初恋が惨敗だったが感傷に浸る時間が無い件

椿紅 颯

第1話『俺の初恋は惨敗だ!』

 初恋。それは誰もが遅かれ早かれ経験する道。

 初恋。それは多くの男女が思春期に味わう味。



 俺は初恋を経験せず過ごしてきた。

 小中は遊びを謳歌、スポーツに全身全霊。異性は恋愛対象では無く、苦楽を共にする仲間だった。

 そういう場に出くわさなかったわけではない。俺も『告白』を受けたことがある。だが、『好き』という感情が理解できず全て断っていた。

 そんな俺にもいよいとその時が来た。


「俺は告白するっ!」

「そっか」

「そうなんですか」

「上手くいくと良いわね」


 今は水泳部の朝練終わりの朝食中。プールサイドの一角にある大きな台の上に4人座っている。

 右にクラスメイトの愛海まなみ、左に1組の彩智さち、正面に3組の美雪みゆきが座っている。色で表したら青、緑、白という印象だ。


 俺は立ち上がり、左手を空へ掲げ、高らかに宣言した。

 そしておにぎりを一口。うんしょっぱい。こいつらの対応もしょっぱい。


「なあ、みんな冷たくない?」

「いや別に? いつも通りじゃない?」

「そうですよ、自意識過剰だと思いますよ」

「いつも通りよ。私達に何を期待しているのかしら?」


 愛海まなみはいつもツンツン気味、尖った言葉遣いで容赦がない。

 彩智さちは真面目で、この口調から同い年ながら少し距離感を感じる。

 美雪みゆきは普段から落ち着いた雰囲気で、御令嬢のような丁寧な言葉遣いで何かと手厳しい。

 そんな塩対応な彼女達にもめげず、自分の道を歩く俺。


「ヨシ、決めた! 決行日は本日の放課後! 迷っていても仕方がない。善は急げだ!」

「何それ、自分勝手すぎない? 相手の子が可哀そう」

「私だったら、相手の気持ちを考えたらそんな勢い任せなことはしませんが」

「なぜ自ら勝算を下げ、直情径行ちょくじょうけいこうな行動を起こそうと思えるの?」

「いや、だったらそこは何かさ、アドバイス的なのもらえない? 自分がこうされたら考えちゃうかもとか、そういうのくれても良くない?」


 返ってくるのはただ、プールから漂い鼻の奥を刺激する塩素の匂いだけだった。

 彼女達は俺と目線を合わせず、手元の食事を口に運んでいる。

 俺は腰を落とし、厚焼き玉子を一つ口へ運ぶ。

 俺を甘やかしてくれるのは、この卵焼きだけだ。


 食事を進めながら、いつも頭によぎる疑問を口に出してみた。


「そういえば、お前達って他の奴らみたいに教室で飯食わねえの?」

「はい? そんなことしたら他の人に食い意地の悪い人って思われるじゃない」

「年頃の女子に対してする質問じゃないと思います」

「いや、朝練してることぐらい理解は得られるだろ?」

「まだわからないのかしら。女の子っていうのはデリケートなの。周りの目がどうしても気になってしまうの」

「いや他の――」


 俺は最後まで言葉を繋げることができなかった。

 彼女達の殺気を帯びた眼光に集中砲火され、悪寒が全身を駆け抜け、口が自動で閉じてしまった。


 10分ぐらいの朝食タイムを終えた俺達は足並みを揃え、自教室へと向かった。






 放課後、俺は一世一代の勝負に全身を震わせていた。

 汗握る状況に何回もズボンを擦っている。

 既に意中の相手には集合時間を伝え、ただ誰も居ない教室にてその時を待つのみ。

 刻一刻と迫る時間に深呼吸を繰り返していた。

 居ても立っても居られない俺は天井の模様を数え始めた。だが、程無くして扉の滑る音に目線を戻した。


「あ、直輝なおき君お待たせ。あ、でも予定の時間より早く来ちゃったけど、大丈夫だった……かな?」

「い、いーやや、ぜんーぜん大丈夫だよ」


 これからの自分の行動に緊張の色を隠せず、変なイントネーションになってしまった。

 彼女はクラスメイトで学級委員長の宮水加純みやみずかすみさん。

 お淑やかで清楚な彼女は例えるなら水色。控えめな笑顔に口元を隠す仕草がとても可愛い。

 そんな彼女に今から俺は告白をする。


「迷惑じゃなくてよかったー。時間は守るのが当然なのにね」


 おおお、そんな、そんな、純粋で真っ直ぐな言葉を貰えるなんて、宮水みやみずさんはなんて良い子なんだ。


 俺は今この時、もう一度彼女に恋をした。

 好きを好きで上書きし、自分の気持ちが増したのを感じた。


「それで、用事って何かな?」

「水宮さん、俺はキミが好きです。付き合ってください!」

「……」

「突然言われて迷惑だと思うけど、もし、もしも良かったら、前向きに検討してほしいです!」


 俺はテレビで見た動作を真似、頭を下げ左手を差し出した。

 宮水さんはの反応は――――顔を上げて見たが、明らかに困惑している。

 口元を隠し、オドオドと目が泳いでいる。

 ここで催促したら可哀そうだ。ただ、待つのみ。


「――えー、えっと、あの……私、こういうの初めてで……」

「うん……」


 答えを早く聞きたいけど、聞きたくない。

 心が揺らぎ流れる。


「――ごめんなさい直輝なおき君。私は……その気持ちに応えることが出来ません」

「え……」

「本当に……ごめんなさい」


 こうして俺の初恋は惨敗に終わった――。

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