141.個人戦 シルバー、シアン

 ・シルバーの戦場

 シルバーは東方面の南寄り、敵の数が多い方へと向かった。

 敵を発見したのはまだ国境の先、敵の領地内でだった。

 空には光学迷彩で大量のドローンが飛んでおり、敵の動きが手に取るようにわかる。


「歩兵六千、騎馬四千、弓兵・魔法それぞれ二千。ある程度の形は整っていますが、六国合同で攻めるにしては数が多いですね」


 ドローンからの情報により全敵兵の位置が分かり、シルバーは静かに荒野に着地する。

 シルバーからは敵が見えるが、相手はたった一人のシルバーを見つける事は出来ないだろう。


「出来る限り殺さず、しかし半数以上の敵に怪我をさせ、怪我の程度は全治三か月ほど。そうなると骨折辺りが丁度良いのですが、問題はどこを骨折させるかですね」


 目のカメラで拡大して敵兵を見ると、前線には歩兵と騎兵が混ざっており、その後ろに弓兵・魔法兵が続いている。


「馬は数には入りませんから、騎兵は無視しましょう。では」


 大型のレーザーライフルを具現化し、腰を下ろすと片膝を付いてライフルを構える。

 

「連射モードに変更、威力最小、レーザーの太さ三ミリ、射程距離五キロメートル」


 特にスコープやサイトを覗き込むことなく、ストックを肩に当ててトリガーに指をかける。

 敵兵の動きがリアルタイムでドローンから送られてきて、発射タイミングを計る。


「発射」


 青く短い光が大量に発射され、銃口はゆっくりと左から右へと流れていく。

 血吹雪が上がる事もなく兵士が次々に倒れ込み、一体何があったのか理解できず、撃たれた本人達が一番混乱していた。


 ようやく太ももから血が流れているのを見つけ、敵の攻撃だと判断したようだ。

 血が流れている足はポッキリと折れ、あらぬ方向を向いている者もいる。


「敵襲だ! 敵は魔法による遠隔攻撃を行っている! 魔法部隊はシールドを張れ!」


 後ろに控えていた魔法兵が前に進み、前方に向けて魔法のシールドを展開する。

 数発は弾き返されたが、すぐにシールドを貫通して魔法兵も地面に倒れ込む。


「い、一体何が起きているんだ!?」


 混乱する敵軍を遠方から静かに見ていたシルバーは、倒れた敵兵を攻撃しないようにターゲットを厳選していた。


「戦闘不能が四千二百五十九。死者は無し。予定通りです」


 ・シアンの戦場

「はわわわ、凄い数なんだよ、ダヨ」


 森の中で狭い道を行進中の敵を見つけたが、場所が悪いのか何もせずに見ているだけだ。

 敵の数は約一万三千、シルバーより少し少ないくらいの数だ。


 ふと、先頭を進む敵兵が何かを見つけた。


「ん? なんだこの看板は。えーっと『頭も力も弱い敵兵へ。怪我をしたくなかったらママのおっぱいを飲んで寝てろ』? ……ほ、ほっほぉ~? 俺達が弱いだって? その弱い奴に殺されるのはお前らだってわからせてやるぞ!!」


 看板の言葉は直ぐに兵士の間に広まり、異様に士気が上がってしまった。

 今まで歩いて進んでいたのに鎧を鳴らしながら走り出し、武器を抜いて血眼ちまなこになり突き進む。


 隊列も何もあったモノではなく、我先にと走っている。

 いきなり先頭を走っていた数名が転ぶ。

 突然の事で後続は止まる事が出来ず、ある者は踏んで乗り越え、ある者は転び、ある者は脇の木に衝突する。


 あっという間に道には人の壁が出来上がり、それでも後ろから押し込まれるものだから、味方に押しつぶされるか、運が良ければ森の中に入って枝や幹に衝突して終わる。


「な、なんだこれは! 一体何があったというのだ!!」


 部隊のリーダーらしき人物が見た物は、味方に踏まれて重傷を負い、味方に押しつぶされてうめき声を上げ、木に衝突して意識を失っている者達だった。

 数千人がうめき声をあげ、そこはさながら地獄絵図だ。


「気が立っていたとはいえ、ここまで狂うものなのか?」


 そう、リーダーの考えた通り、看板で気が立っていただけではない。

 シアンの魔女ウィッチスキルの一つ、フォミス災難によるものだった。


 昔は小動物を転ばせたり、鳥の糞を落としたりするのが精いっぱいだったが、今では文字通りの災難を起こす事が出来るのだ。

 看板の時点で発動しており、先頭を転ばせた時点でフォミス災難開始、踏んで転んで衝突して、森の中で身動きが出来なくなってしまったのだ。


「昔は弱かったけど、ボーダーレスになって強くなったんだよ、ダヨ」


 離れた場所から見ていたが、まだまだ敵は沢山残っており、シアンの実験場はこれからが本番だった。


 ・ブルースの戦場

「どうしよう、殺しちゃいけない、なんて言うんじゃなかった」


 一万を超える敵を丘の上から見下ろし、作戦を考えるブルース。

 丘の上と言ってもまだ十キロ以上離れており、敵兵たちは谷間を通って国境に迫ろうとしている。


 普段ならば敵を谷間に入れ、上から好き勝手に攻撃できると喜ぶ所だが、なにぶん相手を殺してはいけないという制限付きだ。

 だからそんな場所に入られては困るのだ。


「数は一万二千程か……何か使えそうな武器は無いかな?」


 武器リストをヘルメットのモニターに映し、順番にスクロールさせていく。

 しかし相手を確殺出来る武器は山ほどあるのに、手加減できる武器がほとんどない。


「仕方がない、こうなったら谷間で逃げ道が無いんだから、正面から力づくでやろう」


 そう言って谷間の反対側から入り、敵兵が現れるのを待つのだった。

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