第22話 それが現実

 『嫌いなんかじゃ…ない!』


 あれから数時間経って翌日。

 本日は晴れ。すがすがしい朝だ。そんなすがすがしい朝に俺の心はどんよりしていた。

 あれはどういう意味だったのだろう。

 嫌われていると思っていたが嫌われていなかった?

 いや、ありえないだろう。俺はあいつに「もうかまうな」と拒絶されているんだ。だから俺は伊織から距離をとることにしたんだ。

 それがなんで、今になって期待させるようなことを言うんだ。


 「はぁ…」


 「朝からため息ついてどうしたよ?」


 そう言えば高橋が近くにいることを忘れていた。


 「ちょっと昨日いろいろあってなぁ」


 「へぇ」


 自分から聞いてきたくせに興味がなさそうな高橋。

 いつもなら何かつっこんでいたが今はそんな気力すらわかない。

 何をする気もせず教室の天井を見上げていると教室の入り口からガラガラと音が鳴る。

 音の鳴ったほうを見てみると伊織と陽葵が入ってきていた。

 伊織は席に着き、陽葵はこちらに近づいてきた。


 「おはよー!二人ともー!」


 「おはよー佐倉。元気だなー」


 「まぁね!じゃねー!」


 そう言って陽葵は荷物を置いて伊織の席に向かっていった。

 陽葵が伊織と話しているとクラスの何人かが二人の元に寄って行った。

 どうやらいつの間にかグループが出来上がっていたようだ。

 グループの中に男子が何人か混じっていた。


 「おー盛り上がってんなー」


 「おーそだなー」


 やる気のない会話を繰り広げつつも伊織たちのグループに目を向ける。


 「あれ?九十九もあのグループなんだ?」


 「おーイケメンじゃん。むかつく」


 九十九も楽しそうに会話に混ざる。伊織も楽しそうだ。

 九十九が話しかけて伊織が楽しそうに笑っている。


 『私には好きな人がいるんだから!』


 「……あ」


 ふとその言葉を思い出した。


 『ごめん…私、旭をそういう風に見たことがなくて…』


 「はは…」


 そう言うことだったんだ。


 『もう私にかまわないで!』


 「そーゆーこと…か…」


 「ん?どした?」


 昨日の言葉が理解できた。


 『嫌いなんかじゃ…ない!』


 嫌いじゃない、でも好きでもない。ならば何なのか。

 興味がない。

 簡単で短い言葉。それでいて攻撃力の高い言葉の凶器。

 俺は、伊織の眼中にもなかったんだ。

 目の前の現実が嫌でも俺に語り掛けてくる。これが現実だ、と。


 「あの二人、なんかいい感じになってね?」


 「あぁ…」


 お似合いだ。俺なんかよりもよっぽど。

 無意識に俺はスマホのフォルダを開いてある写真を見る。

 満開の桜の下、笑顔の三人が制服姿で並んで映っていた。

 陽葵と俺、そして伊織が写っている写真だ。

 入学式の時の記念に撮った写真だ。


 「似合わねぇ…」


 俺と伊織が並んでいても、こんな普通の男子高校生があの美少女に釣り合うわけがなかった。

 悔しいな…。

 悔しいけど俺じゃダメなんだ。


 「美男美女って感じでお似合いだな」


 「まったくだな」


 高橋もそう思っているらしい。


 「…お前はそれでいいのか?」


 高橋は俺が伊織に好意を抱いていることを知っている。

 だから聞いてきたのだろう。


 「いいんだよ、これで…」


 「…そうか」


 高橋はそれ以上聞いてくることはなかったが、それがありがたかった。これ以上何か言われるとどうにかなりそうだった。

 俺は写真を長押しメニューを開いた。


 「高橋」


 「ん?」


 「お前はあそこにいなくていいのか?」


 俺なんかと話していてもいいのか?

 いつもならこんなこと思わないが、どうやら相当まいっているらしい。


 「俺はいいわ、お前と駄弁ってるほうがおもしろそうだわ」


 「…バカじゃねーの」


 自然と笑みがこぼれてくる。こいつほんとに。


 「俺のこと好きなん?」


 「殴るぞ?」


 おーこわいこわい。

 そんなことを思いながらスマホに目を落とす。

 写真のメニューが開かれていて、いくつかの項目が表示されている。

 俺はその中の『削除』のボタンを押してスマホを制服のポケットに無造作に突っ込んだ。

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