第70話 平常運転か

 「旭…さ、文化祭の日、誰かと回るの…?」


 放課後の実行委員の仕事中に伊織は聞いてきた。


 「いや、まだ決めてないな」


 「高橋君は?」


 「別の人と回るって言われて断られた」


 高橋との会話の後も、俺は一緒に回る人をまだ決めていなかった。いや、考えていなかったが正しいだろうか。

 あの後、装飾を作るのに夢中になって頭の中空っぽだったからな。ああいう系の作業って夢中になれるんだよな。

 伊織とは結局、実行委員の仕事で一緒になれるだろうし、一応約束だけでも付けとくか?


 「なぁ」


 「ねぇ…」


 「「…」」


 思いっきり被りましたね。

 こういう状況ってほんとに気まずくなるんだな。どこのラブコメだよ。


 「…どぞ?」


 「え、う、うん、あの、もし良かったらで良いんだけど…午前中、私と一緒に回らない?」


 「え」


 「だ、だめならいいんだけど!」


 「だめじゃないけど…」


 寧ろ誘ってくれて嬉しいんだが?


 「でも、俺でいいのか?伊織と回りたいってやつならいくらでもいると思うんだが」


 「そ、そんなにいないよ!…わ、私は…旭と回りたい…」


 かわいい。

 はぁ?かわいいんだが?

 もじもじして恥ずかしさを我慢して顔赤くしちゃって、もう…凶器よ?男みんな死ぬぜ?


 「お、おーけー午前ね。覚えとくわ」


 「うん!」


 そう言うと嬉しそうに返事をした。

 そんなに嬉しそうにしないでくれ。かわいすぎてニヤニヤしちゃう。

 まぁ、回るって言っても実行委員の仕事のついでって感じだから、あまり気にすることもないだろう。


 「…ねぇ旭」


 「ん?」


 「旭ってさ…楓ちゃんのこと、どう思ってるの…?」


 「楓?」


 いきなりどうしたんだろうか。


 「うーん…あんまり深く考えたことなかったけど…かわいくて、優しい子?癒し?」


 「癒し?」


 「何か見ててほっこりする」


 「…」


 かわいいし、やさしいし、料理もできて気遣いもできる。あれ?めちゃくちゃいい子じゃない?


 「あの子の彼氏はきっと幸せになるだろうな」


 「あ…うん…」


 「急にどうしたん?」


 「な、なんでもない!」


 「?」


 そう言って伊織はそっぽを向いてしまった。

 うーむ…わからん。

 話が終わってしまったから俺も仕事に戻るか。

 そう思い、目の前の書類に目を通そうとする。


 「…ん?」


 そこで自分に違和感を覚える。

 伊織と一緒にいるはずなのに、随分と冷静な自分がいる。

 前までは俺から話しかけに行って会話を楽しんでいたはずだ。

 なんだろう…この違和感。


 「うーむ…」


 「旭?」


 「へい」


 「どうしたの?さっきから唸ってるけど…」


 「ん、あぁ考え事してただけだから気にしないでくれ」


 「あ、うん」


 やっぱり何かおかしいような…気のせいか?

 前からこんなんだっけ?


 「あ、そういえば、さっき旭も何か言おうとしてなかった?」


 「え?あぁ、伊織と同じ事聞こうとしてただけだから大丈夫」


 「そうなんだ」


 ふふっ、と少し楽しそうに伊織は笑った。かわいい。

 やっぱり俺の心は平常運転か?

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