ガーデン。
さんまぐ
サンドボックス ガーデン。
南の「時のタマゴ」-神授・誕生。
第1話 成人の儀。
[1日目]
朝から村が慌ただしい。
今日は20年振りのお祭りで夜には宴があるらしい。
「らしい」と書いたのは、僕はそのお祭りに参加するのが初めてだからで、お祭りが20年振りなのはお祭りの主役となる15歳の子供が20年間居なかったからである。
今年、15歳になるのは僕と後は村はずれのナックと隣の家のリーン。
僕たちの誕生と20年振りにお祭りが行われる事を村のみんなが喜んでくれている。
村に新しい子供がなぜ生まれてこないのか、何か怪しい病気でも蔓延しているのではないかと僕は思い、昔お父さんとお母さんに聞いてみたことがある。
<命の絶対数>
この世界…「ガーデン」では命の数に限りがあって1人死んで土に還ると1人生まれてくる。
大昔、神様が作ったルールらしい。
ここ、サウスガーデンの人はサウスガーデンの人が亡くなると生まれてこられるそうで、西のウエストガーデンや東のイーストガーデンでもきっと同じなのだろう。
ここ数年、北のノースガーデンと西のウエストガーデンは戦争中で沢山の人が亡くなっている。不謹慎だけど西や北のガーデンでは戦争が終われば新しい命が増えるのだろうなと思う。
僕たちが生まれたと言うことはサウスガーデンの何処かで誰かが亡くなったのだろう。
誕生日が来る度にそんな事を思ってしまう。
僕たちが生まれて15年。
その間、サウスガーデンの何処かでは新しい命は生まれたのであろうか?
15年間、誰も…お年寄りも死なないのはいい事なのかも知れないけれど、なんか変な感じがする。
村の賑わいを聞きながら、僕は儀式に向かうために部屋から出た。
<成人の儀>
サウスガーデンの人間は15歳になると神の使いがやってきて成人のお祝いに神様からの贈り物を授けてくれる事になっている。
これは他のガーデンにはない事で、サウスガーデンだけの話らしい。
他のガーデンでは神様からの贈り物が貰えないのはなんだか損をした気がしてしまうのは贅沢な話であろうか?
贈り物の名は<神の遺物…「アーティファクト」>と言う。
大昔、神様が全能の力を人間の為に少しずつ模して作ったもので、ガーデンには色々なアーティファクトがあるらしい。
僕でも知っているのは国王様のアーティファクト「雷鳴の杖」と王妃様のアーティファクト「海鳴りの扇」で、お二人が陸海問わずにアーティファクトのお力で国を守ってくださっている。
アーティファクトと言っても別に村の人達のアーティファクトはどれもそんな凄いものではない。
サウスガーデンの人にはその人に相応しいアーティファクトが贈られる。
山に登って狩をする父さんには「祝福のナイフ」と言う切れ味の落ちないナイフが授けられたし、母さんは「愛のフライパン」と言う料理が格段に美味しくなると言うフライパンが授けられた。
この2つは一般的なアーティファクトでサウスガーデンに結構な数が授けられている。
この前もナック達とアーティファクトの話をした。
ベンチに腰かけながらナックが「俺は父さんと山に木を切りに行きたいからやっぱり斧が欲しいな」と言う。僕の脳内にはナックのお父さんの姿が思い浮かぶ。いつも腰には斧が装備されていて、その斧がアーティファクトだった。
僕は「ナックのお父さんは「剛力の斧」を授かったんだっけ?」と確認をする。
「そうなんだよ」と言ったナックはベンチから立ち上がると身振り手振りで説明をする。
「父さんはやはり木こりと村の番人になるのが決まっていたんだろうな。それにしてもアーティファクトは凄いよ。父さんの話だと硬い木も簡単に切れるし、切り口も綺麗なんだってさ」
ナックは僕の横に座るリーンに「リーンは何を授かりたいんだよ?」と聞く。
