第47話 似合う
「おい九十九」
「どうした?」
近くの自販機で買った冷えたスポドリを後頭部に当てながら九十九に話しかける。
「これから伊織たちが浴衣でこちらに向かって来ます」
「お、おう…お前そんな喋り方だったか?」
「そこでですよ!」
「急に何?」
おいおい、お前ほんとに伊織を落とす気あるのか?
「とりあえず浴衣を褒めろ」
「はぁ?!」
「浴衣を褒めろ」
「いや、聞こえてるけども!」
テンション高ぇなぁおい。
俺と佐藤のテンションはもう落ち着いちゃってるんだが、九十九は遅れてやってきたのか?タイムラグですか?回線整えてくださーい。
「褒めるったって…急にそんな事して気持ち悪いと思われないか?」
「お前ウブなの?なにチキってんだよ。なに?初恋とか言わないよなぁ?」
「…」
「は…まじ?」
マジかよこいつ。イケメンのくせして何でそう言うところかわいくしちゃってんの?かわいくねぇよ。
「お前、告白とかされなかったの?」
「されたけど知らない人に言い寄られても受けるわけないだろ」
「あぁ、そうか、禿げろ」
「なんで?!」
ナチュラルに「俺、モテますけど?」アピールされて腹が立ったから仕方がない。そう、これは仕方がないんだ。
「はぁ…まぁいいや、安心しろ。伊織はそんな事で気持ち悪いとか思ったりしないから」
「ほんとか…?」
「それに、浴衣ってのは着るのが大変だって聞くからな。それを頑張って準備したのを褒められて嬉しくないわけがない」
たぶん。
「そ、そうか。でも何て言えばいいんだ?」
「かわいいでも何でも、自分の思った事言ってみろ。それに、これは褒めるだけじゃない。伊織にお前の存在を認知させるという一石二鳥の作戦なんだよ」
「存在を認知?」
このイケメン、ほんとに、何も考えてないんだな。何故モテるんだ、やっぱり顔なのか?!
「いいか、今のお前は俺と比べると伊織にとってはその辺に生えてる雑草くらいの存在なんだよ」
「雑草…」
拒絶されてはしまったが幼い頃から一緒だったから俺の方が認知されているに決まっている。
いやでも、イケメンはやっぱり、別なのか?もう俺の存在感より九十九の存在感の方が勝ってるとかいわないよね?ね?!
「そう、だから褒める必要がある。話しかける事でお前の存在を認知させ、褒める事でお前の存在を大きくさせるんだ」
「な、なるほど」
まぁ、俺の恋愛観だけど間違ってはいないと思う。
その後も九十九といろいろ、話し合った。
大体のイメージが固まってきたころ、聞き覚えのある元気のいい声が俺たちを呼んでいた。
「あっ!いたー!おーい!」
声の方を見るとそこには浴衣姿の陽葵がいた。
紺色の生地をベースに薄桃色の花が描かれた浴衣。髪は後ろで小さくまとめられていて、いつものうるさい子供っぽい陽葵と違って大人っぽく見える。
そんな陽葵の後ろにも浴衣姿の女の子が三人見えた。そしてその後ろに高橋と佐藤が何本かの飲み物を抱えて歩いていた。さっきから姿が見えないと思ったら飲み物買ってたのか。
そんな事を考えていると陽葵とは違う元気な声が聞こえてきた。
「あー!私服じゃん!なんでさ!」
「いや、何でって言われても」
理不尽にも不貞腐れながら話しかけてきたのは美波。
赤色を基調とした浴衣には白い花が描かれていて、髪型はいつもと違ってサイドテールを肩にかけたようなものだった。
いつも明るく元気な美波にはとても似合っているように見えた。
「…それで、何か感想はないわけ?」
「なんか美波っぽいな」
「それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
そう言うと美波は、さらにむすっとしてしまった。じゃあ何て言えばいいんだ。
「こんばんは…旭くん」
そんな美波の後ろに隠れながら挨拶してきたのは楓。
何で隠れてるの?
