第3話 暮内杏輔の場合 前編
人には向き不向きがある。
それをいま僕は実感している。
「杏輔どうする?もうやめておくかい?」
「ううん、まだやるよ。」
「そうか。きつくなったら言いなさい。遠慮はいらないよ。」
「はいっ!」
道場の床にしゃがみこんでいる僕を見下ろしながら、心配そうにお父さんがそう言う。
正直、痛いし、辛いし、泣きそうになる。
でも、辞められない。
僕はあの時誓ったんだ。
僕の大事な家族や、大事な人を守れるように強くなるって。
「さて、じゃあ再開しようか。」
「お願いします!」
お父さんは構えない。
僕はそこへ向かって行く。
拳を握りしめ、突きを放つ。
顎に衝撃。
ブレる視界の中で、お父さんが手を振り抜いているのが分かる。
どうやら、カウンターの掌底で顎を撃ち抜かれたようだ。
ぐわんぐわんと揺れる視界の中で、この訓練を開始した時の事を思い出す。
それは昨年、僕や姉妹達に起こった忌まわしい事件。
僕はあの時、何もできず、結果、姉さん達や美羽ちゃんを泣かせる事になった。
結局、あの時はお父さんとお母さんが助けに来てくれて、あっという間にその場を支配し、助け出してくれたからなんとかなったけど、僕はそれではダメだと思った。
だって、僕は長男だ。
いくら朱華姉さんが強いと言っても、姉さんは女の子だ。
だから、男である僕が矢面に立たないといけない。
だから、あの後、お父さんに頼み込んで戦い方を教えて貰う事にしたんだ。
でも・・・
「・・・くっ!ぐすっ・・・」
「あ、あ、杏輔・・・?大丈夫か・・・?やっぱりやめた方がいいんじゃ・・・」
「やだ!僕だって強くなるんだ!!おとうさんみたいに、みんなを守れるようになるんだ!!」
始めた当初は、最初の最初でつまづきかけたんだ。
簡単なおとうさんの攻撃も避けれず、防げず、何度も当たってしまう。
見かねたおとうさんがやめようって言ったけれど、僕は嫌だった。
ここで諦めたら、男じゃないって思ったから。
根本的に、僕は今まで運動こそしていたけれど、人と争うことは嫌いだったから、暴力には無縁だった。
だから、身体の作りが戦い向けじゃなかったんだ。
そこで、僕は忙しいお父さんからではなく、比較的に時間がとれる黒絵お母さんにお願いして、まず身体を鍛えようと思ったんだ。
黒絵お母さんの指導はそれはそれで厳しかったけれど、言われた事をきちんと頑張ればみるみるうちに体力が伸び、身体がしっかりとしてきたのが分かった。
そして、何度か目のお父さんの稽古の時に、ようやくきちんと避けられたんだ。
そこからは、普段身体を鍛える時は黒絵お母さん、技を鍛える時はお父さんに指導して貰うようになったんだったな・・・
「さて、ここまでにしよう。杏輔、かなり反応が良くなったね。流石は黒絵の指導を受けているだけはある。」
「ありがとうございます。」
「きちんと冷やしておこうな。後が残っちゃうし。次は、関節を狙ったり極めたりする方法を教えるな?まぁ、ちょっと先になるかもだが。」
「お父さん忙しいもんね。仕事頑張ってね?」
「ありがとう。本当にお前はいい子だよ。」
訓練が終わって、お父さんに微笑まれながら頭を撫でられる。
もう中3なので少し気恥ずかしいけれど、それでもそうやってお父さんに褒めて貰えるのは嬉しい。
僕はお父さんを本当に尊敬しているし、大好きだからだ。
翌日、今日も学校に通う。
あれから年をまたぎ、僕も学年が上がった。
朱華姉さんは中学校を卒業して、お父さん達が通っていた高校に入学し、僕と莉弦姉さんは中学校の最終学年になった。
学校生活は順調だ。
莉弦姉さんは朱華姉さんの後を継いで・・・と言っても、選挙は勿論あったけれど、生徒会長になった。
僕も生徒会に誘われたけれど、僕は自分の時間がほしかったから、その誘いを断った。
今は少しでもお父さん達みたいに強くなりたいんだ。
さて、そんな僕だけど、心配ごとが一つある。
美羽ちゃんの事だ。
美羽ちゃんはとても可愛い。
翔子お母さん譲りで可愛らしさの中にも綺麗さがあって、この学校でも男子人気を二分しているそうだ。
なんでも、その
当然、二分するもう一人は莉弦姉さんだ。
莉弦姉さんは、男女問わず人気があり、”女帝”なんて呼ばれている。
そう言えば、朱華姉さんも”女王”なんて呼ばれていたし、僕の姉妹達は本当にすごいと思う。
僕?
