第5話 暮内莉弦の場合 前編

「・・・てかさ〜、今日も忙しいん?」

「あ〜ね。今日は美羽んとこいかないといけなくってさ〜。」

「そっか〜。」

 

 クラスの子の誘いを断って妹がいるクラスへ移動する。


 あたしの名前は暮内莉弦。

 暮内家の次女で、中学三年生。


 今年は受験があるけれど、このまま普通にやってれば受かるから心配はまったくないの。

 受ける先は朱華姉と同じ学校。


 お父さんやお母さん達の母校で、なんでもお祖母ちゃん達の母校でもあるらしい。

 少しテンションがあがる。


 あたしは、切れ者の詩音お母さんの血縁だからか、なんでもそつなくこなせ、成績も抜群で良い。

 まぁ、朱華姉みたいになんでもトップクラスにこなす事はできないけれど、勉強の面だけなら負けていない。


 だから、一時期、人助けだって色々な相談に乗ったり、相談の内容が深刻だったり暴力が伴う場合は、朱華姉の力を借りたりして解決していた。

 自慢じゃないけど、これでもお母さん達譲りの美貌を継承しているから美少女で通っていることもあり、地元でも有名な存在になっていた。

 

 そんな風に調子に乗っていたからかもしれない。


 去年痛い目に遭った。


 あの時の絶望感と姉妹や杏輔を巻き込んだ後悔、無力感はいまでも忘れない。

 あれは調子に乗っていた自分への罰だと思っている。


 あの時、お父さん・・・それまで冷遇していたお父さんや黒絵お母さんが助けてくれなかったら、本当にどうなっていたかわからない。

 人生は終了し、その先に一切生きる希望も無く生きていくことしかできなかっただろうと思う。

 もしくは死を選んだか。


 いや、それは多分できなかったかな。

 自分が逃げて死んでも、姉や妹達が代わりに酷い目に遭わされていただけだろうし、きっとあたしは最後の最期まであいつらのおもちゃにされていただろう。


 黒絵お母さんには感謝しているけど・・・それ以上にお父さんには感謝している。

 だってそうでしょ?


 あたしも朱華姉もそれまでお父さんのことを馬鹿にし、言う事なんて一切聞かなかったんだし。

 だから、あの時だって杏輔やお父さんに懐いている美羽だけ助けに来たって言われてもおかしくは無かった。


 でも、違った。


 すべてが終わったあと、涙目のお父さんに怒鳴られて抱きしめられた時のあの瞬間。

 自分の愚かさと見る目のなさを痛感した。

 そしてお父さんの溢れん程の愛情も痛いほど理解できた。


 あの人はただただ優しく、あたし達を怒らなくても分かってくれると思っていただけだったんだ。


 それを理解した時、それまでのような反抗的な態度なんて取れる筈もないし、取る気も無かった。


 ”この優しさにずっと包まれていたい”


 そう心の底から思えた。

 

 それまでのあたしは・・・朱華姉もそうだけど、世の男ってのはウザいだけの生き物だと思っていたの。


 だってそうじゃない?


 あいつらと言ったら、やれ綺麗だとかおっぱいがデカいとかヤりたいとか、見た目や性欲のことしか頭に無いんだし。

 直接言わないからバレないと思っているのかしら?


 ”目は口ほどに物を言う”


 それを理解していないのだもの。


 それに、うちって複雑な家庭じゃない?


 お父さん一人に何人も奥さんがいるし、その母親まで愛人にいるんだもん。

 そりゃひねくれるって。


 でもあの後・・・きっとお母さん達やお祖母ちゃんたちにも色々とあって、その結果お父さんを捕まえたんだろうなって素直に思った。


 何があったかは教えてくれないし、無理に知ろうとするつもりもないけれど、それでも分かることがある。


 きっと、お父さんは優しいから、最初は反対したか拒絶しようとした筈だ。

 だって、そんな関係普通じゃないんだもん。

 お父さん自身は耐えられるかもしれないけれど、そんなふうに世間に思われるお母さん達のことを考えないわけがない。

 だからこれはきっと、お母さん達が考えて今の状況に仕向けたんだ。

 

 あたしはそう思っている。

 そして、それを実行して、結果を出したお母さん達をもっと尊敬してる。

 

 あたしなんて全然だ。

 

 あの事件の夜、お父さんは怒れないからってあたしと朱華姉だけでお母さん達から叱られたんだけど、その時に黒絵お母さんからも、


『二人とも、自分の力を過信するのはいけない。何事も、限界はある。それに、今回のように人質を取られることだってあるのだ。だからどうしても目的を達成したければ策を練ろ。もしくは、すべての奸計や妨害を打ち破れる程の強さを持て。ワタシやソウはそうやって来た。ただ、それにはかなりの修羅場をくぐり抜けることとなる。正体が世間に知れ渡っているお前たちにはそぐわないだろう。』


と言われたし、詩音お母さんからも、


『特に莉弦は強いわけじゃないんだから、もっと頭を使いなさいよ。人質取られた事で頭に来て冷静さを欠いてどうするの?そういう時ほど冷静に判断しないといけないじゃない。今回で言えば、多少時間を取られてでも、黒絵や双牙さんや葵さん達、それに北神流の人たちに助けを求めただけでも違った筈よ?双葉さんだっているし・・・あ、今のナシ。』

  

と耳の痛い事を言われた。

 なんでそこに双葉お祖母ちゃんの名前があるのかはよくわかんなかったけど。

 お父さんのお母さんだし、もしかしたら強いのかな?

