§ 1ー4 黄昏時の殺戮



 夕日に染まったその光景には目を疑う異様さが満ちていた。


 それは神殿から少し離れた岩陰にふいに現れた。

 黒い2本の角が生えた牛の頭部を持つ、下半身に薄汚れた布を巻いた2mはあろう巨躯きょくの人間の体の化け物。右の腕には、長いハルバードが握られている。あれはゲームで見たことがある。ミノタウロスだ。


 嘘だ! あんなものが存在するわけがない!


 より一層の悲鳴が上がり、数人は立ち上がりあてどなく走り逃げていく。だが、それは一部で、多くの者はその場で震えてかがんでいる。


 恐怖に全身をつらぬかれ一歩も動けず、化け物の動向を直視することしかできない。近づいてくるミノタウロスが屈みこんでいる中学生ぐらいの男子に近づいたと思った瞬間、振りかざしたハルバードが男子を真上から叩き切った。何の躊躇ためらいもなく……。


 そこからは、ただの殺戮(さつりく)ショーだった。ショートカットの女学生は、ぎ払われた衝撃で岩に叩きつけられる。少し肉付きのよい小学校高学年ぐらいの男の子は、逃げもせず屈んでいるのを頭から踏みつけられて、四肢が痙攣けいれんしている。まるで、無数にいる虫を駆除くじょしているかのように、奴は何も思わず人を排除していく。


 その様子を直視していたため気づかなかった。違う方向からも悲鳴が聞こえる。いくつもの方角から叫び声があがる。奴は1体ではない。目視で確認できるだけでも7体はいる。どれだけの人を殺すつもりなんだ。


 ふいに神殿の角から姿を現した8体目と目が合う。立って刀を持つおれが物珍しかったのだろう。ゆっくり、にやりと口元をゆるませながら近づいてくる。


 おれは刀を両手で持ち、反射的に構える。


 何も分からず、理不尽に殺されることへ無意識に抵抗したのだろう。


 全てを忘れて、自ら命を絶った蓮の目に光が微かに宿やどっていた。


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