姫巫女の決意

「まったく信じられないことやってくれたもんだ」

「まさかの、だろ?」


 相方が何を考えているのかリジオにはさっぱり理解できなかった。

 自分たちをこんな状況に陥れた原因を作った相手から贈り物を受け取るなんてありえない。

 それは多分同じような状況になったら誰だってそう思うはずだ。


「これからどうするつもりなんだ。贈り物なんか受け取ってまた妙な疑いをかけられたらたまらないよ」

「こっちから言わなきゃわからんさ。俺達に張り付いて見張ってる奴がいるなら話は別だが」

「もしくは、このホテルから通報が行くっていう可能性もある」

「そうなったら俺たちは王都に居場所そのものを失いってことだ。もう一度失いかけたんだ。少々冒険してみるのは悪くない」

「ロディマス……。じゃあ何か、魔族から酒を仕入れるってのか」

「こちらに迷惑をかけた詫びにあちらの名産品を送ってくるらしいぞ」

「らしいぞって。まるで他人事だな」


 あの時杯を交わしたのはロディマスだけだ。

 どんな味の酒だったんだろうとちょっとした興味をリジオは抱いてしまう。

 呆れと怒りの感情も心の中に渦巻いていたが、ロディマスの自信に満ちた顔を見ていたら彼は何か計画があるらしい。


 部隊を率いていた時の彼はこんな顔をしていた時、必ず勝利を勝ち取っていた。

 今回ははっきり言って最悪だが、炎術師の考えは聞いてみようと思った。


「どんな計画だ? 何を話したんだよ」


「王国と魔王の国は同盟を結んだらしい。ディルムッドのやつ、どんどん魔族の安全を確保していくつもりだ。俺たちのような奴に借りを作りたくないとさ」

「ああ……そういう腹か。酒を用意するから、あの時の禍根は忘れろってか。足元を見られた気分だよ」


 リジオは先行き不安だとため息をつく。

 テーブルの上にあった酒のボトルを一本開けると、その匂いを嗅いで蓋を戻した。

 品質は悪くなさそうだった。


「西の大陸でまだ争いが起こるのかもしれん。そうなると、東の大陸から余計な邪魔が入らないようにしたいんだろうな」

「どこに行っても戦争、戦争、戦争。王都に至っては大火事まで出る始末。平和で安全な国なんてどこにもないのかもしれないね」

「まだ俺たちがあちらに行く事が邪魔なんだろう。いや、聖戦に参加した連中が、というべきか」

「姫様がどう考えれるか、だね。ついでに預かりものもどうにかしなきゃいけないな」


 二人は客間の方を見た。

 扉は開かず、ルルーシェが戻ってくる気配もない。

 まだ少女は眠っているのだろう。


 やるべきことはそっちからか……リジオはロディマスの視線を受けて、少女に治癒魔法を施すために客間へと向かった。


「戦争なんてものは、俺たちにはもう必要ない。そうあって欲しいもんだ」


 聖櫃のジークフリーダが寄越した遣いは、今すぐに争う意思はないと言っていたことを思い出し、ロディマスは姫巫女からの預かりものをどうするか思案を始めた。


 ◇


 王宮で国王との対面を果たしたアデルは、これから自分が主となる太陽神の神殿にいた。

 最高権力者が座るにふさわしい玉座に腰かけながら、新しい多くの部下たちの挨拶を受けるアデルは外見こそは威厳のある姫巫女を演じていたものの、心の中では退屈と暇を持て余していた。


 儀礼的な挨拶と新しい権力者に顔を覚えてもらおうとする野心の強い神官たちに呆れてもいた。

 どこの世界でも同じだ。

 たとえ大神殿なんて名前がつく世界でも、やはり権力闘争はあるもので、誰もが政治的を行い自分の立場をよくしようと駆け引きを惜しまない。


 これがまだ社交界の中で政治的駆け引きが行われているというならまだ納得もできた。

 しかしここは神聖なる太陽神の大神殿。

 神官に必要なのは野心や政治力ではなく、民のために祈り彼らの助力をどれだけ行うことができるか。


 そこだけに心を砕くべきではないかと、アデル思うのだ。


「あとどれくらいかかりそう?」

「姫様。まだまだ先は長いと思われますぞ」

「そう」


 部下たちの顔を覚えることは悪いことじゃない。

 彼らはこれから自分の手足となって長く仕えてくれるのだ。

 その者たちを記憶の中にとどめておくことは当たり前のことだから、そこに文句はない。

 ただ……。


「私は貢物用意しろと言った覚えはないわよ」


 目の前にずらりと並べられた王国各地にある神殿の責任者や、土地を管理する代官たちからの贈答品。


 きらびやかな宝飾品もあれば、金の延べ棒を幾本も贈ってきた者もいる。

 どれだけ自分に取り入りたいのかと、思わず苦笑が漏れた。 


 こんなものどれだけ用意されたところで、私には必要ない。

 アデルは見えないように小さくあくびをすると、後ろに立つ老人にそれらのものを下げるように命じた。


「いらないわ」

「姫様。これは贈り主たちからの気持ちでございますれば」

「いらないって言ってるの。全部、送り返しなさい。こんなものを持ってきたところで、私に気にいられようなんて下心が見え透いていて情けなく見えるわ」

「そのようなことをすればこれから先、彼らとあまり良い関係は築けないと思いますが。よろしいので」

「贈答品を用意する暇があるのならもっと民のことを考えるように彼らに説教するべきじゃないの、爺」

「それが爺の役目とおっしゃるのであればそのように致しましょう」


 おい、とそばに控えていた者たちに、老人が一言命じる。

 従者たちが贈答品を姫巫女の前から片付けようとすると、その場には一斉に動揺が走った。

 アデルの命じた行為はこれまでの神殿内で通用した常識をあっさりと覆してしまった。


 各地の権力者たちはこのことをよく思わないだろう。

 そして段上に座るまだ若い最高権力者は不正を許さないという態度を明らかにして見せた。

 驚く者、呆れる者、新参者の主人を心のなかであざける者。

 その反応は様々でしかし、アデルの決断を快く受け止める者たちも少なからず存在する。


 彼らは、王国の新時代が始まろうとしていることをひしひしと感じていた。


 

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