第82話 読むもん

 「…えーと?」


 「君でしょ?楓をいじめてたのって」


 「え…あ、ち、違うよ?」


 「教科書隠したり、机の中荒らしたりしたんじゃないの?」


 「え…と…」


 紗英のさっきまでの余裕のある顔は見事に崩れて、視線を右往左往させていた。


 「あのね、私はその…そう!見てただけ!見てただけで何も…」


 「へぇ、見るだけ見て助けなかったんだ」


 「あ…えと…」


 いくらなんでも、その言い訳は無理があるだろ。


 「…そ、そもそも!この子が空気読まないで変な事言うからこうなったの!私たちは一緒に楽しんでただけなのに変なこと言うから!」


 「それは危険な行為を止めただけだろ?」


 「…それはわかってるよ!」


 わかってるんかい。


 「ちゃんと注意してやってたから!それなのに、この子が楽しい空気を壊したから!」


 うわ、めんどくさ。

 どうしても楓が悪いって事にしたいのか。


 「あ、わかった。君も空気読めない系の人かな?」


 何言ってんだこいつ。


 「あのなぁ…そもそも空気なんて読むもんじゃないだろ」


 ただの空気になんて書いてあるんだよ。

 チュートリアルでも書いてあるのか?

 上ボタンで前に進む、的な?


 「なっ…」


 「…っ?!」


 俺の言葉に紗英は動揺している。

 そりゃそうだ。

 だってこの子は空気を読んできたのだから。


 「空気読めないとか読めるとか、それってただ同調してるだけだろ?」


 「ち、ちが」


 「人の輪から外れるのが嫌なんだろ?怖いんだろ?あんたはそうだろうな。今まで空気を読んできたんだから。でも楓は違った。あんたらを思って注意したんだよ。多分、ハブられるってわかって注意したんだよ。その行動のどこにいじめる要素があるんだ?」


 「そ、それは…」


 また言い訳を考えているのか、紗英は楓を見たり俺を見たりと忙しそうだった。

 まぁ、考える暇なんてあげないけどね。


 「共通の敵を作りたかったんだろ?自分たちは悪くない。あいつが悪いんだって」


 「ちが…」


 「じゃあ、何?」


 「…」


 少し強めにいうと、紗英はとうとう黙ってしまった。

 数秒黙った後、紗英は大きく息を吐いて顔を上げた。


 「…もういいや…じゃあね…」


 「あれ?もう帰っちゃうんだ?」


 「っ!」


 キッと俺を睨みつけてくる紗英。

 おぉ、怖い怖い。


 「…ふんっ」


 それでも、紗英は言い返す言葉がないのか、そのまま去っていってしまった。


 「あらら、ごめんね楓。友達怒らせちゃったわ」


 「…」


 楓は口を開けたままポカンとしている。

 何これ面白いな。

 俺はクレープをちょっとだけちぎって楓の口の中に放り込んでやる。


 「っ?!」


 「え?もっと欲しいって?」


 「…んっ、い、言ってないよ?!」


 言ってないらしいです。


 「…あの、旭くん…どうしてあんなこと言ったの…?」


 「どうしてって…あむっ」


 クレープを一口食べて、ゆっくり飲み込む。


 「ムカついたから?」


 「…え?」


 「ムカついたから」


 「あ、うん」


 「友達の事を貶されたんだ。黙ってられるわけないだろ」


 「…そっ、か…」


 誰だってそうだろう。

 大切な人、友達、家族をバカにされたらムカつくだろ。

 俺は残りのクレープを一気に口に放り込む。


 「…ん、うっし!喉乾いた!タピオカジュースでも買いに行こうぜ!」


 「あ…え…と…」


 「どうした?タピオカ嫌い?」


 「う、ううん…そうじゃなくて…」


 楓は未だに混乱しているような感じだった。

 どったのさ。

 まぁ、気持ちはわからないでもないけどさ。

 俺は楓に向き直ってため息をついた。


 「…さっきも言ったけど、空気なんて読むもんじゃないぞ?言いたい事があるなら言ってくれていいから。別に空気読めないとか言わないし、それでハブったりもしないからさ。あ、でも譲れない意見がある時は俺も対抗するからな!その時は言い合おうぜ」


 「っ!」


 「それで、楓はどうしたい?」


 楓は俺の言葉を聞いて一度顔を下げた後、すぐにまた顔を上げて俺の目を見てきた。


 「わ、わたしもタピオカジュース飲みたい!」


 「よーし!行こうぜー!」


 「うん!」


 そう言って笑った楓の顔には、影なんて一つも見当たらなかった。

 文化祭巡り再開だ。

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