 双葉お祖母ちゃんはいつもニコニコしていて暴力とは無縁そうに見えるんだけど。


 まぁ、そんなこんなで、あたしはそれ以降、相談を聞いた後、荒事が関わりそうだった場合、行動に移す前にきちんと朱華姉と相談し、一度黒絵お母さんに意見を聞く事にしている。

 

 なんで黒絵お母さんかと言うと、他のお母さん達だと心配するし、お父さんだと仕事休んでついてこようとするから。


 お父さん、本当に過保護よね?

 まぁ、今は嬉しいだけなんだけど。









 さて、昼休みに美羽のところで話をつけ、放課後は朱華姉へのプレゼント選び。

 

 プレゼントは美羽が中々良いチョイスをしてくれたから、方向性が決まったらすぐだった。

 

 それにしても、美羽ったら相変わらずモテるわね?

 あれ、多分人気のある男がなんとか誘って欲しいって頼んでいるんじゃないかって睨んでいる。

 クラスに、そんな感じのヤツがいたし。

 

 でも、お生憎様ね。

 美羽は顔の出来なんかじゃ見向きもしないだろうし、そもそもあの子はお父さんべったりだし。

 まぁ、例外で光希もいるけど。


 光希ってのは、お父さん達の友人の息子で、美羽と同じ歳なの。

 姉や母親の莉愛さんと一緒にモデルやってて、顔の造形も優れている。

 

 結構知名度もあるし、直接知っているあたしとしては性格も悪くないと思っている。

 それに、杏輔やお父さんの事も尊敬しているみたで、懐いているから暮内家との仲も良好なのよ。


 にしても光希も可哀想なやつよね?

 

 だって、美羽ったら自覚ないんだもの。


 確かにあの子はお父さん大好きっ子だし、実際べったりなんだけど、あの子にとって光希も特別なのよね。

 きっと心のどこかで理解している筈よ。

 光希の事を好きだって。


 自分が、お父さん以外に光希と話している時にだけにしか見せない笑顔に気がついていないのかしら?

 

 光希も、美羽の事を特別・・・いや、光希は自覚しているからもどかしいでしょうね。

 だって相手は尊敬する美羽のお父さんなんだもの。

 さぞ胸中は複雑でしょうね。


 それに対して、今の電話の相手はというと・・・


『今度朱華さんのお誕生日会の時、杏輔くんに会える〜♡早く会いたいな〜♡』

「いいから早く告りなさいよ。じれったいのよあんたたち。」

『え〜?でも〜、できれば杏輔くんから告って貰いたいっていうか〜?』

「めんどくさ〜。」

『酷い莉弦!いいじゃん夢見たって!!好きな人から告白されたいでしょ!?』


 こいつ・・・ほんとめんどくさいヤツね。


 こいつは光希の姉の莉里。

 あたしと同じ年齢で、こいつは杏輔が好きってのを隠しもしていない。

 気がついていないのは、杏輔くらいのものよ。


 あいつ、誰に似たのか鈍感だから。

 今でも、自分は莉里を好きだけど、莉里が自分を好きかどうかわからないって思っているもの。


 は〜、どいつもこいつも・・・


 まぁ、相手がいるってのは少し羨ましくは思う。

 あたしには誰もそんな風に思える人はいない。


 あ、お父さんは除く。


 やっぱり良いな〜、お母さん達は。

 だって、お父さんと比べたら有象無象どもなんて・・・莉里のお父さんの光彦おじさんも格好いいし良い人だとは思うけど、それでもお父さんを知っちゃうとなぁ・・・


 法律改正して、娘でも父親と結婚できるようになんないかしら?

 

 あ、そうだ!

 国会議員になって法律改正してしまえば良いのよ!!


 今度朱華姉に相談してみよっと!


 ・・・そういえば、朱華姉って最近何かに悩んでいるみたいね。

 前に杏輔と一緒に聞いたんだけど、はぐらかされちゃったんだった。


 前みたいな事は無いと思うけど・・・ま、心配いらないか。

 朱華姉だもの。


 朱華姉はあたしが尊敬する唯一の同世代の人だし、本当に困っていたらきっと相談してくれると思うし。

 今度誕生日会の時、いっぱい盛り上げて気晴らししてもらおっと。

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