「ほらほら〜楓ちゃんも見てもらいなって〜」
「へ?!わっ!」
美波に腕を引っ張られてよろけながらも前に出てきた楓。
「大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫」
そう言うと楓は俺から顔を逸らしてしまった。
「…えっと、どう、かな…?」
「え?」
「変じゃ…ないかな…?」
言われて気づいて楓の方を見る。
薄紫色の生地に白い花が描かれた浴衣を着ている。肩より少し伸ばしたくらいの黒く艶のある髪、いつも通りの髪型。幼く見えるが大人っぽくも見える不思議な感じだった。
「全然変じゃない、似合ってるよ」
「ほ、ほんと?」
「うん、俺浄化されちゃいそう」
「えぇ?!」
なんだこのかわいい生き物は。こんなピュアで愛らしい子を見ると心が洗われそうだ。
浄化どころか成仏しちゃいそう。
「じー…」
俺が成仏しかけていると横から美波のジト目が飛んできた。
「…なに?」
「私と反応違くない?」
「気のせいだ」
「楓ちゃーん!旭君がいじめるよー!」
そう言って美波は楓に抱きついてそんな事を言う。
ふつくしい…。俺の目にしっかりと焼き付けておこう。
「まぁまぁ、小野寺だってちゃんと似合ってるじゃないか」
「そ、そう?えへへ…」
何故か不機嫌だった美波に九十九がそんな事を言った。お前それ素でやってるのか?それを伊織にやれよ。
「…おい」
「なんだ?」
「それを伊織にもやってあげなって」
「?それって?」
「マジかよお前」
「?」
素だった。
くそっ!やはりイケメンだったか!
「いいから伊織を早く褒めてこいって!」
「いやいや、まだ心の準備が…」
「さっきやった事と同じことすればいいんだよ!」
「だからさっきって何だよ!」
「だぁー!めんどくせー!」
「…何コソコソしてるの?」
周りに聞こえないように九十九と言い合いをしていると後ろの方から、美波でも楓でも、陽葵でもない声が聞こえてきた。
俺は反射的に後ろを向いた。
「い、伊織…」
「…何話してたの?」
「あーいや…」
言葉に詰まって九十九の方を見ると九十九は我関せずといった感じで会話に参加しようとしない。貴様。
「おい」
「ぐぇ」
俺は九十九の首根っこを掴んで引っ張り、伊織の前まで持ってきた。
「いや、九十九が伊織の浴衣似合ってるなぁって言ってたんだよ!」
「はぁ?!ゲホッ…おまゴホッ…!」
反論しようとする九十九の喉を突く。貴様そこで黙っておれ。
「…そ、そうなの?」
「えっ?!」
伊織の問いは九十九に向けられる。フハハ、これで貴様は逃げられんぞ。
この間に俺は伊織の浴衣を脳内アルバムに保存しておこう。
そう思い、改めて伊織を見てみる。
白を基調とした浴衣には綺麗な青色の花が描かれていて、派手すぎず、地味すぎない上品な色合いの浴衣だった。髪は後ろの方でまとめられていて、白く綺麗なうなじが露わになっている。眩しい!目がァ!
「お、おう、似合ってるよ」
「そっか、ありがとう」
九十九の言葉に伊織は笑顔でそう返した。眩しい!輝いて見える!あなたは神か?!
一方の九十九の方はすっかりやり切った感を出している。おい、これからだぞ。
まぁ、及第点といったところか。一応、伊織は九十九の存在を認知しただろう。というかさっき美波にしたイケメンムーブはどうした?
スポドリを飲みながら次のプランを考えているとシャツの袖を引っ張られる感覚があった。
「伊織?」
引っ張っていたのは伊織だった。伊織は俺とは目を合わせようとはせずに、袖を掴んだまま固まっていた。
「旭は…どう思う?」
「え?」
「浴衣…似合ってる?」
そう言って袖を広げて浴衣を見せようとして来る伊織。大胆な行動とは裏腹に顔は朱色に染まっている。
かわいすぎない?それ素でやってるの?犯罪じゃない?
「かわいい」
「へ?」
「最高です」
「〜!?」
なぜか無言で顔を逸らされてしまった。
しかし、少しするとチラチラと横目で何か言いたそうにこちらを見てくる。かわいい。
さて、メンバーは全員揃ったな。これから始まるのは花火大会ではない。
伊織と九十九をくっ付けよう大作戦だ。
正直に言うと伊織が他の男と付き合う姿を見たくはない。
俺はまだスッパリ伊織を諦めきれていないんだろう。
伊織から距離を取る決意をしたのにも関わらず、まだ伊織の事を想ってしまう。
そんな自分の女々しさに嫌気がさした。
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