第5話 診断がおりた後

 A夫はテストを受けるのを承諾した。


 AB1は軽いADHDと診断され薬を飲むようになった。AB1は薬を飲むと頭がスッキリしたらしく落ち着いていき、その後しばらくして薬も飲まなくて良くなった。

 そして、A夫B妻もテストを受け、A夫はアスペルガーとADHD、B妻も軽いADHDと診断された。


 B妻はあらためてADHDやアスペルガーについて勉強するようになった。

 B妻自身、集中力はあるし勉強はそれなりにできるけれども、ルーチンワーク(毎日服を選ぶことや繰り返す日常の家事)が苦手で、ずっと周囲とずれている自分を不思議に思っていたので、ADHD気味という診断にストンと納得がいった。


 しかしA夫は納得しなかった。


 全体的な数値がAB1やB妻よりも低かったことも納得いかなかったらしい。

「なんでお前らが俺より優れているんだ」と不満げだった。


 B妻が期待していたような結果は得られなかったが、テストをきっかけにB妻は精神科に相談できるようになった。

 A夫は自分自身に不満がないので、精神科医から「最近どうですか」と聞かれても「問題ありません」と答える。

 B妻がAB1や自分のことを相談するついでに、A夫の最近の状態を話すことで、薬が増減された。

 

 精神科医から処方された薬を飲むようになって、A夫はぐっと怒鳴ることが減ったので、B妻は思った。

(良かった。本人の自覚はないみたいだけど、今度こそなんとかなるかもしれない)


 しかしそれも長くは続かなかった。


 投薬されてから最初の一ヶ月くらいは穏やかに過ごせたものの、やがてA夫は、「あの精神科医を信用できない」と言い出し、別の病院にうつることになった。

 2件目の病院の精神科医のことをA夫は気に入り、家から近いこともあって、B妻はそこには行かず、A夫だけが通うことになった。

 しばらく後に、担当医が代わり、薬がどんどん増えてきた。

 薬が増えたことでか、A夫の態度が今まで以上に酷くなっていった。

 

 常にイライラしていて子供たちに当たり散らし、手や足も出るようになってきた。

 むしろ、なにか子供が失敗するのを待ちかまえていて、失敗すればこれ幸いと泣くまで否定語を浴びせ、泣いたら「根性がない」だの「これくらいでやる気なくすのなら、最初からやるな」だの追い打ちをかける。泣き止まなければ「うるさい」「黙れ」と言って蹴る。

 (いやむしろ、そこまで言われたらやる気もなくなるだろう)と思いながら、B妻は子供をフォローし、A夫をたしなめるが、まったく聞いてもらえない。


 そうこうしているうちに、4人目を妊娠した。


 さすがにこれにはA夫もB妻も驚いた。最初、あんなに妊娠しづらかったのはなんだったのか、と。

 A夫は「まさか妊娠するとは思わなかった」と言い、B妻は(あと少しで3人目を幼稚園にあずけられる。それまで頑張ろう)とそれだけを励みに頑張っていたのが、また一から子育てなのだ。

 

 B妻は赤ちゃんも子どもも好きだし癒やされるので、お世話すること自体に不満はない。

 ただ、自分の行動や時間を制限されるし、授乳と精神状態が不安定な子ども達に夜中起こされ続けて、1人目を産んでからの睡眠時間はずっと細切れの5時間なのだ。昼間だって何人目かの幼児とずっと一緒にいるので、一人の自由時間など、ここ数年皆無だ。


 A夫は2人目くらいまでは「おむつをかえようか」などと声をかけてくれていたが、最近はもはや怒声か「うんちでてる」しか言わない。買い物にはしぶしぶ子を連れて行くが、飽きた子が騒いでじっくり見られなくて結局怒るので、あまり頼みたくない。「公園に連れて行ってあげて」と言えば「公園で子どもを見ている行為が有意義に思えない」と返される。いや、(有意義とかそういう問題ではなくてね)とB妻は思うが、言ったところで通じない。


 1人時間がとれるのを心待ちにしていたB妻はそれでも、(もうしばらく頑張ろう)と覚悟を決めた。


 ストレスが原因というバセドウ病も完治することはなく、妊娠時期は要注意なので、定期的にB妻の血液検査も行われる。

 2人目AB2を妊娠した時は別々の病院で診てもらっていたが、2つの病院に通うのが大変だったので、3人目からはどちらも検査できる大きな病院に移った。しかし大きな病院は待ち時間も長く、妊婦健診と血液検査でその日一日が終わる。

 混み具合によっては、AB2が幼稚園から帰るまでに帰宅できないときがある。

 AB1とAB2をB妻実家にみてもらうことになり、A夫はさらにイライラする。

 

 A夫が怒鳴ることで子供はB妻にべったりになる。べったりになるから、A夫が子ども達を誘ってもうなずくことはないので、余計にA夫はイライラして怒鳴る。悪循環だ。


 B妻は、出産を心待ちに思うようになっていた。


 入院中は、A夫の怒声も、子ども達の泣き叫ぶ声も聞かなくていい。

 A夫にまた伝わらなかった、今度はどう伝えようかといちいち考えなくてもいいし、A夫がその場を去ったのを見計らって子ども達のフォローに心を砕く必要もない。さらに家事をせずとも良く、心穏やかに可愛い新生児と5日間ゆっくり過ごせるのだ。

 どれだけ新生児が泣こうが、その声はかよわく可愛いものだ。

 夜中に起きるのだって、おむつをかえておっぱいさえやれば寝てくれる。

 抱っこをせがまれたところで、新生児は軽いので、一晩中だって抱っこしていられる。

 夜中に、かゆみに悲鳴をあげた子の体を再び寝付くまで小1時間なでさする必要もなく、なにやら寝言をいってうなされる子供が落ち着くまでなだめる必要もない。それをするB妻を、同時に起きてしまった子ども達がとりあって喧嘩することもないのだ。


 B妻は早く入院したかった。

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