第5話 毒

「えぇ……」


薄暗い森の中。

俺は思わず声を漏らす。


もう一つの体――第三王子アドルの肉体に異変が発生し、コントロールが途絶えてしまったからだ。

たぶん、毒を飲まされたのだろうと思う。


犯人は恐らく、紅茶を入れてくれた新人の侍女だ。


ったく、マジかよ。

普通5歳の子供、毒殺するか?


権力闘争関連だとは思うが、まさかまだ5歳の子供に毒を盛って来るとは夢にも思わなかった事だ。

欲は人を狂わせるとは言うが、恐ろしい限りである。


「どうかしたんですか?スバルさん」


ショートカットの女性が、心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。

どうやら急に変な声を上げたせいで心配をかけてしまった様だ。


「ああ、いや。何でもない。気にしないでくれ」


彼女の名は、ペンテ。

ゴールドランクの冒険者で、疾走と言うチームの一員だ。

疾風はゴールドとシルバーランク5人で構成されたチームで、仕事クエストの為に、俺は一時的に彼女達と組んでいた。


「へっ。オークにビビッて逃げたくなったか?」


黒髪ロングの、顎のしゃくれた40代の男が俺に挑発的に接して来る。

奴の名はオーグル。

俺と同じ、白金プラチナランクの冒険者だ――つい先日上がった。


今俺は、オーク集落討伐の依頼を受けていた。

メンバーは疾風の5人と俺、それにこのオーグルと言う男の7人だ。


「まさかそんな訳ないだろ。一応プラチナだぜ?俺は」


「へっ、運よく上がっただけだろうが。怖いなら怖いって言っていいんだぜ」


余裕の笑みで返すと、更にオーグルが絡んで来る。

奴は若くしてプラチナランクに上がった俺が、相当気に入らない様だ。


冒険者のランクはゴールドまでが下位に分類され、プラチナ以降は上位扱いとなっている。


ゴールドまでは余程の事がない限り上がっていけるが、プラチナに上がるにはそれなりの実績と、ギルドが課す試練を乗り越えないとならい。

そしてこの試練は、かなり難しい物となっていた。


そのため、普通は腕の立つベテランでも無ければプラチナには上がれなのだが……


ま、俺は2重加護を受けているからな。

23という若さで、あっさり昇格してしまった訳だ。


そしてそんな俺を、オーグルは目の敵にしていた。

何せ、奴は30後半でなんとかプラチナに上がった普通組だからな。

俺に嫉妬する気持ちも分からなくはない。


まあ普段なら軽く流すんだが……


「オーグル。しつこいぜ。ひょっとして、俺が討伐を辞退しなきゃ困る理由でもあるのか?例えば……オークが怖いから、俺を口実に討伐取り止めをしたいとか?」


半身が毒でやられてた事もあってか、ついイラつきから挑発し返す。


「なんだと、テメェ……」


オーグルが殺気立った眼差しを此方に向ける。

俺はそれを正面から睨み返した。


「こ……こんな所で喧嘩なんて、止めてください。もうオークのテリトリーに入ってるんですよ」


「そうですよ。同じ冒険者同士じゃないですか。力を合わせて頑張りましょう」


そんな俺達の間に、疾風の面子が割って入って仲裁して来た。

まあ彼らからすれば、オークの出る場所で喧嘩なんて勘弁して欲しいって所だろう。

俺は軽く深呼吸して、気分を落ち着かせる。


「分かったよ。オーグル……もし続きがしたいなら、仕事が終わってからだ。あんただって、喧嘩したせいで依頼失敗なんて恥をかきたくないだろ?」


「……ちっ、いいだろう」


まあ嫉妬まみれとは言え、彼も上級に分類される冒険者である。

自分の名誉に傷がつくであろう、依頼失敗は避けたいはずだ。

しかもそれが仲間割れでそうなっただなんて、それこそ大恥もいい所だからな。


「良かった。じゃあ気を付けて進みましょう。ここはもうオークのテリトリーですから」


「ああ、分かった」


まあ俺にはサーチがあるから、実際は気を付ける必要は皆無だ。

だが転移などのチートは秘匿しているので、ペンテの言葉に従う振りをしておく。


――ま、取り敢えず今は仕事に集中するとしよう。


え?

王子の体はほったらかしにするのかだって?


もちろん、ほったらかしだ。

打つ手はない。


俺の転移は、行った事がある所にならどれだけ離れていても飛ぶ事が出来る。

もう一つの体も勿論俺なので、だからその気になれば駆け付ける事は出来た。


だが行ってどうする?

解毒する?


俺はこの5年で色々と魔法を覚えており、解毒用の魔法は習得していた。

基本ソロの冒険者にとって、結構必須の魔法だからな。


その魔法で治す?


無理無理。

王宮には、その手の魔法が使える医師や魔術師がごろごろいる。

だからそう言った場所で行われる暗殺は、魔法で解毒出来ないタイプの特殊な毒――秘毒や呪毒と呼ばれる、対処の難しい物が使われるのだ。


――だから、俺に出来る事は何もない。


まあまだ死んではいない――繋がっている感覚から分かる――ので、王宮の優秀な医師や魔術師連中に期待だ。


頼むよ、ほんと。

まだこっちの体があるとは言え、二つあった方が絶対いいんだから。


そんな事を考えながら、俺は今回組んでいるメンバーと、オークの集落が有ると思しき場所へと向かう。

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