60.聖女と天馬騎士

 ブルースが屋敷を離れて瓦礫の撤去や救助の手伝いをしている頃、オレンジーナはようやく治療がひと段落ついたため、屋敷の裏側で休憩していた。

 被災地や戦場での治療は慣れていたが、やはり故郷の災害となると同じようには行かないようだ。


「ふぅ、やっぱり知った人たちの治療は、何度やってもなれないわね」


 切り株に腰を掛け、うな垂れて両手で顔を覆う。

 手の隙間からは透明な液体が流れている。

 鼻をすすり、声を殺して泣いていた。


「ジーナ姉さん」


 声がして、オレンジーナは慌てて背を向けると涙を拭って顔を隠す。


「だ、誰ですか?」


「僕、ヴァイオレンだよ」


「……イオだったのね。どうしたの? こんな所で」


「これ」


 背後からスッと手が出てくると、手にはハンカチが。


「ありがとう」


 ハンカチを受け取り涙をふくと、ヴァイオレンはどこかへと行ってしまった。


「ふふ、相変わらず無口な子ね。いい子に育ってくれて、とても嬉しいわ」


 少し落ち着いたのか、少し冷静に考えが出来るようになり、最近の出来事を振り返っていた。


 オレンジーナは元々多忙であり、本来ならブルースと行動を共にする事は出来ないし、国に所属する聖女セイントとしても勝手は出来ない。

 それを覆したのはひと月の仕事をまとめて終わらせ、その間の代理も立て、緊急時には直ぐに戻ると約束したからだ。


「祝福を重ね掛けしたのに、一体どうやって大型モンスターが入り込んだのかしら」


 ひと月の自由を得るために、国全体への祝福も強固なものにした、はずだった。

 しかし大型モンスターがどこからともなく現れ、しかも生まれ故郷を襲うというあり得ない事が起きてしまった。


「それに大主教様からの命令で出張に行ったけど、何もトラブルは無かったし、見世物で終わってしまった事もあるわね」


 ブルースと離ればなれになる原因となる命令だが、それすらも全くの無駄足に終わっていた。

 

「エメはどうだったのかしら。呼び出しは正当なもの? それとも私と同じように必要のないものだったのかしら」


 考え出したら止まらない。

 立て続けにおかしな事が起こり、最近のことを色々と思い返してみる。

 

 ブルースが家から追い出され、両親により暗殺者アサシンが送り込まれ、その間オレンジーナは王都へと連れて行かれた。

 エメラルダのお陰でブルースの話は入ってきたが、それでも最大の異変と言えばボーダーレスが増えた事だろう。


「ブルーを皮切りにローザ、エメ、私……長い歴史の中で、今こうなっているのには理由があるの?」


 だがそんな理由など知るはずもない。


 ★☆天界☆★

「あの包帯グルグル巻きはなんなのよ! どうしてあんなのがいるの!?」


「どうやらこの時代は波乱万丈に満ちている様だね」


 女神と男神が珍しくモニターから目を離し、お茶をしていた。

 女神はかなり荒れているが、男神は何やら中空を指でなぞっている。


「それはそうだけど、まさかあんな手を使うとは思わなかったわ」


「そうだね、やっぱり戦乱の世っていうのはなりふり構わない事をするね」


「それより何やってんの?」


「ん? ちょっと調べ物をね……ああそういう事か」


「何か分かったの?」


「どうやって作ったのかと思ってね」


 ☆★地上★☆

 上空から警戒・捜索をしていたエメラルダは、ふと地上に降りて倒れた大型モンスターのそばへ行く。

 傷口を見ると巨体が一刀両断されているモノ、何度も斬られているモノ、焼けたりえぐられているモノ、そして殴られたような跡があるモノがいた。


「一刀両断はお父様ですわ。何度も斬られているのは他の兵士のモノ、焼けと抉られているのはシャル兄さん? でも殴られたような痕は一体……」


 殴られた痕は人間の拳ではなく、同じ大型モンスターの拳が近い。

 まるで同士討ちをしたようにも見える。


「氾濫の時でも同士討ちなんてありませんでしたのに、この規模で同士討ちなんて……モンスターにも派閥があるのかしら」


 周囲を見ても逃げ遅れた人はいないようなので、ペガサスに跨り上空へと戻る。

 様々な疑問を感じながらも偵察を終え、屋敷へと戻りオレンジーナと話をしようと決めたのだった。


「ブルー君、ほいっ」


「ほいさ」


「ほいっ」


「ほいさ」


 道の復旧作業をしているのだが、ローザが大きな瓦礫をホイッっと放り投げ、ブルースがホイサと受け止めている。

 他の兵士が数名で運ぶような瓦礫がれきをポンポンと投げているので、危なすぎて他の兵士は近づけない。


 シアンは小さな体をかして隙間に入り、埋まっている人がいないか調べている。


「ここには居ないんだな、ダナ!」


 瓦礫の撤去作業も程々終わり、行方不明者の捜索も数日が経過しているため打ち切られた。

 後は瓦礫の撤去時に注意しながら作業をする、という程度だろう。


「ありがとう。君たちのお陰で随分と作業が進んだよ」


「いえ、お役に立てたのなら良かったです」


「ブルー君! ご飯にしよ、ゴハン!」


「ブルースの手料理なんだよ、ダヨ!」


 そろそろ日が沈むため作業は終了となり、三人は魔動力機関装甲輸送車ファランクスの元へと戻ってきた。

 そして静かに食事を終えた時、オレンジーナが現れた。


「ブルー、ちょっといいかしら」


「どうしたの? 姉さん」


 後を付いて行くと、屋敷の裏側に案内される。

 そこには七兄弟の五人が揃っていた。

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