リーンは長い髪の毛を指でいじりながら「私はどうしてもこれが欲しいと言うのはないかな」と言う。「父さんみたいに美味しい料理が作れるアーティファクトでもお母さんみたいにどんな汚れ物も綺麗に洗濯できるアーティファクトでもいいわ」と言う。
ナックは「ふーん、欲がないな」と言いながら僕を見て「キョロは?」と聞く。
ナックが僕に聞いてきた。
本当はキヨロスと言う名前だけどナックとリーンからは愛称のキョロで呼ばれている。
「僕もあまりこだわりは無いんだ、それよりも父さんと母さんが無駄に期待しすぎていて困っているよ」
「キョロのお父さんとお母さん、昔からキョロを「この子は凄い子なんだ」って言っているからアーティファクトもありきたりのものではなくて珍しいアーティファクトを授かって欲しいのね」
そう、それはこじ付けだが父さんと母さんは、僕の勘が鋭いと思っていてその事で何回も「お前に救われた」と言っている。
父さんが狩りで山に登る日の朝に赤ん坊の僕が何をしても泣き止まないので病気を疑って狩りを延期したら丁度地すべりが起きて行かなくてよかったとか、物心つく前に普段探さないのにお母さんを探し始めた事に父さんは嫌な予感がして母さんを見に行くと村の外で魔物に襲われる所だったとかそう言う話が沢山あるらしい。
ちなみにだが今はそういう事は何もない。
みんなと何も変わらないので両親の期待には照れてしまう。
そう、僕はアーティファクトを授かれるなら生活に役立ってくれて村の人達とこれからも仲良く暮らせればそれでいい。
それだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナックたちとの話を思い出した僕は約束の時間が近づいてきた事に気付いて部屋を出ると父さんが居た。
母さんがいないのは夜の宴の為に広場に集まって皆で料理を作っているからだ。
父さんは僕を見て優しい眼差しで嬉しそうに「今から成人の儀だな」と話しかけてくる。僕自身も楽しみだと言う気持ちで「うん」と言う。
普段と言い方が違うからか心配した父さんは「緊張しているのか?」と気にしてくれる。
僕は「そんな事ないよ」と言って笑うのだけど父さんは僕の前まで来て肩を持って「大丈夫!お前は凄い子なんだから自信を持て」と言ってきた。
「きっと神様は私達みたいなC級ではなくB級、いやA級のアーティファクトを授けてくれるだろう!」
父さんの言葉に聞き覚えの無い話が合った事で僕は「C級?」と聞き返す。
「ああ、まだ話してなかったな、私達の持つ「祝福のナイフ」や「愛のフライパン」はサウスガーデンに多く普及するC級のアーティファクト、B級になると火の出る指輪や速く走れるようになる靴、A級になると大怪我だって簡単に治せるアーティファクトなんかがあるって話だ。お前ならA級もあり得るんじゃないかって母さんと話していたんだ」
そうか、アーティファクトには級があるのか…
きっと王様達のアーティファクトはA級なんだろうな。
それを僕が?父さん達の親バカも過ぎるな。
ついつい気恥ずかしさに照れながら「父さん、あまりプレッシャーをかけないでよ。これでみんなと同じ「祝福のナイフ」だった時には恥ずかしくて帰ってこられなくなっちゃうよ」と言うと肩に手を置いたままの父さんが「何だと!?」と言って手に力を入れる。
「そんな事はないぞ、お前は私達の自慢の息子なんだ!仮にアーティファクトをお前だけが授かれなかったとしても父さんは恥ずかしいなんて思わないぞ!!」
あー…ああ言えばこう言うなぁ…
そしてこれは話が長くなる奴だ。
でも丁度助けが来る事が僕にはわかった。
僕が「あ、父さん、迎えがきたから僕行くよ」と言うと父さんは話をちゃんと聞かずに「まだ話がだな!お前が何を授かっても父さんは…!」と言ったところでノックと共に扉が開きリーンが顔を出すと「こんにちは、キョロ行こう」と声をかけてくれる。
