第77話 諦めも肝心

 「…という訳なんだが…」


 色々と飾り付けられた自分たちの教室は、先輩たちには劣るものの、それなりに頑張ったほうだとは思う。

 机を四つくっつけてテーブルクロスを敷けば、それっぽく見えない事もないし、壁も折り紙などで作った飾りを付ければ堅苦しい教室の雰囲気はなくなる。

 学生の文化祭に合った雰囲気を作り出せているとは思う。

 そんな中、俺は高橋を教室の隅に呼び出し、絶賛暗い雰囲気を製造中である。

 文化祭ムードの軽い雰囲気の中に重苦しい空気が隅で漂っている。


 「そっ…か…まぁ、しゃあないよな!」


 葵さんからの伝言を聞いた高橋は、誰が見てもわかるくらいに気を落としていた。

 必死に取り繕った笑顔と上擦った声が物語っている。


 「高橋…その、行かないのか?」


 「行くってどこにだよ」


 「いや、葵さんのとこに…」


 「いやいや仕事中だから」


 俺としては抜け出して、話だけでもして欲しいのだが。


 「代わりなら俺がやるからさ…」


 「旭」


 冷めた声で名前を呼ばれた。


 「人生、諦めも肝心だぞ?」


 「お前…」


 「教えてくれてありがとな」


 そう言って高橋は接客に戻ってしまった。




 「高橋君、大丈夫だったの?」


 「大丈夫、ではないだろうなぁ…」


 伝言を伝え終わった俺は教室を出て、伊織とヨーヨー釣りをしていた。

 隣のクラスの出し物は縁日のようなもので、なんとなく懐かしいから、という理由で二人並んで水に浮かぶヨーヨーに向かっていた。


 「私は…その、内容はよくわかってないんだけど、やっぱり何も言わずにお別れって寂しいんじゃないかな…」


 「それは…そうだな…」


 ただ高橋の気持ちを知った上での内容はちょっとだけ意味が違ってくる。

 想いを伝えて気まずい関係になるくらいなら、このまま何もなかったかのように過ごしたいと考えてしまう。これは誰にでもある考え方だろう。

 高橋も多少は違えど、似たような事を考えているはずだ。


 『このタイミングでしてもいいものかと…しかもあっちは俺の事気にしてなさそうだしなぁ…』


 この前、高橋はそう言っていた。

 おそらく、葵さんにその気はないと高橋は気づいてしまったのだろう。

 それを分かった上で会いに行って話をするって言うのもなかなか勇気がいるものだ。


 「まぁ、俺たちじゃどうしようもないから、後は高橋次第だろ」


 「…そう、だね…あっ」


 ヨーヨーの穴にクリップを通せはしたが、伊織の持っていたこよりは切れてしまった。


 「へたくそめ…よっと、ゲットー!」


 「う、うるさい!もう一回お願いします!」


 いや、そんなにムキにならなくても…。

 俺は取ったヨーヨーを弾ませながら伊織の隣で様子を伺う。

 …もし、俺が高橋と同じ状況で、伊織が葵さん同じで引っ越してしまう状況なら、俺はどうする?

 俺だったら後々後悔したくないから突撃しに行ってるな。


 『人生諦めも肝心だぞ』


 「…」


 不意に去り際の高橋の顔が頭の中に浮かぶ。


 『教えてくれてありがとな』


 そう言って逸らした高橋の顔は一瞬しか見えなかったけど、泣きそうで、悔しそうな顔だった気がする。


 「諦めも肝心、ねぇ…」


 「絶対諦めない…」


 大分水が染み込んだこよりを持ったまま、未だに苦戦している伊織を見る。


 「いや、お前はもう諦めろ」


 「や!」


 「や!って…」


 それ、クリップに引っかかっても切れるんじゃない?

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