第90話 風邪と姉と弟と

 「おはよーございまーす!」


 「黙って寝てろ」


 昼に数秒でチャージできるゼリー飲料を飲ませて、無理矢理寝かせたのが良かったのか、陽葵の熱は三十七度二分まで下がっていた。

 すっかり元の陽葵に戻ってしまったが、俺は安堵していた。


 「また上がるかもしれないから、今日はゆっくりしてろ」


 「わかってるって〜」


 本当にわかってるのか?


 「ありがとね、旭」


 「何が?」


 「今日、ずっと一緒にいてくれて」


 「…まぁ、こんなのでも姉だしな」


 「こんなのって言うな」


 そう言って陽葵は布団を頭みで被ってしまった。

 俺は一つ、大きなため息を吐いた。

 …やっとゆっくりできる。

 これにて本日の業務は終了。

 後は適当にコンビニで弁当を買って遊んで寝るだけ。

 実にイージーだぜ!


 「…ねぇ、旭」


 布団から顔だけを出した陽葵がこちらを見ていた。


 「どした」


 「…旭は、あたしがお姉ちゃんで良かったの…?」


 「…は?」


 弱々しく、縋るような目で俺を見る陽葵。

 いったいどうしたというんだろうか。

 発熱で頭のネジでも飛んだか?


 「…あたし、今日みたいに迷惑かけるし、役に立たないし…お姉ちゃんっぽい事できてないじゃん?…その…なんとなく旭が、あたしを鬱陶しく思ってないかって思って…」


 「え?普通に鬱陶しいけど?」


 何を今更。


 「や、やっぱりそう…?」


 「おん。だって陽葵じゃん」


 「…?」


 心底不思議そうな顔をしている陽葵。

 間抜けそうな顔してんなぁ…。


 「何考えてるのか知らないけど、今更優しくされても気持ち悪いだけだって」


 「で、でも」


 「『佐倉陽葵』は、喧しくて、横暴で、暴力的で、たまにちょっとだけ気をつかえるような女だ。それ以外を俺は『佐倉陽葵』とは認めない」


 「っ!」


 ちょっとイラつけば物が飛んできて、俺の事情もお構いなしで用事を押し付ける。そいつが『佐倉陽葵』だ。


 「で、でも、それでいいの?」


 「何が?」


 「その…お姉ちゃんとして何もできてないんだけど…」


 そう言い淀みながら陽葵は、また布団の中に入っていってしまった。

 何お前、ヤドカリか何かなの?


 「そもそも、俺はお前を姉扱いしてねぇよ」


 「…随分抉ってくるねぇ…」


 「だって陽葵は陽葵だろ?書面上、家族構成上じゃ俺の姉は陽葵って事になってるが、歳は変わらないだろ。勝手に姉面すんな」


 ちょっとだけ布団から顔を出す陽葵。

 だからヤドカリなの?


 「マジで何考えてるかわかんないけど、余計な事を考えるな」


 「…」


 「俺は、今こうやってクソどうでもいい話をできる関係を気に入ってるんだよ」


 「っ?!」


 そう言ってやると陽葵は布団の中に入ってヤドカリしてしまった。


 「姉だからって姉っぽい事をしなきゃだめ、なんて事はねぇよ。だから余計な事すんな」


 そう言って俺はコンビニに行こうと部屋の出口に向かう。


 「…弁当買ってくる。他に欲しいものは?」


 「…プリン…」


 「りょ」


 「…旭」


 「ん?」


 「いってらっしゃい」


 その言葉を最後に、陽葵は壁の方に寝返ってしまった。


 「…はぁ…いってきます」


 結局、陽葵が何を考えていたのかはわからないまま終わってしまった。

 今の関係に何か不満でもあったのだろうか?


 「あ、あとアイス」


 「ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」


 「うるさい、いいから買ってきて」


 「あだっ」


 顔面に濡れタオルが飛んできた。

 そう、陽葵はこれでいい。

 これが陽葵だ。

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