがシェリニアンを私の不在時に招き入れる為にセキュリティと防犯カメラを解除したと思わせる為でもあった。


私は家に戻り賊がガレージから侵入したように見せ掛けてから家に入った。


カレンはフィットネスルームのシットアップベンチに座って右手で3ポンドの鉄アレイを握って上腕を持ち上げながら筋トレしていた。


「今、帰ったよ、カレン」


私は背中に砂を詰めた靴下を隠し持ちカレンの背後から忍び寄った。


「お帰りなさい、あなた。遅かったわね。ターキーとかディナーの準備は出来ているわ。これが終わったらあたしもシャワーを浴びてすぐに行くからもう少し待ってて、あなた」


こちらを振り返りもせずに取り憑かれたように鉄アレイを上げるカレン。


私にとっては都合が良い。


怪しまれずにカレンの真後ろに立ち私は砂を詰めた靴下を頭上に大きく振り構えてからカレンの頭頂部目掛けて躊躇なく渾身の力を込めて振り下ろした。


その瞬間である。


私の縛り方が甘かったのか。


紐が緩み硬い固体と化していた靴下の先端部の砂が散(ばら)けた状態になり衝撃が分散して致命傷どころか掠り傷一つも及ぼせなかったのである。


私は己の目を疑った。


まるで『サタデー ナイト ライヴ』にも出て来そうなコントのワンシーンのようであった。


この行為に激情したカレンが鬼畜の形相で振り返りこう言い放った。


「このインポジジイ、てめえ一体何してくれんだよ」


人は誰しもが二面性を備えている。


本性を表すとはこういうシチュエーションなんだなと私は計画の失敗とともに痛感した。


思慮分別を失い悪態をつきカレンは持っていた鉄アレイを頭上に振り翳した。


その眼光は今度は自分の番だと言わんばかりの悪意に満ちていた。


カレンは渾身の力で私の頭頂部に鉄アレイを振り下ろした。


ジ エンド!!!


『地獄の黙示録』で流れていたドアーズの曲が流れ私は現世と来世の狭間に旅立った。


『ドラゴンクエスト』で言えばクリティカルヒット。


この一撃が致命傷となり私の人生はフィナーレを迎えた。


奇遇にもソウル界のレジェンド、ジェームズ ブラウンが天に旅立った日と同じ日に私のソウル(魂)は彷徨う事になったのである。


三流の小説とか映画ならばこの靴下を縛っていた紐が緩み妻を殺害出来ずに逆に妻に殺されてしまったという荒唐無稽な結末で終わるところなのだろうが私が現世から姿を消し去ってから奇天烈な展開へと進んでいくのである。


カレンは鉄アレイで私を殴打し撲殺して動転した。


首に指を当て脈を探り左胸に耳を当て心音を確かめた。


息が無いのを確認すると狼狽しながら先ずシェリニアンに電話した。


「も、もしもし、アレックス、あたし。どうしよう、あたし、主人を殴り殺しちゃったみたいなの。あの人が行き成り砂を詰めた靴下であたしの背後から殴り掛かって来たの。あたし、怒り狂っちゃって持ってた鉄アレイであの人の頭を殴ったの。それで、あの人死んじゃったみたいなの」


「落ち着くんだ、カレン。それは、彼が君を砂を詰めた靴下で撲殺しようとしたんじゃないか。君には非は無い。君は正当防衛で自分の身を守ろうとしただけじゃないか。911にはもう連絡したんだろ?」


「いいえ、してないわ。あたし、どうしたらいいのか分んなくなっちゃって。それで、先ずあなたに連絡したの」


「それは不味い決断だよ。通話記録も調べられるだろうから君と僕との関係がばれるかも知れない。先ず先に911に連絡すべきだったよ。いいかい、今から僕が言う通りに言うんだ。先ず911に連絡して救急車の手配をして警察にも来てもらうんだ。そして、警察にこう言うんだ。主人から行き成り砂を詰めたこの靴下で背後から殴られて、あたし怖くなって自分の身を守る為に持っていた鉄アレイで応戦して思わず殴ってしまったんです。そう言って正当防衛を主張するんだ。いいかい、分ったね。あくまでも正当防衛を主張し続けるんだ。状況証拠と物的証拠からも君の正当防衛が認められるかも知れない。君と僕との関係は内密にしておくんだ。分ったら911に連絡するんだ。いいね、あくまでも恐怖に駆られて身を守る為に殴ったとだけ言い続けて後は黙秘するんだ」


