第五十二話 トクさん…縮まる距離

 ハナの透き通る声、ツインボーカルの美玲ちゃん、そして由美香さんと悠里のダンスパフォーマンス。今までに無い曲調に興奮してしまう。ハナって意外と声が通るんだな。すげぇ安定してる。踊ってるよりもこっちの方がしっくり来る。


 本当に最高にカッコ良くて。かつて一世風靡したあの四人組のガールズダンスユニットを彷彿させてしまうかのようだ。


 ハナは歌うと全く別人になったかのようで、ここ最近ますます上手くなった気がする。

 フォーメーション変化の時も少し不安を感じるが、美玲ちゃんに負けないぞ。いかんいかん、今はハナ推しなんだ、俺は!


 その二人に負けじと由美香さんと悠里もダイナミックなダンス。

 アアッ、かっこいいぞ! 清流ガールズ!!! 気付いたら俺は踊り狂っていた。周りのファンと一緒に。ヲタ芸! 明日は筋肉痛だ。きっと。


 ライブの後はトーク。歌い終わった後は何か抜けきったかのようにハナはいつものようにトロッとした目になって語尾伸ばしの言葉になる。そのギャップがたまらない。


 地域チャンネルでの思い出を語るメンバーたち。初期メンバーでもある大野ちゃんも登場して歓声が上がり、葉月ちゃんや恵ちゃんからも手紙があると美玲ちゃんはボロボロ泣き出し、由美香さんも目を真っ赤にしていた。ハナもつられて涙を流している。


 俺の隣にいるキンちゃんも鼻水垂らして泣いているし、会場からすすり泣く声が。俺も泣けてきた。


 初めて彼女たちを知ったのもこの地域チャンネルだもんな。平日毎日メンバー交代でアシスタントをやっていて楽しませてくれた。


「トクさん、ハンカチ」

 隣にいたトオルからハンカチを渡された。あ、俺泣いてるわ。泣きそうじゃなくて泣いてる!!!

 たく、トオルはたまにこういう男前なことをするから!!!



 トークの後も大野ちゃんも加わってデビュー曲を歌い、ライブは終わった。


 これから写真会である。キンちゃんは手鏡を見て髪型や鼻毛をチェックしている。何度も。俺は2日前に髪の毛切ってきたし、鼻毛も大丈夫。


 ステージの上でメンバーが椅子を囲んでそこに座って撮影する。先日アイドルの握手会で暴動が起きたらしいからオープンスペースでの撮影ということだな。安心だ。もし何かあったら俺が駆けつける!


 でもまたしてもハナとツーショットではないのか。ツーショット写真会希望してるのだがなかなか実現しないぞ。


 しかしステージの上で撮影って他の人も見てるから緊張するなぁ。あ、マスター……デレデレって、女の子に囲まれてるからか?


 あ、今度はアガサ。相変わらず今日もスーツ……。クールな顔してるけどスッゲーにやにや顔するやつなんだぞ。くそ、かっこつけやがって。ハナももじもじしてる。態度に出過ぎなんだよ。

「トクさん、嫉妬しとるやろ」

 トオルにそう言われてどきっとするが、図星だ。それをバレないようにするのも難しい。


 ……全国進出してもライブは続けるそうだが体調は大丈夫か? ちゃんとご飯食べてるのか? ダイエットしすぎてないか? 寝られてるか?

 何を声かければいいのか……頭の中でぐるぐる駆け回る。


「次、トクさんの番!」

 とトオルに背中を押されてびっくりしてメンバーの前で大きく転んでしまった。このやろー、トオル!

 みんな笑ってるだろ、くそっ!


「あ、トクさん……メガネ……」

 ん?


「ああああああああーーーメガネが曲がってる!!」

 転んだ拍子に! どうしよう、直してる場合でない! トオルも流石にごめんごめんとかやってるけど、ごめんで済むか!


「トクさん、メガネ外して……」

 ハナ? 彼女は眼鏡を俺の胸ポケットに入れた。

「こっちの方もかっこいいじゃん……」

 ……!!!


 …………



「はーい、撮りますよ!」



 ………




「トクさん! ありがとうー!」



 ………







 ああああああああああああ!!!!!

 思考停止しとったーーー!



 ハナに見上げられて、微笑まれて、なにも声が出なかった。なにも頭に浮かばなかった!!!


 ああああああああーーー!

 俺は会場の外のソファーに放心状態で座っていた。


 あ、しまった。こうやって思考停止した時のために、手紙を書いておいたのだが忘れてしまった。

「さっきはごめんな、トクさん」

 トオルが、キンちゃんとやってきた。


「トクさん、写真撮れた?」

 アガサとマスターも俺のところにやってきた。


 毎回欠かさず渡していた手紙、渡さなくては……会場はもうイベントが終わっていた。俺はどれだけ放心状態だったんだ?


「俺、手紙渡してくる」

「また今度でいいじゃん」

「いや、今読んでほしいんだあああああああああー!」

「トクさん???」

 俺はその日壊れていたのかも知れん。


 全速力で裏側に回り、いつもは出待ちはしないから裏側にはいかないが……ハナに手紙を渡したい! 今日渡さないと言いたいことが溜まってしまう。ハナも読むのが大変だ。


 ゼーゼーと言いながらダメだと知りながら裏側入り口から入ろうとすると、倉庫から声が聞こえた。


「ハナちゃん、今日のイベントもすごい入りだったなぁ……君の歌声も最高だったよ、さすがだな、あの音域は」

「はい……ありがとうございます」

 ……ハナ?! でももう一人の声は男の声。アガサではない。てかまた俺は盗み聞きを……。


「ご当地アイドルがここまでやれるなんてさぁ……ああ、もっと早く君の才能を見抜いてたらなぁ」

「タッキー……やめてっ!」

 タッキーってプロデューサの?! そいやなんかしばらくぶりに清流ガールズのプロデューサー業に戻ったらしいが、それまでの数ヶ月の間東京へアイドルとかのプロデュースの勉強兼ねて行ってたけど噂では色々手を出したって噂になってた……。

「いいじゃん、すぐ終わるから」

 ……なに?! なにがいいじゃん? なにがすぐ終わる?

「ここ最近、なんか変だって感じてた……この変態!」

 変態?!


「もっと言えよ……変態でもなんでもっ」

「やめてっ!」

 これは危ない!!! 俺は倉庫の中に入り、声のした方へ行った。


 ハナと、いかにも業界人な肩にカーディガン巻いてる男! タッキーだ! ハナの後ろに回って腰を触っている! 俺は男を殴って、ハナの手を握った。

「ハナ逃げるんだ!」

「えっ、ちょっと……その!」

 俺たち全速力で走った。


 駅方面走るとファンに見つかるから逆方面を走った。ハナはロングコートを羽織っていたが、走る時に太腿が見える。


 とにかく今日の俺はおかしかった。いつも以上に。伸ばせるくらいに。でもそれよりもハナを助けたい!その気持ちで走った。


「はぁ、はぁ……ちょっと、どうしたの……てか裏口から勝手に入るなんてファン失格です!」

「す、すいません……」

 ハナに怒られてしまった。いつもと口調が違う。

「でもトクさん、結構走ったけどケロッとしてる」 

「これでも体力には自信があって。ハナ、君のおかげだ。君のために……トレーニングやランニングをを毎日して鍛えているんだ」

「まぁ確かにいつも踊りまくってるし……。てか疲れた……」

「俺も疲れた。フラフラする……」

「……どこかで休憩しない?」

「へ?」

 と俺は声が出てしまった。そして辺りを見渡した。



 俺たちが走って行った先は……ラブホ街だった……。

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