第192話 人のために頼れ

 騒がしい遊園地の一部分、俺と高橋の空間だけ静かで微妙な空気が流れていた。

 やっぱり余計な事を言うんじゃなかった。

 そんな風に思っても言ってしまったものはしょうがない。


 「…すまん、やっぱ今のなしだ。忘れてくれ…とりあえず、次どこに行くかさっさと決めようぜ!ジェットコースター以外で!」


 とりあえず話題を変えるべく、本来の目的であったはずの遊園地に話題をずらす。


 「別に普通とかそういうの、どうでもいいだろ」


 だが、高橋は話題を変える気はなかった。


 「いや…とりあえずその話はもういいから…」


 「いいわけないだろ」


 「…」


 珍しく語気が強めの高橋に、俺は黙ってしまった。


 「お前のそういうところがよくないって言ってるんだよ」


 「はぁ?」


 「一人で何でも解決しようとしやがって…なんなんだよお前は、超人が何かか?」


 「だから…!それが『普通』だろ?!いきなりなんなんだよ?!」


 「じゃあ俺たちは普通じゃないって言うのか?」


 「っ…そ、それは…」


 高橋の言葉に俺はまた黙ってしまう。

 けれど、高橋はまだ何か言いたい様で、一度大きく息を吸って吐くと、俺を真っ直ぐに見て来た。


 「そもそも人間一人でなんでも解決できる様にできてねぇんだよ。それをしようとしてるお前は何様だ?ヒーローにでもなった気でいるのか?」


 「っ…ちが…」


 「はっきり言ってやるよ。お前の言う『普通』は普通じゃなくて、『理想』だ」


 「り…」


 「なんでも一人で解決できる。他人に迷惑かけないで、一人で全て解決できる人間。そんなのいるわけないだろバーカ。そんな人間、空想の世界にしかいないだろ」


 「っ…!じゃあ何が正解なんだよ?!頼りまくって、弱いとこ見せまくって、他人に迷惑かけるのがいいって事なのか?!」


 あんまりな物言いに、かなり頭にきてしまった俺は思わず声を荒げてしまう。

 だが、そんな俺に対して、高橋は冷静に言葉を繋ぐ。


 「だから言ってるじゃん。それでいいって」


 「……………は?」


 「頼りまくって、弱いとこ見せまくって、他人に迷惑かければいいだろ」


 「…え…いや…は…?」


 何を言っているんだこいつは。


 「完璧超人でもなんでもないお前が、完璧超人の『普通』を真似しようとしても、お前が壊れるだけだぞ」


 「…いや、俺が壊れるだけだったら別に…」


 「それを嫌だ、って伊織が言ってんだろ?!」


 「っ?!」


 遊園地の楽しげな雰囲気に似合わない、ちょっとだけ声を抑えた怒声が俺の頭に響いた


 「もちろん俺も、陽葵も、楓も、美波もそう思うだろうよ!別にお前が最悪どう思っててもいいけど!お前の周りがそれをよく思ってないって事をいい加減わかりやがれ!」


 「っ…」


 言われてハッとする。

 思えば俺も、知ってる人が苦しんでいく姿を見たくないから他人の行動に気を遣っていた。


 『なぁ、朝香』


 『?!…なに?』


 『…お前、何かあったのか?』


 『え?』


 『…なにも…ない』


 拒絶される前の朝香を思い出す。あの時の朝香は見てわかる通り苦しそうだった。

 …今の俺は、もしかしたら周りから見るとそう見えるのだろうか…。


 「他人に迷惑をかけないのが『普通』って言うなら、他人のために頼ればいい」


 「…なるほどな」


 フッと苦笑が漏れた。

 結局はみんな、俺と同じ事を考えてるって事だろ?それに俺だけ気づいてなかったって事だろ?

 そう思うと自分があまりにも馬鹿すぎて笑えてくる。

 そんな事を考えていると、俺を訝しむ様子で高橋が見てくる。


 「…何笑ってんだよ」


 「いや、ほんとに馬鹿だなぁって思ってさ」


 「…理解したか?」


 「あぁ、十分わかったよ。身をもって知ったね」


 きっと、数分前に思わず出してしまった弱音がなければ、俺はいつまで経っても理解する事ができなかっただろう。

 今回ばかりはジェットコースターに感謝でもしようかな。

 そんな事を思っていると、高橋は大きくため息を吐いてから、いつもの顔で俺を見た。


 「わかったんならいいや。さっさと頼って甘えろ。甘やかしてもらえ」


 「いや、ちょっとそれは気持ち悪いわ」


 「なんでだよ」


 「でもまぁ…」


 「…?」


 「善処するよ」


 「…そうか」


 そう言うと、高橋は俺から目を逸らし、周りのアトラクションに目を向け始めた。

 俺はペットボトルの水を一気に流し込み、途中にあったゴミ箱にペットボトルを捨てた。


 「…よし」


 体調も気分も体感できる程よくなった。後は朝香との話をつけるだけ。

 もう一度、帰りにでも話をしてみよう。

 きっと話はスムーズには進まないだろう。

 だって、俺は完璧超人なんかじゃないから。

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