僕は父さんの肩に置かれた手を退かすと「うん、助かったよ」と言ってリーンの所に行く。
リーンが珍しそうな顔で父さんと僕を見て「キョロのお父さんどうしたの?外まで声が聞こえていたよ?」と聞く。僕は「いいのいいの」と言って微笑んだ後で「行ってきます」と言ってリーンと外に出てしまう。
ドアの外まで「父さんはな!いや、母さんもな!お前の帰りを待っているからな!」と言う父さんの声が聞こえてリーンと顔を見合わせて笑ってしまう。
キヨロスの父は言葉を最後まで言う前にキヨロスとリーンが成人の儀に行ってしまった事でやり場のない手と感情の始末に困っていた。
「しかしキヨロスは何も気付いていないのか?あの子は何でリーンちゃんが来たのがわかったのだ?そう言う所があるから私や母さんは、お前は凄い子と言っているのだ…」
そう言いながら手をワキワキとさせていた。
儀式が行われる村の外れの更に先<降り立つ川>のほとりに用意された祭壇で行われる。キヨロスとリーンが祭壇の入り口に行くと先に到着していたナックと村長が居る。
ナックが待ちきれずにソワソワしながら「遅いぞー!」と声をかけてくる。
僕とリーンが駆け寄ると「ごめん、間に合ったよね?」とリーンがナックに謝る。
村長が「時間には間に合っておる」と言うと呆れた表情でナックを見て「ナックは家も近いし我慢も出来んのでもう30分以上も前にな…私が来るよりも先に来て待っておった」と言って笑う。
僕が「え?そんなに早く来てどうするの?」とナックに聞くと「それは俺が一番にアーティファクトを授かるためだ!!」とナックは胸を張って言う。
呆れ顔のリーンは「別に早い者勝ちじゃないんだから時間通りで良くない?」と聞くと「甘い!」と言ったナックは「神様が俺のやる気を見てくれていたらナイフだったアーティファクトを斧にしてくれるかも知れないだろ?」と言い切る。
そう言われてみるとそんな気もする。
リーンも何となくそんな気がしたようで顔に「確かに」と書いてある。
村長は楽しそうに笑うと「面白い考え方だなナック」と言った後で僕達を見る。
「それにしてもお前達3人が無事に成人の儀を迎えられて私は本当に嬉しいよ」
村長は歳のせいかよく泣くので今も涙を浮かべて喜んでくれている。
「さあ時間だ、お前達…祭壇に行きなさい」
祭壇に近づくと光が祭壇を照らす。
その直後、文字通り空から人が降りてきた。
「おお…御使い様、20年振りに御座います」
村長は干からびてしまうのではないかと思うくらいに泣いている。
ナックとリーンは顔を見るまでもなく引いているのがわかる。
今、空から降りてきた人が神の使いらしい。
神の使いは優しい笑顔で村長を見て「久しぶりですね」と声をかける。
村長は腰が真っ二つに折れてしまう勢いでお辞儀をしながら「はい、無事に3人の子供が15歳になりました。<成人の儀>をよろしくお願いします」と言う。
神の使いは「わかりました、それでは後は私に任せて貴方は村へお帰りなさい」と言って村長を村に帰すと僕達を見てゆっくりと話し始めた。
「はじめまして、ナック、キヨロス、リーン。私は神の使いです」
神の使いは自分を神の使いと名乗った。
正直、見た目は普通の人間だ。
背はかなり高い。服装は前に見た事のある牧師の格好をしていて穏やかそうな雰囲気に似合った丸いメガネをかけている。
空から降りて来なければ神の使いと言われてもとても信用なんか出来ない、他所の村や王都から来た人に見えてしまう。そんな感じなのだ。
あ、神父様は神の使いなので間違いではないのか?
なんだかよくわからなくなってくる状況だなと僕は思った。
「羽根でも生やして羽ばたきながら降りてくれば信じてもらえたのですかね?」
驚いた。
心を読まれた?
