第35話 解脱の話。

夕飯は人数が多いので今回は熊のステーキとイノシシのカレーだった。


夕飯の時はフィルさんも元気になっていたので一緒に食事が出来た。

食後には明日以降の準備と僕のアーティファクトの説明をして、ムラサキさんに神の使いとの話。フードの男と王が言う「あの女」の話をした。


カムカは毒竜の角を握り潰しながら「大収穫じゃねぇか!」と言った。

毒竜の角は畑に撒く分とお風呂に入れる分を粉にしろとガミガミ爺さんから言われていたのだが、まさか殴るのではなく握り潰すとは思わなかった。


「とりあえず攻撃は通っていたと言うだけで大きいわ」

「そうですね。キヨロスが授かったアーティファクトもとても凄いアーティファクトです。それがあれば今度こそいい戦いが出来ることでしょう」

ムラサキさんのお墨付きを貰えたことで皆の表情が柔らかくなる。


そう言えば、話の最中にようやくトキタマが殻を割って出てきた。

本人的には殻割りにこだわりがあるらしく、綺麗に割れるまで出てきたくないと言っていた。

まあ、卵のままでも跳べたのだから構わないのだけど…。


夕飯後の片付けはジチさんが連れてきた10人がやっていた。

10人がジチさんの前に並んで「ボス、ご指示をください」と来た時には笑ってしまった。

ジチさんはそれもあってかあまり機嫌が良くない。


そのジチさんは「フィル、一緒にお風呂行こう。ムラサキさんも入る?」と言い、「どうしたの?」と聞き返すフィルさんに「女子会よ女子会」と言ってお風呂に連れて行ってしまった。


僕はカムカとガミガミ爺さんに誘って貰えたので3人でお風呂に行く事にした。


おじさん達は10人のためにとりあえずの寝床を確保してくれていた。

それは村の高齢者の家だったり空き家だったりしたが洞窟暮らしの10人には天国のような場所なのだろう。

雄叫びを上げて喜んでいる人までいた。



僕達は女子会の邪魔をしたくなかったので時間を変えて風呂に入った。

あくまでも家族風呂を回避したいからではない。

竜の角入りのお湯は気付かない間に疲れていた僕の身体を癒してくれる。

フィルさんも入ったのなら明日には元気になってくれていると思う。


風呂では一の村でどうだったかと言う話題だ。

僕が「女の子の勘って凄いですね」と言うとガミガミ爺さんが「ありゃあ神がかっている」と相槌を打ってくれた。


カムカが「バレたのか?」と聞いてくる。


「バレたと言うか、誰かとキスした?って聞かれて…」

「かぁー、そりゃあバレてるんだよ」

ガミガミ爺さんがしみじみと相槌を打つとカムカが「本当かよ!女やべーな」と驚く。


ガミガミ爺さんは「まあ、腹括るんだな」と言って笑うとカムカが「え?跳んじゃダメなのかよ?」と言う。


「馬鹿野郎、そんな不誠実なことを小僧が出来るわけねえし、相手に失礼だろ」

「そうだよね、キチンと言った方が…」



ガミガミ爺さんが「馬鹿か?小僧?」と言って詰め寄ってくる。


「そんなもん言ったお前は気分いいかもしれないが言われた方は気分悪いんだよ。ここはグッと堪えて誠実さで勝負よ」

「筋肉で真っ向勝負って事だな!」

カムカが1人で納得しているが、真っ向勝負…確かにそうなのかも知れない。

僕はトキタマを授かってから何とかしてしまう癖がついているのだと思う。


そんな話をしている時、脱衣所から「ギャア」という悲鳴が聞こえてきた。

慌てて脱衣所に向かうとジチさんの子分?の1人が僕の「万能の鎧」を持って倒れていた。


ガミガミ爺さんは「おめぇ…何してんだ?」と声をかけたが子分の人は何も言えずに居た。

風呂を上がり、ガミガミ爺さんの家に子分を連れて行く。

前の時に殺した事は間違いないんだけど、何で殺した人か思い出せない。


ジチさんが「何でそんな事したのさ?」と子分に詰め寄る。


「俺…、俺もアーティファクトが欲しい!今日、この人が光の剣で熊やイノシシを狩る姿を見て心からそう思ったんです!!」

「はぁ…、アンタねえ。だからって人様のアーティファクトを盗むって…。そんな事をしたら国の奴らと何も変わんないだろ?」


「すみません…。ボス、すみませんでした!!」

「謝る相手が違う!」

子分の人は僕を見て「ボスの良い人もすみません!!」と謝る。


!?

