45話
彼女と交際をしている男については、まず間違いなく彼女と肌を重ねたいと思っているのだろう。しかしどういうわけかそれを口に出さず、「分からんかね」などと遠回しに嫌味を吐くのである。
ここからは推測となるのだが恐らくその男、何度か不純行為を求め、その都度断られているのではなかろうか。
これは学生時分に知り合いから聞いた話であるが、どうしても致したく頼み込んでも拒絶され続けた男が暴力によって願望成就をなさんとしたという例があるとの事。男とはかくも浅ましく、女とはかくも意地悪だと知り合いは笑っていたが、女にしてみれば笑い事ではない。そのような行為は双方同意の上で始めるべきであり、一方の劣情をぶつけるような真似は言語道断。また、この話に出てくる男は終始不機嫌にしていたとそうで、ますます状況が一致してまうのだ。危険な兆候のように思える。
しかし彼女になんと伝えるべきであろうか。端的に「その男は君の身体を欲しているのだろう」などと言うのも粗野であるし、なにより彼女の心に傷が生じかねない。曲がりなりにも彼だと決めた男について、「奴はきっと獣さ」と報せようものなら裏切りと失望を抱くのも無理からぬ事。それで済むならいいが、「私の良い人に向かって、ちょっと失礼じゃありませんか」と、俺に対して怒りをぶつけてくる可能性もなくはないのだ。言葉は選ぶべきである。こうしてまた堂々巡り。どうにもこの姉弟を相手にするとない頭を巡らせなくてはならないようで、大変に気苦労が多く困ったものだ」
「何か心当たりなどはないですか。彼を不機嫌にさせるような」
考える力も無くなった俺は逆に問いを投げるしかなかった。これで「ない」と言われたら、もはやそれまでである。
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