「いえいえ、私は神様のように細部の閲覧は出来ません。顔を見ると感情がわかるのです。それで疑っているという事がわかっただけですよ。
リーンは驚いていて、ナックは感動しています。それも顔を見てわかった事です。後は経験ですかね、これまでも何人もの子供達にアーティファクトを授けてきましたから、中には疑うどころか戦闘を仕掛けてきた子供も居ましたよ」
これが神の使いの力の一部なのだろう、僕はこの会話で疑う事を辞め神様の使いなのだと信じた。
「さて、それでは成人の儀を執り行いましょう。【アーティファクト】!」
神の使いが右手を前に出して掌を上に向けてアーティファクトと言った。手元が少し光り、その光が収まると手の中に大き目の箱が浮いていた。
「これがあなた達にアーティファクトを授けてくれる「神の箱庭」です。
今から1人ずつ中に入って貰います。
中はちょっとした散歩道のようになっていますので引き返す事なく思うがままに歩いてください。
ある程度歩くと光る祭壇があります。
祭壇に手をかざして「アーティファクト」と言ってください。
祭壇が輝き、光が収まると手の中にあなたのアーティファクトがあります。
そしてアーティファクトを授かると箱庭から出て来られます」
神の使いは淡々と説明をしている。色々と気になるところがあるがこれが<成人の儀>のようだ。
「わかりました!じゃあ俺!俺から行って良いですか!!?」
ナックが身を乗り出して神の使いに頼み込んでいる。どうしても一番乗りにならないと気が済まないらしい。
優しく微笑んで「いいですよ」と頷いた神の使いが「決して引き返さない事、祭壇に手をかざして「アーティファクト」と言う事を忘れないでくださいね」と言うとナックは「はい!行ってきます!!」と言う。
ナックが言った途端、光がナックを包み込んで光ごと箱に吸い込まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナックの体が箱に吸い込まれてしまうのには驚いた。
「アーティファクトって凄いのね」
リーンも思わず口にしてしまっている。
それにしても引き返さないのは何故なんだろう?
それに僕たちはこんな軽装で行って良いところなのだろうか?
そう思いながら箱庭を見ていると「大丈夫ですよ」と神の使いが言う。
また心を読まれた。
正確には心を読まれた訳では無いらしいが、僕の疑問や心配は神の使いには全て見抜かれてしまう。
「引き返すと散歩道が迷路のように複雑になるんですよ。散歩道なら軽装でも問題無いですが迷路になると流石に心許ないですよね。それに迷路にしても授かるアーティファクトに変わりは無いんですよ。理由はわかりませんが疑り深い子への神様からのイタズラですかね?」
神の使いがニコニコと微笑ましい話のように笑いかけてくる。
それが本当なら神様は僕のような子供に神様はイタズラをしてしまうのだろう。
聞いておいて良かった。
そうだとしても、やはりナックがすぐに帰ってこない事は心配でならない。
リーンも初めてのことで心配になって「中とか、今ナックがどこらへんかとか見られないんですか?」と神の使いに聞いている。
「あなた方には見えませんが、これは私のアーティファクトなので私には見えますよ。もう少しで祭壇です。次の人は心の準備をしながらもう少し待っていてくださいね」
神の使いの言葉通り、少ししたら箱が光って中からナックが出てきた。
ナックは手には槍に斧が付いた武器を持っていた。
僕が「ナックお帰り」と声をかけると暗い声で「ただいま…」と返すナック。
ナックはどんよりとした顔をしている。
理由は聞くまでも無いだろう。
あれだけ欲しがっていた「剛力の斧」ではない別のアーティファクトを授かったのだから…かなり落ち込んでいる。
幼馴染で付き合いが長いだけあってリーンも何で声と表情が暗いかを察して「先っぽに斧が付いてるのね。良かったじゃない?」とリーンがフォローにならないフォローを入れている。
それでも暗いナックは「ああ…そうだな」と返す。
神の使いは優しく微笑むと「おかえりなさいナック。それは「大地の槍斧」ですね」と言う。