この人は何を言っているんだ?


そう思っているとジチさんが「何言ってんのさ!」と怒鳴り怒髪天の表情で睨む。


「え?ボスはこの人が無茶してないか心配してずっとカリカリしていたじゃないですか。だから俺もこの人のアーティファクトなら盗っても許されるかと…」


この瞬間、ジチさんの「バカ!!」と言う声でガミガミ爺さんの家が揺れた。

顔を真っ赤にしたジチさんがフーフー言っている。


「そう言うんじゃなくて、家族とか仲間として心配してるんだよ!何で男って奴はいつもすぐ、色だの恋だのに繋げたがるかね!」

僕は目を丸くしているフィルさんと目配せして「誰がそれを言う」と思って2人で笑った。

そこに聞こえてくる「楽しそうね、おふたりさん」というジチさんの声が怖い。


「小僧、見るな。石にされちまうぞ」

ガミガミ爺さんが笑いに変えようと頑張ってくれるが効果はイマイチだった。


「あー、もう!10人全員集めて!話があるから!」


そう子分に伝えて走らせた。


すぐに10人は集まって口々にジチさんに「この村サイコーです!」とか「このまま居ても良いんですかね?」と話している。


「ハイ注目!」

ジチさんは1人を指差して「このバカがよりにもよって人様のアーティファクトを勝手に拝借しようとしてバチが当たったよ!」と言った。

バチは本当に静電気の強力なやつがバチっと来たらしいのであながち間違いではない。


残り9人はその事で村を追い出されると思ったのか、口々に1人を罵っている。


「やめなよ!そうじゃない。アンタ達もアーティファクトは欲しいかい?」

ジチさんがそう聞くと、9人の中からは口々に「授かれるなら欲しい」と言い出してきた。


「よく聞いて、四の村には擬似アーティファクトを作れる人がいる。その人に頼めば大体のものは授けてもらえる」

10人からは「おお」と歓喜の声が上がる。


「でもね、今はこの国の危機なんだ。だから全部片付いてから言おうと思ったんだよ。もし言って、今みたいに先走るのが出てきてほしくなかったの。四の村には亡霊騎士って言う危ないのがいて、高速イノシシより速く動くし、鍛え抜いた人間も平気で吹き飛ばすんた」

この説明に10人がどよめくと、その吹き飛ばされたカムカが10人に向けて「俺、俺」と手を振っている。


「だから、全部片付くまではアーティファクトは我慢して欲しいんだよ?」

10人は悩むことなく「ボスの言うとおりにします!」と納得してくれた。


ジチさんが10人を追い返すと僕の横に来て「さっきのはそういう事じゃないんだからね。お姉さんは家族として…仲間としてキヨロスくんを心配しているんだからね」と言うと顔を赤くして去って行った。