カレンはシェリニアンの言った通りに行動した。


911のオペレーターは長年勤めているせいなのか、その研ぎ澄まされた嗅覚から事件性の可能性も考慮して殺人課の刑事を現場に向かわせた。


911に電話してから10分後に玄関の呼び鈴が鳴った。


「ロックヘラーさん、警察の者です」


カレンが玄関を開けた。


「殺人課のフロストです。こっちは相棒のタルボットです。早速、ご主人が倒れている部屋へ案内していただけますか」


50代半ばくらいと見える小柄だが引き締まった体で白髪交じりの短髪で如何にもしかつめらしい表情のフロストが言った。


相棒のタルボットは大柄で突き出したお腹が物語っているように差し入れのダンキンドーナツを何個も平らげていそうな如何にも温厚でかみさんの尻に敷かれていそうな男だった。


フィットネスルームの惨状を見たフロストは鑑識を手配した。


フロストは私が地元の有力な資産家であるという事とカレンとの年の差婚。


そして、現場の状況を踏まえて鑑識を手配したのだが、カレンの話を聴取しているうちに彼女への不信感を強めたようであった。


「奥さん、お伺いします。ご主人がこのように殴打によって亡くなられた経緯(いきさつ)をお尋ねしたいのですが」


「彼がクリスマスの夜のサプライズを準備すると言って出て行ったのが12時30分過ぎくらいだったと思います。帰って来たのが19時30分過ぎくらいだと思います。そして、帰って来るなり私がこのフィットネスルームで鉄アレイで筋トレをしている際に背後からこの砂を詰めた靴下で殴り掛かってきたんです。あたし、怖くなって無我夢中で鉄アレイで応戦したんです。自分の身を守る為に。たまたま振り上げた鉄アレイを彼に向かって振り下ろした一撃が彼に致命傷を負わせたという訳なんです」


「奥さん、しかし、おかしな話だと思いませんか。このビバリーヒルズの資産家で有力者でもあられるロックヘラー氏が何故故に行き成りあなたに襲い掛かるんですかねえ。殺意がそこにあったかどうかは私には計り知れませんが。もしかして、これがご主人が言っていたサプライズだったとか…まあ、私だったらこんな悪趣味なサプライズなんかしませんけどね。何か心当たりでもございますか?」


「いいえ、別に。なにせ急な事でして。あたし、動転しちゃってて」


「それに、このロックヘラー氏があなたを襲った凶器なのですが…これは、ブラックジャック、通称サップと呼ばれる物なのですが。先ず砂の量が殺傷力を高めるくらいの量であるかどうかが分りかねます。それに、本来ならば堅く縛らなければ凶器に成り得ないこのサップをあのロックヘラー氏ともあろう方が為損(しそん)じるという事があるでしょうかねえ。甚(はなは)だ疑問です」