ナックは「「大地の槍斧」…?木は切れますか?」と真っ先に木が切れるかを聞く。
神の使いは突然の質問に引き気味に「え?…え?木?木ですか…切れると思いますよ」と返すとナックは縋るように「本当ですか?俺、父さんと山に木を切りに行けますか?」と詰め寄る。
「ええ、その槍斧なら練習をすれば山道に落ちている邪魔な大岩も壊せますし村に入り込んだ野生動物も退治できます。村の役にも立てますよ」
この言葉に「うぉおぉぉぉっ!やったぁぁぁ!!!父さんやったよ!!」と、さっきまでのどんよりした顔が嘘のように喜ぶナック。
後で慰めることにならなくて済んだことに僕とリーンはホッと胸をなでおろした。
「良かったねナック。それで散歩道はどうだった?」
「ああ散歩道か、不思議なんだよな、今は夏の手前なのに箱庭の中では木々が紅葉なんだよ、それで一本道だったんだけど石畳の道を引き返さないで進むと祭壇があったんだよ。景色が奇麗で気持ちよかったよー」
ナックの表情を見ると本当に軽装で問題無さそうだ。
満足そうに頷いた神の使いは僕とリーンを見て「さて、次は誰が行きますか?」と聞く。
僕は即座に「僕が行きます」と言う。
前のめりの僕にリーンが意外そうな顔をしている。
どうしてもリーンが安心して行けるか僕自身で確かめておきたくて名乗り出た。
その事にナックは嬉しそうに「キョロ、やる気だな!」と声をかけてきて、リーンが「先に行くって思わなかったわ」と驚いている。
会話の切れ目で神の使いは「ではキヨロス、行ってきなさい」と言う。
その言葉を聞き終わる時には僕の身体は光に吸い込まれて行った…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
光が収まると僕は石畳の上にいた。
ナックは紅葉と言っていたが、目の前は一面雪景色でしかもしっかりと肌寒い。
夏前の薄着姿の僕は「この薄着で雪の中を歩くのか…」と漏らしてしまう。
雪こそ降っていないが、周りの木々には雪が積もっていて見ているだけで寒々しい。
寒さが不安に拍車をかける。
「石畳が雪で滑るな…」
滑る足元に注意をしながら歩くと分かれ道が現れた。
「分かれ道?ナックはそんな事言ってなかったぞ…どっちが正解なんだろう?」
右の道は変わらず石畳の道で雪が積もっている。
左の道は石畳ではなく土の道だが上り坂になっている。
この箱庭の中はどうなっているのだろう?
ナックの話と全然違う。
これがアーティファクトの力なのだろうけどこれは困った。
とりあえず僕は滑る足元が気になり石畳の雪道を避けて左の上り坂の方に進むことにした。
少し歩くと不安になってきた。
実は右が正解で左は大変な道であったのかもしれない。
石畳が無いだけで明日気安いが不安になる。
ただ神の使いの言う事が本当であれば引き返すと大変なことになるだろう。
それならば進むしかない。
しばらくすると上り坂が終わった。
本当ならどれだけ上ってきたのかを確認したいところだが、万が一振り返る事も禁止事項に含まれていたら大変な事になるだろう。
今、振り返る事を諦めた僕の目の前にはなだらかな下り坂が広がっている。
「今度は下りか…」
まあ、上ったのだから下るのは正しいのかもしれない。
少し下った頃、後ろの方…それも遠くの方から何かが走ってくる音が聞こえてくる。
後ろは振り返れないし、そもそも何も武器になりそうなものを持っていない。
物凄い恐怖が僕を襲う。
「追いつかれては駄目だ」
直感的にそう思った僕はなだらかな下り坂を駆け下りていく。
不思議な事だが、駆け下りる僕の耳に後ろから迫る足音が聞こえる。
4つ足の動物…イノシシや鹿のような足音…だが速い。
あっという間に追いつかれるかもしれない。
足に力を込めて更に走る速度を上げる。
それでも引き離すことは出来ない。
それどころか足音が増えている。
「2匹?いや3匹か?」
考えるよりも足を動かすことに集中するんだと言い聞かせて走る。
少ししてふと疑問に思う。
この坂道はどこまで続いているのであろうか?
