第十九話 トクさん……美玲ちゃんと握手

 フワッと柔らかい両手が僕の手を包み込む。あああ、俺の手汗がっ。申し訳ない、いつも、と思いつつも彼女気にしていなさそうだ。

 彼女の微笑み、ふわっと香る香り。遠くで見てた俺はこの距離にもう毎回ドキドキしてしまう。

「トクさん、すっごい汗。今日も頑張ってたけど大丈夫?」

「いや、俺は大丈夫だ。それよりも美玲ちゃんは体調どうなんや? 少し声がかすれてた」

 俺は気持ち的にはもっとたくさん喋りたいし、可愛いっ! とか言いたいところだが、どうしても彼女の前だとクールさを装ってしまう自分がいる。


「あー、わかっちゃいました? ちょっと先日から喉の調子悪くて」

「喉から声出してるからだろ。お腹が凹んでない。あと家帰って大根切って瓶に入れて蜂蜜を入れるやつやってみろ。喉にいいぞ」

「やる! 良さそう! トクさんは何でも知ってるから素敵ー!!!」

 いやぁーそれほどでもぉーと国民的人気幼稚園児キャラみたいにデレデレしたいが、そうはせずにあくまでもクールに。


「今日は何のグッズ買ったの? 私の」

「いや、友達が今度ライブ行くっていうからタオルとTシャツとペンライト一式買ったよ」

「ありがとうー!!! そのお友達さんってーどんな人?」

「最近子供産まれたパパと言っても俺と同い年で、飲料メーカーの営業やってるんだよね」

「……へぇー、パパねー」

 ん、なんか一瞬なにか考えたか?

「もっと友達連れてきてー! あ、そのグッズにサインしてあげる!」


 と、手が離れた……もっと握っていたいが、まぁいいか。ついでに俺もさらに買っておこう。

「あれーペンがない。さっきまで置いてあったのに……」

 あたふたしてる美玲ちゃんも可愛いなぁ。普段しっかりしてるからたまに見るそういう姿もかわいいよ。


「あ、美玲……私借りてた……」

「ハナーーー、もぉっ!」

「ごめんごめん……」

「トクさんごめんね、すぐ描くわ」

 美玲ちゃんは横にいたハナからペンを渡され、グッズ一つ一つにサインをしてくれた。

 Tシャツとタオルは2セットずつ買ったからな。丸っこい美玲ちゃんの字は可愛い。


「はい、できましたー」

 と両手で渡される。あああああー、可愛い。俺はオウ、と言って受け取る。そしてスタッフに剥がされる前に

「最後にもう一回、握手してあげる!」

 ええっ!!! サービスよすぎだっ!! また両手を握られて……はうううう!!! これでしばらくまた生きていける!

「また会いましょうね!」

 スタッフに剥がされてもなお、まだ手を振ってくれている。神対応すぎるだろぉおおおおおお!



 出口にはキンちゃんが待ってた。

「遠くから見てたけど、めっちゃ嬉しそうだったね」

 なるべく表情に出さないつもりだったのに、出てたのか……。別にいいが。

「トクさんは結構クールに見えて、わかりやすいんだよな。美玲ちゃんもわかってるよ、きっと」

 そうなのか……恥ずかしい。あーっ!!!


 キンちゃんとコンビニでコーヒー買ってイートインで今日の反省会。

「にしても、美玲ちゃん一強て感じだよね。由美香さんもまあまあ古参ファンも多いけど新規ファンは少ないよね」

「ツンツンしてるし姉御キャラだから入り口が狭い。一度はまれば思う壺だろうが」

「トクさんって由美香さんは違う気がするなぁ。尻にひかれるより、自分主導でいたい感じがする」

 図星! だが顔はクールに。

「いや、そうでもないが」

「ははは。でも実際は尻にしかれてそうだけど。前の奥さんはどうだった?」

 こんな時に前の妻の話をするなって。……でも思い返せば……俺の敷いたレールを通ってるかのように思えば気づかぬところで修正して元妻の敷いたレールを進んでるような感じがした。年上のキャリアウーマンだったし。

 マンション買うときもインテリア選びも、不妊治療の病院選びも、離婚の話も気づけば元妻の思うがままだった。


 いや待てよ、付き合うときも……酔わされて、俺を童貞と知ってた元妻に襲われるかのように喪失した……。

「やっぱりわかりやすいや」

「知るかぁ」

「そういうところがあるから僕はトクさんについて行きたくなる」

 え、どういうことだ?


「僕はトクさんについて行きますから」

 と、キンちゃんから手を差し出された。よく見るとゴツゴツでマメもできている手。きっちり仕事をしてる手だ。体は小さい割には大きな手だし。


 俺は右手を出すと、キンちゃんはさらに左手も出して両手で握ってくれた。

「いてぇ!」

「ごめん!握力強いんだよね、僕」

 美玲ちゃんの手とは感触は違うがパワーが入ってくる。

「これからもよろしくな」 

 なんだろ、なんかその、目からなんか、水分か? え?

「トクさん、どしたの、泣いて。はい、タオル」

 泣いてるのか、俺、泣いてるのか?

「うわあああああああん」

 俺はコンビニのイートインコーナーにいることを忘れて大声で泣いてしまった。


 友達が少ないし、トオルはいるけどもあいつはあいつだし、なにかといつも人とぶつかってしまう俺だが、こうして優しく接してもらうことは少なかった。だから嬉しかった。


「というか、友達だぜ!」

 こうしてキンちゃんという心強い仲間、友達ができた。友達、でいいんだな。ありがとう。


 美玲ちゃんを通じて友達、が久しぶりにできたよ。ありがとう、美玲ちゃん。


 その後イートインから出て俺の家まで歩きながら美玲ちゃんのことを語り合った。いつも以上に語り合えたと思う。

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