第21話 嫌われても嫌いじゃない

 「―さひっ!」


 寝ぼけた頭に何かが響いてくる。


 「旭っ!起きて!」


 体をグラグラ揺らされて脳が震える。気持ち悪い。


 「…んだよ揺らすな気持ち悪い」


 寝ぼけ眼で声の主を見る。


 「どしたよ陽葵、なんでそんなに焦ってるんだよ」


 陽葵の表情は焦りに満ちていた。明らかにただ事ではないことを理解させる。


 「朝香が!朝香が帰ってきてないって!朝香のお母さんが電話で!」


 「…は?」


 伊織が帰ってきていない?どういうこと?

 そう思いスマホの時計を見てみると午後七時を過ぎていた。

 特に焦るような時間ではないが、伊織がこの時間まで出かけているのは珍しい。というか妙だ。


 「わかった、探しに行くから落ち着け」


 探しに行く意思を見せてとりあえず陽葵を落ち着かせる。

 俺も心配ではあるが陽葵の焦り具合を見てむしろ落ち着いてしまった。

 スマホをポケットに入れて玄関に向かう。


 「んじゃ、行ってくるから待ってろ」


 「あたしも行く!朝香を探さないと!」


 「暗いからダメだ」


 まだ七時前後だからと言っても女の子を歩かせるわけにはいかない。


 「で、でも!」


 「それに、伊織の母さんから電話が来るかもしれないだろ?だから待ってろ」


 そういい、陽葵をとどまらせる。


 「…お願いね?」


 すがるような目で俺を見る陽葵。

 本当なら嫌われている俺なんかじゃなく、親友の陽葵が行ったほうが伊織的にもいいのだろうがさっきも言った通り、女の子をこの時間に出すわけにはいかない。


 「…わかってる」


 玄関を出て、買うだけ買って使うことがあまりない自転車で夜の通学路を走る。

 まずは学校、次に商店街、通学路ももちろん隅々まで探した。


 「いねぇ…」


 しかし、伊織が見つかることはなかった。


 「後は…」


 もう伊織が行きそうなところは基本探し終えた。

 どこにいったんだ?

 徐々に俺も焦り始める。陽葵から連絡がこないということはまだ見つかっていないということだろう。


 『あさひ!ほら!おともだちできたの!あさひもじこしょーかいしなさい!』


 「…公園か?」


 唐突に思い出した幼いころの記憶。

 あそこで俺たちと伊織は出会った。


 「行くだけ行ってみるか?」


 自転車のギアを最大まで上げ、公園のほうにペダルをこぎ始める。




 本格的にあたりが暗くなってきたころ。公園に到着した俺は自転車を公園の隅にとめておく。

 あたりを見回すと、そこにはひときわ目が引かれるものがあった。

 街灯に照らされた公園のベンチ。そこに一人の少女がぼうっと座っていた。伊織だ。


 「本当にいた…」


 俺は伊織に向かって歩いていくと伊織は自分以外の人の気配を感じたのかこちらを見る。

 俺を認識した伊織は酷く怯えていた。


 「…伊織」


 「な…なんで」


 「帰るぞ。みんな心配してる」


 平静を装ってそういう。


 「なんで…」


 「ん?」


 「なんで来たの…?」


 「は?」


 質問の意味が分からない。なんできた?そんなの決まってる。


 「お前が心配だから探しに来たんだよ」


 そう言うと伊織は顔を下に向けて黙ってしまった。

 少しした後、伊織は顔を上げて俺を見た。


 「なんで…なんで来てくれたのよ!」


 夜の公園に悲痛な叫び声が響く。

 伊織の叫びを聞くのはこれで二回目だ。 

 俺は言葉を挟まないでその続きを黙って聞く。


 「かかわるなって言ったのに…!ひどいこと言ったのに…!なんでまだ…!」


 そこで言葉を切ると伊織は俺を見上げた。


 「なんで…心配してくれるの…?なんで…そんなに優しくしてくれるの…?」


 何かにすがるように俺を見てくる。


 「私が悪いのに…私のせいで旭は傷ついているのに…」


 涙が伊織の顔を濡らしていく。


 「なんでぇ…あさひぃ…」


 そう言って下を向いて黙ってしまう。

 何を言えばいいかなんてわからない。俺はアニメや漫画の主人公じゃないし、小説みたいにかっこいい言い回しだってできない。

 だから、思っていることをそのまま言うしかない。


 「お前が俺を嫌いでも、俺はお前を嫌いにはならない」


 「だからなんで!」


 イライラする。飯も食わずに走り回って頭がうまく働かない。

 これだけいわれるとさすがに俺もいろいろ言いたくなってくる。


 「お前が俺の幼馴染だからだよ!!!!」


 「っ!?」


 久しぶりに出した大声に喉を傷めそうになるがそんなことは気にしてられない。


 「お前が俺をどれだけ嫌ってようがお前は俺にとっては大切な幼なじみなんだよ!!!嫌いになんかならねぇ!!!なれねぇんだよ!!!!!」


 そこまで言って俺は息をつく。

 伊織のほうを見てみると泣くことを忘れて驚いた表情で俺を見ている。

 怒鳴ってしまった。また嫌われるだろうな。

 いや、すでに嫌われているんだ。別にいいだろう。


 「…まぁ、嫌いな奴にこんなこと言われてもいい気はしないだろうけどな」


 「っ!そんなことないっ!!!」


 「?!」


 今度は伊織が大声で叫ぶ。

 そんなことない…?どういうことだ?


 「そんなことないって、どういうことだ?」


 「嫌いなんかじゃ…ない!」


 「は?」


 嫌いじゃない?待て、頭の理解が追い付かない。

 伊織は俺を嫌っているわけじゃない?でもあの時かかわるなって、あれ?は?


 「君たち、何しているんだい?」


 公園の出口のほうから声が聞こえる。警察の人だ。


 「君たち、学生だよね?」


 「あーあのですね、帰りにちょっと休憩してただけなんすよ」


 「そ、そうか、あまり遅くならないようにしなさい」


 そう言って警察の人は去っていった。

 あぶねぇ、もう少し近づかれてたら伊織が泣いてるのがばれてた。

 そうすれば俺は女の子を泣かせた奴として連行されただろう。いや、マジであぶなかったわ。

 さっきの出来事のせいで完全に毒気が抜かれてしまった俺たちはお互い目を見合わせる。


 「…帰るぞ」


 「…うん」


 自転車を取りに行き公園を出る。

 家に向かう間、俺達には微妙に距離があり、お互い黙ることしかできなかった。

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