第三十二話 ハナ……私の過去を知る人
「中待合室にどうぞ」
阿笠先生の産婦人科。ファンミーティング前に。
案内された看護師さんがわたしに気づくと
「ハナちゃん、こないだの地域チャンネルみたよー。ロケしていた豆腐カフェ行ったけど美味しかったー」
恥ずかしいなぁ……でも見ててくれているんだ。て、待合室のテレビは常にケーブルテレビが映ってて地域チャンネルも流れてるんだろうなぁ。
「今度のファンミーティング……行きたかったけどねぇ。他の看護師さんが行くからって休み取れなくて」
「すいません、あと……阿笠先生お借りします」
「大丈夫ーっ。もう阿笠先生はハナちゃんにメロメロだから。あ、うちの息子もファンミーティング行くからね」
「メロメロだなんて、いつも応援してもらってるし。……息子さんは誰のグループですか?」
「悠里ちゃんだって。見たら声かけてやってー」
「はい……わかりました」
と彼女は私の肩をポンと叩いて業務に戻った。
彼女の息子さんは美玲ちゃんファンって知ってるもん……。でも悠里ちゃんの班に振り分けられたんだ。たしかこの看護師さんの旦那さんが銀行員で息子さんも進学校の生徒さん。悠里ちゃん、狙ったな。ファンの親の収入とか調べるだなんて。そこまでしなきゃダメかな。
いくら阿笠先生が私のグッズ(マグカップやタオル、ボールペン、シールなど)配って布教してくれても、私のファンです! っていう人に会わないのよね。
とりあえずがんばってね、くらい。まだまだか……。
「森巣さんどうぞ」
阿笠先生の声だ。扉を開ける。
「ハナちゃん、待ってたよ」
阿笠先生は待ってた。いつもながらクールに座ってるけど、机の上にはグッズや写真、ポスターが……ちょっと恥ずかしい。
「血液検査の結果も悪くないし、薬は継続してしっかり飲んでね。飲み忘れちゃダメだからね」
「はい」
クールにお医者さんしてても、やはり私のグッズが目につく。
「じゃあ内診しましょう」
「はい……」
お昼、またいつもの喫茶店で待つ。
「お待たせ。じゃあいつもの!」
というとすぐにランチが出される。
「……ファンミーティング楽しみだよ」
「私も先生が来てくれるとすごくホッとします」
ふふっと阿笠先生は笑う。何かおかしいのかなぁ……。
「普段こうして喋るときは語尾伸ばさないね」
「あれは……アイドルのハナちゃんです」
「普通でいいのに。でも語尾伸ばしたり、天然キャラのキミも可愛い」
「ありがとうございます……」
すると先生は食べている途中だけど、箸を置いて私を直視する。
「あのさ、ランチも今日で終わりにしよう」
「えっ……」
「だってキミはアイドルだもん」
「アイドルと言っても、そんなに有名ではないし……」
「ダメだ。これからもっと人気者になる君が僕みたいなおじさんと噂になったりしたらファンはショックを受ける。ただでさえでくの坊のハナ信者、ハナは医者を捕まえて金づるにしてるってSNSに叩かれてる」
……そんなこと書かれてるの? 酷い……。金づるって、たしかに……阿笠先生が一番買ってくれてるけど……。
「てかそんなにファンいないし……それにここもそんなに混んでないし……」
阿笠先生は首を横に振る。
「……君は過去の自分を隠し通してアイドルをやるんだろ? 少しのほころびで台無しにするのか。レッスンも受けて、エステの仕事も続けて、アイドルもして苦労してきた今までの苦労は?」
……。
「……僕も君と食事できるのはすごく嬉しい。だって……好きだから、君のこと……」
「……」
「でも君はアイドルになるって決めたんだから……僕は身を引いて……ハナちゃんのファンになった。本当は影でこそこそ付き合ってもいいがそれはダメだ。今頑張ってる時にそんなことしてダメになってしまったら……」
阿笠先生……。
「すまない、つい感情的になってしまった。ダメだな、情を持つとな。でも君を本当に心から応援するよ。そして、今まで僕のエゴでランチに付き合ってくれてありがとう」
今喫茶店には私と阿笠先生と私しかいない。
……。
『はーい、今日はハナのグループでヤギさんに会いに行きまーすぅ!』
ファンミーティングが始まり、ほぼ私のファンであるのは数人という、アウェーなグループのバスの中。
……阿笠先生は私を見て微笑んでくれる。その隣にはトクさん……。彼は真剣にこっちを見ている。きっと色々細かいところチェックしてるに違いない。粗相はできないわ。おとうさんはカメラ小僧になってるし。恥ずかしい……。
ああ、隠し事してるのも辛いなぁ……って今はファンミーティング楽しまなきゃ!
と横にいるマネージャーをふと見ると顔が青ざめている。
「ハナちゃん大変だっ! ヤギが体調不良らしい、一匹だけでなくほとんど!!! だから中止だっ」
えええええーっ!!!
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