鑑識の調べも一通り終わり私が思っていたように盗撮カメラと盗聴器はコージーの職人技でフィットネス器具などに精巧に隠されていたので発見される事はなかった。


私の亡骸は担架に乗せられ司法解剖に回された。


フロストは私の交友関係などに事情聴取していった。


司法解剖と事情聴取と殺人課の懸命な捜査により以下の事柄が明らかになった。


先ず、私の死亡原因は鉄アレイによる脳挫傷。


体内からバイアグラの有効成分シルデナフィルが検出された。


フェルナンデスが私の狭心症とバイアグラが及ぼす副作用を事情聴取で説明した。


彼は私からカレンの不貞を相談された事も明らかにした。


通話記録と照らし合わせて私がフェルナンデスに連絡している前にセキュリティと防犯カメラが解除されていた事も明らかになった。


カレンが911に連絡する直前にシェリニアンと通話していた事も明らかになった。


ガレージからバールか特殊な器具でこじ開けられて侵入したと思われる形跡が残っていた事も初期捜査で明らかになっていた。


フロストの脳裏に妻が財産目当てで不倫関係のシェリニアンと共謀して私を正当防衛に見せ掛けて殺害したという構図が浮上した。


フロストはカレンとシェリニアンの逮捕状を請求して容疑者として身柄を拘束した。


見上げたのはコージーだった。


私への忠誠心と脱税容疑を考慮して何一つ他言しなかった。


マフィアを使って根絶やしにしてやると言ったのも効いているのだろう。


行く行くはコージーも始末しようとしていた己を私は恥じ入た。


カレンに対しては様を見ろといった昂揚感に包まれた。


無期懲役になり生きながらにして業火に焼き尽くされればよいと思った。


誰がビタ一文くれてやるものか。


拘置されてからのカレンとシェリニアンへのフロストの執拗な取り調べは続いた。


「奥さん、あなたとシェリニアンが浮気していた事はフェルナンデス氏の証言でネタが割れているんですよ。ご主人を殺害した後に911と通話する前にシェリニアンと通話しているのもこっちは掴んでいるんですよ。賊が侵入したように見せ掛けてガレージも壊したんでしょうが。もしもの不足時に備えてシェリニアンが。その為にセキュリティと防犯カメラを切った。狭心症のご主人からバイアグラの成分が検出されるのもおかしな話でしょうが。ご主人が勃起不全だというのもフェルナンデス氏の証言で分っているんですよ。ニトログリセリンを服用していたご主人がEDの治療でバイアグラを飲む筈が無いんですよ。あなたが狭心症の発作に見せ掛ける為にバイアグラを盛ったんでしょうが。あわよくば、それで死んでくれればいいと思って。全ては財産を相続する為に」


「あたしは自分の身を守る為にした行為で主人が亡くなったとしか言えません。それ以外の事は黙秘します」


「奥さん、あなたの前世はオウムですか?正当防衛。黙秘。小学生の子みたいに二言目には同じ言い訳をするずる賢い子のように。『グッドフェローズ』のオウムのジミーですら、あなたより頭が良く思えてきますよ」


シェリニアンも黙秘を貫き通した。


カレンもフロストも己の言い分を頑なに主張し続けて取り調べは平行線を辿るだけだった。


取り調べは膠着状態が続き状況証拠と証言から答えを導き出そうとするとカレンとシェリニアンに不利なのは間違いなかった。


メディアも夫の財産目当てで妻がビバリーヒルズの不動産王を不倫相手と共謀して殺害といった見出しが踊った。


ある男が出現するまでは。


その男はルー ポポヴィルと言うしがない三流私立探偵だった。


ポポヴィルは日銭を稼ぐ為に車で徘徊し盗聴電波を拾いながら直談判して盗聴器や盗撮カメラの撤去をしていた。


カレンとシェリニアンの身柄が拘留されて10日。


私が死んでから20日が経過した時だった。


ポポヴィルが私の家からその盗聴電波をキャッチしたのである。


既に新聞やメディアで私の殺人事件が大々的に報道されてカレンが被疑者として取り調べを受けていたのもポポヴィルは知っていた。


ポポヴィルは警察に出向きフロストに会った。


「初めまして。あたくしは私立探偵をやっているルー ポポヴィルって者なんですが。実は盗聴器の撤去なんかもやってましてね。それで、あたくしは車を転がして電波を拾いながら直談判で交渉して仕事を貰っているんですがね。今、テレビでやっているロックヘラーさんの殺人事件。そのロックヘラーさんの家から盗聴電波が出てるんですよ。この情報って報奨金とか出ないもんですかねえ、刑事さん」


「あんた、そりゃ本当かい?もし、その情報が本当ならば謝礼くらいにしかならんかもしれんが経理に掛け合ってみるよ」


ポポヴィルはあくどい笑みを覗かせてフロストに名刺を渡して帰って行った。


フロストは殺人課の情報処理や解析担当で盗聴器や盗撮カメラの設置にも精通しているエキスパート、ルパート ニューマンに私の家の電波を調べさせた。


ニューマンは、いつもペロペロキャンディーを銜えていてペロペロしているのでペロペロ電器屋と言う卑猥な愛称で呼ばれていた。


ペロペロ便器屋だったらホモセクシュアルの公衆便所を示唆しているようなものなのでそれよりは増しだったが。


「ペロペロ電器屋、そんなにペロペロしてたらあんた糖尿になっちまうぜ」


同僚は皆、口を揃えて言っていた。


ニューマンは空腹時血糖値が正常値よりも高いのにヘモグロビン A1Cの数値が正常値範囲内なので「俺は糖尿じゃ無い」と言うのが口癖の男だった。


「フロスト、あんたが言ってたようにビンビンに電波が出てるぜ。驚くなよ、盗聴器だけじゃなくて盗撮カメラも無線で飛ばしてお楽しみのようだったみたいだぜ。内部の人間の仕業だな、こりゃ。仏さんのかみさんがフィットネストレーナーと浮気してたんだろう。となりゃあ、これを仕込んだのは仏さんに違いないぜ。絶対に仏さんのスマートフォンとPCにデータが残っている筈だ。仏さん、EDだったんだろ?可哀想に。俺ならこの映像を観たらビンビンになっちまって収まりがつかなくなっちまうぜ。きっと、仏さんのポコチンはしょんぼりしてたんだろうな」


