カット

@eyecon

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ㅤ写真は魂を奪う。昔からよく言われている話だ。今ではスマホを片手にすれば、すぐにそれらしい写真が撮れてしまうが、ダゲレオタイプのような昔の撮影機器に触れていれば、その考え方が広まるのも無理はない。特にあの、ダゲレオタイプの禍々しいあの風体。カメラというものが普及していない時代にそれを見たら、何らかの呪力が込められていても不思議ではないと感じるだろう。

ㅤその上、ダゲレオタイプというのは、撮影対象の人物を専用の拘束具で固定し、何時間もカメラの前に立たせて撮影する方法が主流だった。気味の悪い拘束器具や、見慣れない道具を視界に捉えながら、何時間も身体を捕らわれていれば、体力は消耗し、ストレスも溜まっていくというもの。恐れに変わっても仕方はない。


ㅤある意味、人生も同じようなものだ。私たちは時間という拘束具に縛られた、哀れな生き物。時間は誰にとっても有限であって、人生に時間を搾取されるほど、命の火も蝋燭のように消えゆくのが人の常。なぜなら、命とは『人や物の存在と時間』を指し示すものであるから。

ㅤつまり、写真が『時間を切り取るもの』なら、『命を切り取る』という考え方も出来るという事だ。だから私は、写真が魂を奪うという考え方を否定はしない。



ㅤだから私は、彼との時間を切り捨てる事も、厭わない。



「……最低」



ㅤ彼とのツーショットの写真を眺めながら、私はそう呟いた。

ㅤ吐き出された言葉は、無意識のものだった。写真に映る彼を見てそう思ったのか、それとも、写真から『彼だけ』を切り抜いて、ゴミ箱の中へ放り捨てていく私に対して、そう思ったのか。或いはその両方か。彼が帰ってきて今の私を見たら、なんでこんな事をしているのかすら理解出来ないだろう。酷いとまで思うかもしれない。男というのは、やたらと思い出を大事にしたがるから。



――それでも、酷いのはあなたの方だから。



ㅤ今思えば、私はいつも待ってばかりだった。待ち合わせも、食事の時間も、あなたからの愛の言葉も、全部。あれだけ待たせておいて、あなたはまた、私を待たせようとしてる。


ㅤあなたが帰ってこれないのは、仕事のせいだなんて本気で信じてると思ってるの?私がそんなに聖人に見える?

ㅤもうこれ以上、あなたの時間に私を縛りつけないで。あなたの時間は、あなただけの時間として。私の時間は、私だけの時間として。半分ずつに切り分けて、それぞれの思い出にすればいい。私が過ごした半分の時間は、ちゃんと大事にするから。もう半分のあなたが奪った時間を、私の余った時間にしてよ。


ㅤそう願いながら私はまた、彼との写真をハサミで半分に切る。短くカットされた写真には、笑顔の私が映っている。それなのに、その頬にはなぜか涙が流れていた。その涙は写真を伝って、私の指へ染みていく。その冷たさを感じて、私は理解した。



ㅤ泣いていたのは、私だった。



「……もうやめて」



ㅤそう呟いた私の手は、酷く震えていた。その手でどれだけ頬を拭っても、涙は止まらなかった。



ㅤねえ、お願いだから。



ㅤあの日の私まで、私の時間を奪わないでよ。

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