第36話 彼女のありがとう
「楓じゃん、何してんの?」
そこにいたのは買い物袋を両手に下げた楓だった。
「あ…旭くん」
俺を確認した後すぐに目の前の箱に視線を戻す。
これって一等の?
「もしかして、一等当たったのって楓?」
「う、うん」
「よかったじゃん」
「…よかった…のかな?」
当たってうれしくないのだろうか。
まぁ、お茶二十四本をいきなり渡されても正直困るだろう。あれ?
そこまで考えて楓を見てみる。
両手にはさっき買ったであろう大きな買い物袋が二つ。そして目の前には楓だと少し運ぶのが大変そうなサイズの箱。
なるほど、そう言うことね、完全に理解したわ。
「運ぶ方法がないのか」
「う、うん」
五百ミリリットルのペットボトル二十四本分。大体十二キロくらいか?数値化すると結構あるな。
仮に持ち運べたとしてもこのクソ暑い中これだけの量運ぶのか。やべぇ、考えたくねぇ。
何か楽に運べる方法を探すべく頭を働かせる。お?
「とりあえず、箱から全部出そうか」
「え?」
「箱から出して袋に入れればだいぶ運ぶのも楽になるんじゃない?」
「あ、そっか」
「俺、袋もらってくるわ」
そう言って店員さんに大きめの袋を貰ってくる。我ながら冴えたアイデアだぜ。
無事、袋に入れ終えたペットボトル達は箱よりは運びやすそうになっていた。
「んじゃ、行くか」
「…え?」
その袋を両手に持ち、楓に帰ろう、と促す。
「ん?どした?」
「あの、それ…」
「あぁ、楓の家まで持ってくよ」
「で、でも…悪いよ」
「この前弁当くれたお礼だと思ってくれればいい。楓一人じゃこれ全部運ぶの大変だろ?家の場所が知られるのが嫌なら途中まででいいからさ」
事実、楓の両手はすでに買ったもので塞がっている。俺は弁当と飲み物、お菓子くらいだから片手でいいし、なんならもうちょっと待てるくらいは余裕はある。
…やっぱちょっと指が痛い。しかしここでそんなことを言ってしまうとめちゃくちゃダサく見られそうなので我慢する。
「ありがとう、旭くん」
「あいよ」
そう言ってスーパーを出た頃には空はオレンジ色になっていた。
楓の家に向かう道、俺と楓は二人並んで歩く。その間、会話はなく、静かな空間が広がっていた。
しかし、気まずい空間ではなく、その静けさが心地いいと思える空間だった。
「旭くんは、優しいよね」
横断歩道の赤信号で歩みを止めた時、楓はそう言って俺の方を見て来た。
「急にどうした?」
「…こうやってわたしが大変そうだからって旭くんは動いてくれた」
「たまたま楓を見つけただけだよ」
「それでも、だよ。こうしてわざわざ手伝いに来てくれて…旭くんに得なんてないのに」
別に特に考えて行動しているわけではない。
大変そうだから手伝っただけ。本当にそれだけだ。
「それに…どうしようもなかったわたしを変えてくれた」
信号が青色に光り、俺たちは再び歩みを進める。
「俺は何もしてないよ。楓が変わろうとしたから変わったんだろ」
「だとしても、変わるきっかけをくれたのは旭くんだよ?」
「…いや…その…ね?」
どうすればいいの?俺ほんとに何もしてないよ?なんなら君のこと泣かせちゃったんだけど。しかも二回。
「ずっと独りで、いじめられて、もう何もかも嫌になって…そんなわたしに希望をくれた」
「そんな大袈裟な…」
「大袈裟なんかじゃないよ。旭くんがあの時保健室に来なかったら、わたしはずっと独りだったよ…」
それは三島先生に半ば無理やりな感じで連れて行かれただけなんだよなぁ。そんなに褒められるようなことは俺はしていない。
「教室に入れて、友達ができて、話せて、遊べて…こんなこと、想像もしてなかったな…」
そこまで言って楓は俺の前で止まりこちらを向く。
「だから…ありがと!旭くん!」
夕日をバックに屈託のない笑顔を浮かべる楓。
「あ、あぁ…」
こうして面と向かって言われると少々恥ずかしい。なんかむず痒い。
中学でいじめにあって、はぶられて、孤独になって…そんな彼女が前に歩みを進めている。こんなにも綺麗な笑顔を浮かべることができている。
以前の彼女を少しだけ知っているからか、そんな彼女を見て感慨深いものを感じた。
「今日はありがとう」
楓の家に無事に到着し、ペットボトルを全て届けることができた。代償は俺の指。若干指が紫色になっててジンジンする。
「じゃ、また明日」
「あっ、ちょっと待って」
「ん?」
目的も達成し、自分の家に帰ろうかと思ったが楓に呼び止められた。
楓はペットボトルの入った袋をゴソゴソと漁り、ペットボトルを六本ほどを別の小さな袋に入れて渡して来た。
「はい…今日のお礼」
「いや、別にいいよ」
「ううん、受け取って?」
これは断っても引いてはくれなさそうだな。まぁ、貰えるんだったら貰っておこう。そう思い袋を受け取った。
その袋を持っているレジ袋に入れるためレジ袋の中を少し整理する。
「あ、そうだ」
「え?」
「これ、よかったらあげるよ」
そう言って渡したのは淡い青色の小さな花のヘアピン。袋に突っ込んだまま忘れてたな。
「これって…?」
「さっきの福引で貰ったやつだけど、いらないならこっちで処分するから無理しなくていいよ」
「ううん…嬉しい。ありがとう」
そう言って楓はそのヘアピンを頭につけた。
「どう…かな…?」
上目遣いで自信なさげに聞いて来た。それは反則です。
そんな彼女に感想を述べるためにしっかり見てみる。
おぉ、普通に似合ってる。落ち着いた雰囲気の彼女によく似合っている。
俺が感想を言わなかったからか、楓は段々と涙目になっていった。グハッ、上目遣いと涙目を同時にだと…?!
「いい、すげーいい、超いい」
やべぇ、精神削られすぎて語彙力が低下している。なんか小学生の感想みたいなのしか出てこなかった。
「そう…かな?えへへ…」
そう言ってフニャッと笑う。俺、「いい」しか言ってなかったんだけど。もはや鳴き声だったけど。
まぁ、彼女がいいなら気にしないことにしよう。
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