このニューマンの推測は完全に的を射ていた。


鑑識は総動員で私の邸宅を根刮ぎ調べ上げて私の密やかな楽しみに興じていた隠し部屋が遂に発見されてしまった。


そう、それは、ジャパニーズシネマの鬼才、十三 伊丹の『マルサの女』で努 山崎扮する実業家の権藤が脱税していた金を隠し部屋から発見されるシーンとまるで同じだった。


私の偽造身分証明書名義で契約していたスマートフォンとPC、偽造身分証明書、脱税していた金品、ポルノ雑誌、大人の玩具、緊縛用具、その他諸々のアダルトグッズ、バイアグラ2錠、凡(あら)ゆる物が押収されていった。


こうして、私の汚点を含めた裏の顔が白日の下に曝け出されたのである。


ニューマンは、ペロペロキャンディーをペロペロしながら寝る間を惜しんでPCとスマートフォンに掛かっているセキュリティを解除しようと奮闘しながら呟いた。


「かみさんのあそこをペロペロしてる場合じゃねえぜ。男が自分の息子を自分でペロペロ出来たら性犯罪は減るだろうな。性犯罪の防止という観点から言えばポルノや売春は倫理上理に適っていると思うんだがな」


そして、パスワード解除などの専門的な会社などにも協力を仰ぎ到頭セキュリティが解除されてしまった。


フロストやタルボットなどの殺人課の刑事を集めて情報を開示する時が来た。


「開けごま」


ペロペロキャンディーの棒を振り翳してニューマンが言って動画がPCの画面に映し出された。


そこには、私が砂を詰めた靴下でカレンを殴打するシーンが克明に映し出された。


私は公衆の面前で包皮に覆われたチビ助を昔のいじめっ子達に強制され露出した気分になった。


人は死んでも羞恥心は拭い去れないものだと痛感した瞬間だった。


再度、ジ エンド。


ドアーズの『ジ エンド』がPCのスピーカーから流れているような幻聴に捕らわれた。


この映像が決め手となった。


音声は盗聴電波で拾ってリアルタイムで聞いていただけなので録音された音声などは残って無かった。


カレンが一撃で私を仕留めるシーンも鮮明に残っていた。


この映像が自動消去される1日前の発覚だった。


不思議に思えたのが怒りに満ちて報復に移るカレンの表情が口を大きく開けて恐怖に戦いている形相に映っていたという事である。


「このインポジジイ、てめえ一体何してくれんだよ」


最期に私が聞いた肉声。


こうして、私は善良な市民からサディスティックな変態ポルノ愛好インポジジイとして一部の人間の記憶に留まり被疑者死亡で殺人未遂の罪で書類送検された。


カレンとシェリニアンもこの映像が証拠となり無罪放免。


私の莫大な遺産はカレンのものとなってしまった。


嗚呼、無情。


後一日だけセキュリティの解除が遅れていたらあのクリスマスの晩の映像も自動消去されていてカレンの有罪は確定していたと思われるのに。


このスキャンダラスな一部始終はメディアで各社が挙って報道した。


私は不名誉、汚名、偽善者、インポジジイ、ポルノ愛好家、変態、短小包茎、その他様々な耐え難い屈辱のレッテルを貼られ己でその屈辱を払拭する事も出来ないという何とももどかしい上体に陥った。


まるで沖に揺ら揺らと漂う腐乱死体のような気分だ。


惨めだ。


短小包茎、勃起不全、悪趣味極まりない変態犯罪者。


これが世間での私に対しての認識だ。


これも偏に私の悪行が導いた自業自得の道理なのだろう。


私は大半の人の目には見えないが、この世に未練たらたらの無念仏ととして彷徨している。


今日は誰の家の変態プレイを覗き見しようかと思案しながら…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂を詰めた靴下で妻を殺害しようとしたのだが…殺人事件 Jack Torrance @John-D

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