僕は普通だよ。
人当たりが良いし、落ち着きがあるという自覚もあるからか、話しかけやすいみたいで、女子も色々話しかけてくれるけれど、僕は別段、姉さんや美羽ちゃんのようにモテてはいないと思う。
だから、よく聞かれるれど、彼女なんていう特別な存在はいない。
自分の初恋がいつなのか、誰なのかは覚えているけれど、それも子供によくある大人への憧れから来るものだったと思う。
相手は大人だったし、とてもそんな関係になれるとも思えなかったし。
だから彼女なんて想像も出来ない。
・・・まぁ、強いて言えば気になる子はいるけど。
その子は、昔からの友達で、僕が唯一気兼ねなく話す事が出来る女の子だ。
吉岡莉里っていう子で、僕は昔から”莉里ちゃん”って呼んでいるんだ。
中学生になった時、流石にちゃん付けはどうかと思い、吉岡さんって呼んだら泣きながら怒ってきて、今まで通りか名前で呼び捨てろって言われたから、今まで通り莉里ちゃんって呼んでいるんだ。
あれ、結局なんで怒ったんだろ?
聞こうとすると、怒るから聞けないんだ。
ちなみにその子は、お父さんやお母さんの友人の娘で、小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあるのだけれど、残念ながら家が離れている為に学校が違うから、たまにしか会えないんだ。
まぁ、高校は同じところ・・・朱華姉さんと同じ、お父さん達の母校に一緒に通おうって約束してはいるんだけどさ。
今度、朱華姉さんの誕生日会があるのだけれど、その時に来るらしいから会えるのが楽しみなんだ。
元気にしていると良いけれど。
もっとも、その子はその子のお母さんや弟と同じ様に、モデルとして仕事をしている凄い子だから、僕みたいな取り柄のないヤツに恋愛感情なんか持っていないだろうし、そもそも、僕にいっぱい話しかけてくれるのも、同じ歳だからってだけかもしれない。
結構くっついて来るけれど、それだってただコミュ力が高いだけかもしれないしね。
あまり誤解しないようにしているんだ。
だって、変に誤解して関係を崩したく無いし。
もし、彼氏が出来たっていったら、きちんと祝福してあげようと思っているんだ。
・・・まぁ、その後、少し落ち込むかもしれないけどさ。
「あの・・・暮内くん?ちょっと時間あるかな?」
あ、いけないいけない。
色々考えてぼ〜っとしてたよ。
この子は・・・たしか、隣のクラスの子だったかな?
何かの授業で一緒になって話すようになったんだっけ。
なんだろう?
「ああ、ごめんごめん。なんだったかな?」
「もうご飯食べ終わったよね?い、今から体育館裏に一緒に来てくれないかな?ちょっと話があって・・・」
話ってなんだろう?
そんな風に考えていたら、周りが何故かざわついていた。
「おお・・・この学年でも女帝に次ぐ可愛いあの子が・・・」
「もしかして王子付き合っちゃうんじゃ・・・」
王子?なんの事だろ?
まぁ、でも・・・
「ごめんね?この後、莉弦姉さんに呼び出されていて、一緒に妹のところに行く必要があるんだよ。ちょっと放課後に家族の用事があって。」
「そ、そうなんだ・・・分かった。じゃあ、今度にするね?」
「うん?急ぎじゃないの?」
「うん。また!」
走って行っちゃたね。
なんだったんだろう?
その後は美羽ちゃんの教室に行って、放課後、朱華姉さんへのプレゼント探しをした。
美羽ちゃんが結構良いものを見つけてくれたから助かったよ。
しかし、やっぱり美羽ちゃんはあまり人付き合いが良くないみたいだな。
心配事は当たっているみたいだ。
思い返すのは昼放課の事。
僕や莉弦姉さんが声をかけなければ、下手したら悪く思われていたかもしれない。
まぁ、姉さんが圧力をかけていたから良いとは思うけれど。
やっぱり、光希くんみたいに、美羽ちゃんをいつも守ってくれる子が近くにいてくれると僕は嬉しいんだけどなぁ。
光希くんというのは、莉里ちゃんの弟で、彼もモデルをやっている凄い子だ。
彼は何故か僕を尊敬してくれているらしいんだけど、僕には僕のどこを尊敬しているのかよくわからない。
でも、彼はとてもいい子だから、安心して美羽ちゃんを任せる事が出来るし、信頼しているんだよ。
なんなら、将来、美羽ちゃんと結婚して欲しいくらいだ。
美羽ちゃんはお父さんが大好き過ぎて心配になる事も多いし。
そう言えば、一時期から姉さん達もお父さんLOVE勢として美羽ちゃんと張り合って、お母さん達と言い争うようになったっけ。
・・・はぁ、困ったもんだよ。
少しは、瑞希お姉さんを見習って、大人の慎みを真似して欲しい。
ああ、瑞希お姉さんってのはお父さんの妹で、とても綺麗で優しいんだ。
実は僕の初恋もその人。
まぁ、物心ついたときには、結婚できないって気がついてショックを受けたんだけどさ。
でも、瑞希お姉さんはそんな僕に気がつかずに、お構い無しで可愛がってくれるからちょっと複雑なんだ。
この間会った時も、ソファに座っている時にずっと後ろから抱きつかれていて、もう昔みたいに子供じゃないんだから男として色々と困る・・・あれ?慎み・・・?
うん、気にするのはやめよう。
あんまり瑞希お姉さんの話をすると、莉里ちゃんが何故か機嫌が悪くなるし。
なんだか、いつも莉里ちゃんは瑞希お姉さんを警戒しているんだよね。
なんでだろ?
瑞希お姉さんは綺麗で優しい良い人なんだけどなぁ。
まぁ、良いか。
とりあえず、早く朱華姉さんの誕生日会の日にならないかな。
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