放課後、会いに行くね
逢澤ナナ
第1話 桜色の季節
柔らかい風が通り抜ける渡り廊下、すれ違いざまに優しい笑顔を向けられた瞬間、まるで時間が止まってしまったみたいになって慌てて振り返ると真っ白な白衣が眩しく揺れていた。
高校に入学して間もない去年の春のできごと。
生まれて初めての一目惚れだった。
桜が舞う季節、浮足立つような暖かい春の日差しの中、少しの緊張感を覚えながら学校へ向かった。
高校2年の初登校日、校門では先生たちが一斉にプリントを配っていた。受け取ったプリントで自分の名前が書かれたクラスを確認して移動する。
「おはよー、
振り返ると、幼馴染の
「おはよう、3組だったよ」
「そっかー、俺2組だったわ、じゃ教科書忘れたときはよろしく!」
そう言うと、白い歯を覗かせて屈託なく笑った。
自分のクラスへ入って黒板に書かれた座席表の通りに窓際の席に座る。まだ誰も席に着いていなくてぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。グラウンドに近い校舎の3階の端にある教室で、去年よりも近くにグラウンドを見下ろした。
少しして、隣の席に男の子が座った。挨拶を交わすことはなかったけど、とても綺麗な顔をしていた。黒板に書いてある私の隣の席には「
「はーい、そろそろ席に着いてー、始めるよー」
聞き覚えのある声の先を見ると、去年担任だった小林先生だった。うちの学校は3年生はクラス替えが無いから3年間小林先生になるということで、嬉しいけれどちょっとだけ残念な気持ちになった。
翌日のホームルームで早速委員会決めがあった。学級委員をやりたそうな子って雰囲気で分かる。私は委員会に携わるのは
「じゃあ、まだ一度もやったことない人は……、
突然、自分の名前が聞こえて来て我に返った。
「え? あっ、はい!」
咄嗟に呼ばれたことに対して返事をしたのに、先生にはYESの意味にとられてしまったようで、望んでもいないのに図書委員に選ばれてしまった。本当におっちょこちょいだな、私。しかし今更できないとは言えない雰囲気で、取り消すことを諦めた。
「本当はやりたくないんじゃない?」
隣の席の広瀬くんが笑いながら言った。
「うん。バレた?」
そう答えると、ため息をつきながら「やる気がない人と一緒にやるの、やだな」と皮肉たっぷりに言われてしまった。前の黒板を見ると図書委員の所に私たち二人の名前が並んでいた。1年の辛抱、たった1年だから頑張ろうと腹をくくることにした。
まだ数日だけど、広瀬くんを見ていると周りに媚びなくてどことなく自分と似ているのかなって親近感を抱くようになった。もう少し近い距離で話してみたい。自分から友達になりたいと思うようになるなんて私には珍しい感覚だった。
「広瀬くん、私委員会やるの初めてだから、いろいろ教えてね」
念のため声をかけておく
「ちゃんと委員会がある日は出席してね」
予想以上にぶっきらぼうに返されて笑いそうになってしまったけど、他の人にはそんな風に冷たい対応をされたことがなかったから新鮮で嬉しい気持ちになった。
委員会決めが終わると、プリントが配られた。明日からの時間割表と、1年間各授業を受け持つ教員の名前が記されたプリントだった。
――理科
何度もその文字を見返しながら、だんだんと現実のこととして認識していく。鼓動が速くなってその反響で胸が破裂しそう。嬉しさと緊張で顔が一気に熱くなるのが分かった。
去年の春、一目惚れした白石先生。先生に近づくためには先生の授業に出る方法以外思いつかなくて、1年越しの願いが叶った喜びが深くじんわりと胸に広がっていった。
時間割を見ると、理科の授業がある日は火曜日と木曜日で早く授業を受けたくてその日が待ち遠しくなった。
次の火曜日、朝から落ち着かなくて緊張と期待に胸を膨らませながら過ごしていた。いよいよ3時限目のチャイムが鳴ると、自分の鼓動しか聞こえないくらい周りと切り離されてしまったような感覚になった。しばらくして、見張っていたドアが静かに開くと、想像していたよりももっと柔らかい空気をまとった、白衣の王子様が登場した。透き通るような白い肌と、銀色に縁取られた丸いメガネを掛けていた。メガネの奥には、少し垂れぎみの澄んだ瞳が覗く。思ったよりも広い肩幅とスラっとした背格好は、大人の男そのものだった。
「はい、これから1年間よろしくね」
先生は黒板に自分の名前を書いてから、まったりとした挨拶をして笑顔を振りまいた。
想像していた話し方とは少し違っていた。声のトーンから、気を抜くと少し猫背になってしまうところも先生の癖を一瞬で感じ取ることができた。想像と違うから、さらにもっと知りたくなるのかな。先生の動き一つ一つを見張っていると、胸の鼓動がだんだんと早くなってのぼせそうになる。こうしてずっと見ていても、授業を受けているのだからごく自然のことだし怪しくないところは助かった。短くても1年間は続くその事実が嬉しくて、きっと今まで生きてきた中で一番幸せなんじゃないかな? って、かなり大げさなことを思ってしまっていた。
先生のこと、もっと知りたい……
私の、このもどかしい初恋が実ることはあるのかな……
「それで、物理と生物は教室で、科学は理科室で授業を行うのでチャイムが鳴る前に移動して席についてください……」
先生の話す声が心地よくて、この声の感じを覚えておきたい。思わず目を閉じて耳を澄ませていた。
「……そこ、聞いてる?」
先生の声がこちらに向けられた気がして咄嗟に目を開けると、先生の視線が一直線にこちらを向いていて恥ずかしい気持ちに一気に顔が赤くなる。
「すいません…」
「眠くても、ちゃんと聞いてね」
ちょっと呆れられちゃったかな……ダメだな私、変な風に覚えられちゃったらやだなぁ……そう思うと、とてつもなく自分にがっかりした。
午後のホームルーム、暖かい陽に照らされながら窓の外を見ていた。私のクラスがある校舎からは、グラウンドとテニスコートくらいしか見えなかった。理科室が見えたらいいのにな……理科室は3つ並んだ校舎の真ん中にあって、
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