僕は話が済んだ後、フィルさんを外に呼んだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



外に出たフィルさんは「どうしたの?」と聞いてくる。

僕は「うん、フィルさんには伝えたほうがいいと思って」と言ってS級アーティファクトには解脱と言うものがある事を伝えた。


「それができれば、キョロくんはみんなとキチンと生きていけるの?」

「うん、神の使いが言うには…だけどね」


「ムラサキさんとは…別に一緒に居ても問題ないけど、私もそのうちその解脱について考えたほうがいいのかな?」

「そう思って伝えたんだ。ガミガミ爺さんが聞いたらまた心配しちゃうから呼び出したんだけど…、まだ調子悪いのにごめんね」

僕の心配にフィルさんは「ううん、ありがとう」と言って笑ってくれた。


「そう言えばだけど」

「なに?」


「キョロくんはあの新しい3個のアーティファクトの注意点は聞いたの?」

「あ…」


そうだ、僕は授かることと、王と戦うことに集中しすぎていて神の使いに何も聞いていないことに気づいた。

僕の返事と表情から察したフィルさんが「聞いていないのね」と呆れるように言うが僕は「うん、でも何となくわかるんだよね」と答えた。


「え?」

「フィルさんは女子会でムラサキさんから聞いたの?」


「え?えっと…」

フィルさんは嘘が下手だ。もうその顔と声と仕草で僕には全てがわかる。

だから僕は「聞いたんだね。別に言いにくかったら言わなくていいよ。僕はたとえ聞いても止まらないし」と言う。


「うん…そうだよね。でも…全部解脱できるのかな?」

「そうだね、全部S級だから解脱も考えたほうがいいのかもしれないね。この戦いが終わったら僕は考えることにするね。ありがとう」


「ううん」

「明日は朝早いからもう休んで」


「うん、今日はウチに泊まるでしょ?」

「うん、ジチさんとカムカがおじさんの家に泊まるんだって」


その後は穏やかな時間が過ぎた。

フィルさんが大きなポットでお茶を沢山淹れてくれて、何気ない談笑に僕達は包まれた。



のだが…

「チクショウ!まだ足りねぇ!!」

ガミガミ爺さんが文句を言いながら、ガミガミ爺さんの部屋で僕の鞘を作ってフィルさんの兜を作って、まだ何かを作っている。



僕は前の時間ではガミガミ爺さんがこんなに困ったのを見ていなかったので「どうしたの?ガミガミ爺さん」と声をかけるとガミガミ爺さんは「どうしただと?おめぇの来るのが早すぎんだよ。マリオンの為の力が全然貯まっていないからこうしてアレコレ作っているんだろ!!お前の剣と鎧のメンテナンスをしようにも新品だしS級だしで必要ねぇし」と言ってくる。


確かに、言われてみるとそうなる。

僕が「あ…」と言うと「「あ…」じぇねえよ。どんだけ慌ててたんだよ」と言ったガミガミ爺さんは涙目になっている。


「もういいからさっさと寝ろよ!!」

「ごめんね…」


僕は「ちくしょう!!」と言っているガミガミ爺さんの部屋を後にするとフィルさんが「キョロくん」と声をかけてきた。


「なに?」

「今回は荷物が無いのね」


「うん、前は三日後の出発でちゃんと準備ができていたから…、今回は成人の儀が終わってすぐにきちゃったんだよね」


「じゃあ、亡くなったお父さんの服だけど着て。大きいけど寝るだけだし。今の服は夜の間に洗って乾かしておくから」

「え?悪いよ」

僕は遠慮をするのだがフィルさんは「いいから」と言って僕に服を着替えさせる。


フィルさんが脱いだばかりの僕の服を持って「あれ?」と訝しむ。


「どうしたの?」

「キョロくんの匂いと違う女の子の匂いがする」


!?


「え?そう言うのってわかるの?」

「わかるわよ」


「凄いね、その服、<成人の儀>でずぶ濡れになったから、お風呂入っている間に乾かして貰ったんだ」

「お風呂?じゃあ下着も?」

そう言うフィルさんの目がなんか怖い。


「う…うん」

「じゃあ下着も洗ってあげるから脱いで」


下着まで洗ってもらうなんて申し訳なくて「え?悪いよ」と言うのだが強く「いいから脱いで」と言われてしまう。困っているとガミガミ爺さんの部屋から「小僧、諦めろー」と聞こえてくる。


「そうよ、諦めて!」

「えぇ…」


その後僕は渋々服を全て渡した。

こんな事なら家に帰って荷造りしてくれば良かった。


翌朝、僕の枕元には綺麗に洗濯されて、きちっと畳まれた僕の服が置いてあった。

匂いをかいでみたがリーンの匂いは良くわからなかった。それよりもガミガミ爺さんの家の匂いがした気がした。



[2日目]

殆ど寝ていないガミガミ爺さんとフィルさんと朝ごはんを食べる。


「小僧…覚えておけよ…」

時折ガミガミ爺さんが僕を見てブツブツと言っている。


「お爺ちゃんもいい加減キョロくんを許してあげてよ」

「フィル、お前はそりゃあ楽しかっただろうよ」

ガミガミ爺さんの視線にフィルさんが「え?…なに?」と言って慌てる。


「俺は見ていたからな。小僧が寝た後、熱心に小僧の服を洗濯して、小僧の横で手なんか繋いで添い寝して、朝も小僧より先に起きて楽しそうに服を畳んでいた事を見ていたからな…」

「え?え…えぇ…嘘…」


「そりゃあ睡眠不足なんてどうって事無いだろうよ」

「本当にお爺ちゃんは見ていたの?やだ!!」

フィルさんが恥ずかしそうにパンで顔を隠す。


「その点、俺なんて予定狂わされて、鞘に兜に…見ろよ…小童の手甲まで作っちまった」

ガミガミ爺さんの視線の先にはムラサキさんの横に置かれた新品の道具たちがいる。


「ごめんね。でもありがとう。ガミガミ爺さん」

「へっ…素直に感謝してんじゃねぇよ、少しくらい文句を言わせろよ」


「それにしてもフィルさんは手を繋ぐのが好きなんだね」

「え?…それは……その……恥ずかしいから言わないで」

フィルさんは真っ赤になっている。


そうしているとおじさんの家で朝食の終わったジチさんとカムカがやってくる。

「おはよー!あれ?随分のんびりね。キヨロスくんは早く四の村に行きたいんじゃないかと思って、お姉さん早起きして頑張ったんだけど?」


「ああ、あっという間だからな。小童、丁度いい、お前手を出せ」

そう言って手を出してきたカムカに赤色の手甲を渡す。


「これって俺にですか!」

「おう、ちょっと足りなかったから作った。着けてみろ」


「ありがとうございます!!」

カムカは嬉しそうに手甲を着ける。

手甲はフィルさんの鎧と同じデザインだが色が赤い。


「あれ?紫色じゃないの?」

「バカ野郎、小童は白と赤しか身に着けてないのに紫なんて渡せるか。ちゃんと色を着けたんだよ」


「それ、ちょっと足りなかったからの作業じゃないよね」

「お爺ちゃん、それで寝不足になったからってキョロくんに文句を言うのは違うと思うよ」


「いいんだよ、俺は小僧に絡みたいんだよ!!」

そう言うとフンッとそっぽを向いてしまうその姿に僕とフィルさんは顔を合わせて笑う。



僕達は身支度を整える。

ガミガミ爺さんが毒竜の鱗で作ってくれた鞘は剣にピッタリと合った。


「ありがとう!ガミガミ爺さん!」

「へっ、お安い御用よ」


「お爺ちゃんって本当にキョロくんの事を気に入っているわよね」

「うるせえなぁ、良いだろう別に」



ガミガミ爺さんの家の外に出るとジチさんが「さ!頑張って今日中に四の村に着くわよ!」と言い、カムカも「おう!」と言って張り切っている。


「あ、ごめん。ちょっと待ってて」

そう言うと僕は「瞬きの靴」を使う。僕が「【アーティファクト】!」と唱えると僕達5人は次の瞬間には四の村に着いていた。


カムカが「あれ?ここ…四の村じゃないか?今まで三の村に居たのに?」と言いながらキョロキョロと周りを見て驚き、ジチさんが「何よそれ!?こんなことが出来るならもっとゆっくり支度出来たじゃない!」と言って「ズルい!」「反則よ!」と叫んでいる。



カムカは「凄いなキヨロスは…。まあ早く着いて良かったな!」と前向きだが、ジチさんは「昨日、急に目の前に現れたんだから、こう言う可能性も考えておけば良かった」と言ってしゃがみ込んでがっかりしている。


「さ!マリオンを助けてマリーも助けようぜ!」

そんなジチさんをそっちのけでカムカはさっさとペック爺さんの家を目指す。

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