144.ボーダーレス達

「とぉりゃああああ!」


 ローザは目が繊維の男の腹に向けて剣を突き出す。

 繊維目の男は膝と肘で挟み込んで止めるが、勢いは止められずに数メートル後ろに押し返され、焼けた木にぶつかり止まった。


 繊維目の男が大剣をひねって横に蹴り返すと、大きく腕を広げ勢いよく前に振り回した。

 腕は長く伸び、鞭の様に鋭くローザの背後から襲い掛かる。


 だがローザは更に距離を詰め、顔がぶつかりそうな距離まで接近した。


『バーニングナックル!』

 

 巨大な籠手が右手に装着され繊維目の男の顔面に命中、木ごと殴り飛ばすと籠手の先から炎の竜巻が発生して更に追い打ちをかける。

 炎に飲まれ、地面に転がる木に何度も衝突し、最後にはローザの視界から見えない場所まで転がっていった。


「どう⁉ 結構力を入れたから、もう動けないんじゃない!」


 腰に手を当てて喜んでいるが、繊維目の男は必死に立ち上がるも、力が入らず今にも倒れそうで、顔を押さえ、木を掴んで何とか立っている。


 そういえば近くにいたはずの隊長や兵士達は、いつの間にか逃げ出していた。

 確かに二人の戦いの近くにいるだけで危険なので、その判断は正しい。

 だが今回は、厄介な人物が同行していた。


「ななな、何してんだよぉ! さっさとゴールドバーク王国を攻めろよぉ! 僕の手柄が無くなっちゃうじゃないかぁ!」


 戦場に相応しくない豪華な馬車の窓から身を乗り出し、形ばかりの短剣を振り回し、金切り声を上げている男がいた。

 ローザが居るのはゴールドバーク王国の西側、以前旅行に行ったメリメッサ共和国と戦っているのだが、国家元首の息子が参加していたのだ。


 共和国なので選挙で元首が選ばれるのだが、代々親子で元首を務めているため、すでに選挙は形骸化している様だ。

 だが選挙は行われるため、どんな形でも成果が必要なのだ。

 鎧すら身に着けず、汚れのないスーツの前は大きな腹でボタンが弾けそうだ。


「おおお、お前達はさっさと攻撃しろぉ! 僕の命令が聞けないのかぁ!」


 ふとドラ息子は短剣をしまうと、馬車から望遠鏡を取り出した。

 そしてローザをまじまじと見るのだが、顔、胸、腰回し、足、そして胸へと戻って来た。


 革鎧の上からでもわかる大きな胸を見て、口元が緩んだドラ息子は馬車から急いで降り、何度か転んでローザの前まで走って来た。


「おおお、おいお前ぇ! ゴールドバーク王国の兵士かぁ!?」


「ええっ!? そ、そうだけど?」


「いいい、今すぐ降伏しろぉ! そうしたらお前を安全な場所にかくまってやるぞぉ!」


 ローザを指さし、とても荒い鼻息でニヤケた顔をしている。

 フンスフンスと鼻息が聞えそうで、更に走ったせいか汗だくだ。

 ローザは嫌な物を見たような顔をして、思わず一歩後退する。


「そういう事は、胸を見ながら言わないで欲しいんだけど?」


「ぼぼぼ、僕の物になるんだから胸も顔も同じだぁ!」


 もちろん顔が気に入ったからだろうが、あからさますぎる目線を全く隠すつもりがないようだ。

 不躾ぶしつけすぎて、嫌悪感しかないローザ。

 当たり前だが力いっぱい拒絶した。


「私の胸も顔もね! 自由にしていい人はもう決まっちゃってるの! アンタみたいな世間知らずのお坊ちゃまなんて知るもんですか!」


「ななな、なんだとぉ! 僕の言う事を……ん?」


 ドラ息子の右肩を誰かが掴んだ。

 振り向くとそこには目が繊維の男がおり、ドラ息子の肩を強くつかむと嫌な音がした。


「ギギギ、ぎゃぁあー! 肩がぁ! 僕の肩がぁああ!!」


 ドラ息子の右肩は潰され、だらりと腕がぶら下がっている。

 どうやら敵味方の区別は最低限しかつかない様だ。


「う~ん、敵だけど可哀そうって気にならないわね」


 繊維目の男はドラ息子を放り投げ、よろけながらローザに手を伸ばす。

 立っているのもやっとの様だが、一体何をするつもりなのだろうか。

 だが繊維目の男の背後に、黒い巨体が姿を現した。


「哀れな命よ、偽りの力に振り回され、己の意思を失うとは」


 そう言って巨大なハンマーを繊維目の男の頭から叩きつけ、一瞬で潰されてしまった。

 黒い巨体は漆黒の鎧だった。

 全身が漆黒の鎧に包まれており、顔も完全に覆われているため少し声がごもっている。

 ヘルメットの横ラインから赤い目が光って見える。


「アナタ……前に見たことがあるわね!」


 漆黒の鎧はハンマーを持ち上げると杖の様に持ち、ローザに向き直る。


「我はワードナ。何度か邂逅かいこうした事があるな」


「邂逅っていう程いいものじゃなかったけどね、誘拐犯さん?」


 そう、この漆黒鎧はブルース達を誘拐し、ボーダーレスの秘密を探ろうとした連中の一味だ。

 一応王都でバンデージマンとの最終決戦の際、クロスボーダー教の五人が加勢した事もある。


「共に戦った仲ではないか。それに同じボーダーレスでもある」

 

「……ふぅ~ん、やっぱりボーダーレスになってたんだ」


「うむ。今ならば諸君等と共に歩めるであろう。どうだろう、我と共に来ないか?」


「お・こ・と・わ・り! あんた達は敵か味方かも分かんないもん! そんな人について行くほどバカじゃないわよ!」


「そうか。残念だが今後は敵対するやもしれぬぞ?」


「全部返り討ちにしてあげるわ!」


「ふふふ。楽しみにしていよう」


 漆黒鎧が指を鳴らすと地面に魔法陣が現れ、姿が薄くなって消えた。

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