143.個人戦 ローザ あれぇ? 誰?

 エメラルダは離れた場所から召喚したモンスター達の様子を見ていた。

 クアッドベア五頭とヒュドラ一匹。

 クアッドベアはまだしもヒュドラを倒すには、軍隊及びデモンスレイヤーが協力しなければ倒せず、このままでは敵軍は壊滅してしまう。


「一応命令は聞くようですが、目が離せないのが難点ですわね」


 騎乗生物の召喚、それがエメラルダの新しいスキルだが、本人はあまり乗りたくなさそうだ。

 クアッドベアもヒュドラもひき逃げを主体として戦い、爪や牙は使っていない。


「怪我人の正確な数は置いといて、死者はいないようですわね。この分ならあと少しで次へ向かっても良さそうですわ」


 ・ローザの戦場

地獄の苗床ヘル・ナーサリー!』


 森の中で大地を殴りつけると、辺り一面からマグマが吹き出した。

 あっという間に森林火災になり、地面はマグマで満たされる。

 敵兵は悲鳴を上げて逃げまどうが、マグマに足を取られて直ぐには逃げられない。


「あれ? この技ってもう少し大人しいと思ってた……」


 新しい技を試したのだが、思っていたモノとは違った様だ。

 半径二百メートルはマグマで満たされ、木々も燃えて地獄絵図のようだ。


「熱い! 熱いよー!」


「鎧が、鎧が溶けていく!!」


「溶けて、溶けてくっ付いてる!」


 誰がどう見ても阿鼻叫喚、可能な限り殺さないという約束はどこへ行ったのか。

 この技は継続技なので、一定時間が過ぎなければマグマが収まらない。


「やっば、流石にやり過ぎた!? えっと、うん、助けよう!」


 技の発動者であるローザにはマグマのダメージが無く、炎耐性も付いたのか燃える事もない様で、マグマに足を取られて動けなくなった敵兵を引っ張り上げて次々と助け出していく。


 だがマグマの上を平気な顔で歩き、燃え盛る炎の中を歩く姿を見た敵兵は、ローザを炎の魔人だと恐れおののいた。

 助けられた敵兵たちは意識を失っており、覚えていない様だ。


 敵には甚大な被害をもたらしたが、死者は出て行ないようだ。

 「再起不能」は大量生産されたが。


 敵は進軍どころではなくなり、撤退を開始した。

 だがローザの仕事はまだ終わっていない。


「えっと、部隊の隊長を倒さなくちゃいけないのよね。えーっと? いよっと」


 軽くジャンプして敵軍をひとっ飛びし、後方にいる隊長らしき人物を発見した。

 随分と豪華な鎧を纏っており、赤や黄色の装飾が大量についている。

 空中でクルリと体を回転させ、隊長らしき人物の目の前に着地した。


「⁉ な、なんだお前は!!」


「あなたがこの部隊の隊長さん?」


 驚いて馬から落ちそうになる隊長の言葉を無視し、大剣を肩に担ぐローザ。

 すぐに兵隊がローザを囲むが、隊長からは返事がない。


「ええい殺せ! この無法者を殺すのだ!」


 兵隊がローザに切りかかるが、大剣を勢いよく振り回すだけで吹き飛ばす。

 返事が聞けないようなので、ローザは隊長と断定し剣の腹で馬ごとぶっ飛ばし……いや、間に誰かが入り込み、地面を滑りながらも肩と腕で剣を受け止めた。


「え? あれ? 凄い! 私の剣を受け止めちゃった!!」


 間に入った男は長くボサボサの黒髪で、鎧は付けずに奴隷のようなボロを着ていた。

 体は引き締まっているが筋肉質ではなく、身長はあるが長身という程でもない。


 言ってしまえばどこにでもいる若者だった。


「お、お前か。ええい誰でもいい、あの娘を殺せ!」


 命令を受けて、男は顔を起こしてローザを見る。

 ローザは気合いを入れて男を見るが、思わず小さな悲鳴を上げる。


「め、目は⁉ なんで目に蜘蛛の巣が張ってんの!?」


 男の目には瞳が無く、繊維状になっていた。

 見えているのかいないのか、繊維の目はローザを確認すると大剣を拳で殴り返し、バランスを失ったローザに向けて右腕を向ける。


 右腕が伸びたかと思うと槍の様に鋭くなり、更に勢いを増してローザの顔に迫りくる。


「のわちゃぁ⁉ な、な、ななななな、なにそれー!」


 のけ反ってかわし、バク転して起き上がる。

 流石に驚いたのか、ローザは額の汗をぬぐう。

 大剣を構えなおすと、なんと大剣の殴られた場所がへこんでいた。


「うそぉ! お気に入りの剣なのに!」


 男の腕が縮み、槍から元の腕になっていた。

 よく見ると男の顔、両目の上から頭頂部に向けてったあとがある。


「なんか見たことのある傷だけど? ま、戦えば思い出すっしょ!!」


 大剣を構えなおし、改めて男に向き直る。

 男は構えを取るわけでもなく、猫背で立っているだけだ。

 ローザはニッと笑い、目線を逸らす。


『ブラストアロー!』


 大剣が消えて弓が現れる。

 そしてつがえた矢は男ではなく、隊長らしき男へと飛んでいく。

 まったく予想していなかったのか、隊長は避ける間もなく命中、爆発した。


「隊長さえ倒せばいいんだもん。怪我人を増やす必要は……あれぇ!?」


 煙の中から現れたのは繊維の目をした男だった。

 しかも胸に命中したようだが、焦げ目がついているだけで怪我もない。


「ごめんね……あなたを見くびってた!」


 興奮気味に剣を構えなおし、男と向き合うローザ。

 苦戦とはいかないだろうが、一筋縄ではいかない相手との邂逅。


 だがそれは他の四名も同じだった。

 ブルース、エメラルダ、シアン、シルバー、他の四カ所でも目が繊維の男がいたのだ。

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