そう思った時、目の前の道は途切れて崖になっていた。
「散歩道は!!?」
僕は思わず声を荒げてしまった。
「道!?道はないの!!?」
崖から落ちないために目を凝らす。
きっと右か左に道があると思うのだが見当たらない。
もう後50メートルもすると崖っぷちに着いてしまう。
減速をするならそろそろ減速をしなければいけない。
道を探す僕の目にはとんでもないものが写った。
「嘘だろ?」
およそ15メートルの崖の間に何個かの足場が見える。
しかも初めの足場までは少し距離がある。
「まさか飛べって事?」
見える足場は近づいた事でわかったがせいぜい足が3つ乗る分くらいの大きさしかない。
今の速度を維持して崖ギリギリで大ジャンプをして足場に飛び乗って休むことなく対岸まで何回か飛ぶしかないのである。
ナックは紅葉が奇麗な散歩道を歩いただけと言っていた。
それなのに僕はなんでこんな目に遭っているのであろう?
やる気の問題か?何が原因だ?簡単の次は難しいのか?それならリーンを行かせないでよかった。
そんなことばかりを考えてしまう。
今は飛ぶことに集中しよう。
気持ちを飛ぶことに切り替えて今の速度を助走にして飛ぶしかない。
できる事なら一度息を整えたいが後ろから聞こえる足音はまた増えた気がしている。
万一捕まったらどうなってしまうのか?
飛ぶ恐怖と後ろの何かに捕まる恐怖では後ろの何かの方が断然怖い。
このまま飛ぶしかない。
飛んだ!
一瞬の事なのに時間がゆっくり流れている感覚におちいる。
「あれ?落ちたらどうなるんだろう?」
今更そんな事を考え始めるとしっかり怖くなった。
そうこうしている間に一つ目の足場に左足が着く。
そのまま勢いに乗って次の足場に向かって飛ぶ。
数秒前に聞こえた足音が聞こえなくなった。
どうやら何かは追ってこれないようだ。
そう思っていると二つ目の足場だ、右足を着けたら三つ目の足場に向けて飛ぶ。
「あと一つ!!」
そう思っていると後ろ、下の方から水音が3つ聞こえてきた。
何かは3匹居て、全部崖下に落水したようだ。
無事に最後の足場を渡り切り、対岸に飛び移った。
本当は振り返って僕のやったことを褒めたかったのだが、振り返るのを我慢して先に進む。
いい加減疲れた僕は「あと、どれだけかかるんだろう…?」とぼやく。
早く帰らないとリーンの番も残っているし宴が始まってしまう。
そんな僕の目の前にようやく石畳が現れた。
「正解って事かな?」
安堵感にホッと胸をなでおろしながら僕は先を急いだ。
周りの木々に雪は積もっているが今度は石畳に雪はない。
「それどころか石畳が暖かく感じるのはなんだろう?」
最初は冬の曇天だったのだが、今は陽が差すようになっている。
「そう言えば、光る祭壇があるんだっけ?」
あまりいい印象のないなだらかな上り坂を進んでいくと、ようやく祭壇が目の前に現れた。
「これが目的地か」
手をかざして後はアーティファクトと唱えれば箱庭から出られる。
僕はどんなアーティファクトが欲しいとか何も考えずに手をかざしていた。
「【アーティファクト】」
かざした手に光が集まり来た時と同じように光に包まれる。
光が収まった時、僕の手には何があるのだろう?
あれ?ナックはこの時すでに何を授かったのかわかっていたよな?
僕はなんでわからないんだろう。
僕は欲しいものをきちんと考えてから手をかざすべきだったのではないかと後悔していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます