ガイコツ先生

 晴嵐学園の歴史は古い。


 戦前の私塾経営から始まり、高度経済成長期には職業訓練高校へと姿を変え、生徒数増加に伴う増改築を繰り返して今の私立高校となった。


 そんな話を道すがら神楽坂先輩が教えてくれた。


「歴史があるぶん怪談には事欠かないわ。過去に何度もオカルトブームが起こって、その度に新しい七不思議ができたなんて記録もあるみたいだし」

「じゃあ、今回も七不思議になるんですか」

「い、いや。今回噂されている怪談の数は7つ以上ある。も、もともと七不思議と言われているのは、人は7という数字に特別な意味を感じやすいからで、過去の七不思議もその時流行った噂話から、面白そうなものを7つピックアップしたものだと、思う」

「今回も場合によってはいくつかの怪談を七不思議って記事を書くかもね。ようするに言ったもん勝ちよ」


 身も蓋もない言い方だった。


 そんな話をしながら歩くこと少し、訪れたのは古い木造の建物だ。


「ここが晴嵐学園の旧校舎よ」


 数年前に建て替えられた本校舎からつながる旧校舎は、不思議とどこか馴染みのある雰囲気がする。


 それもそのはず、相談部の部室がある部室練と同じ時期に建てられたものだからだ。


「そういや、ここに来るのは初めてだな」

「1年生ならそうでしょうね。2学期になると芸術の選択授業で来る機会があるわよ」


 美術室なんかはまだ使われるらしいが、その他の教室はほとんど空き教室になっているか備品置き場になっているとのこと。


「で、ここが今は使われていない理科準備室。隣は昔使われていた理科室ね」


 どちらも新校舎がで来てからそちらに移設したそうだ。


「怪談の噂があるのはこの旧理科準備室ね。普段は施錠されていて入れないんだけど、今日は取材のために鍵を借りてきたから」


 そう言ってガチャリと鍵を開ける。


「さ、どうぞ」

「吉岡さん。お願いします」

「は、え? 俺が先行するのか?」

「何言ってるんですか。男の人でしょ?」

「お前……お化け怖くねえくせに」


 仕方なく旧理科準備室の扉を開ける。


「うおっ!!」


 そして、部屋の中にあったものを見て声を上げてしまった。


 中はごちゃついていて、様々なもので溢れていた。


 しかし、そんな状況下で真っ先に目に飛び込んできたのはガラスケースに入れられた等身大のだった。


「うわ、びっくりした……人体模型か」


 驚きのあまり心臓が飛び出るかと思った。


「はー、こりゃ年代物だな。俺の小学校にもあったよ」


 ただの模型ならたいして怖くない。そう思い胸を撫で下ろしたが、桐花が恐ろしいことを言い出した。


「これ……もしかして本物の人骨ですか?」

「は?」

「さ、さすがだね。そうだよ、実はこれ本物なんだ」


 何が面白いのか百目鬼先輩がヒヒヒと笑う。


 よく見れば、子供の頃見た人体模型と違ってところどころワイヤーようなもので補強されていたり、一部ひび割れ欠けているところもある。


 何より全体的に黄ばんでいる。よく白骨死体と表現されるが、本物の骨の色合いは白でないことがよくわかる。


「ひっ」


 ガラスケースに収められているが、人間の死体であるということを理解すると、喉の奥から奇妙な音が漏れる。


「こ、この骨格標本の主は晴嵐学園のOBでね、高名な教授だったらしい。自分の死期が近いと悟った時、遺言で自身を標本として未来ある生徒たちの良き学びになるように学園に寄贈したんだって」

「へー、立派な人ですね」


 なんて事のないようなセリフ。


「まじかよお前……本物の人骨を目の前にして感想がそんなあっさりしたものなのか?」

「私からすれば何が怖いのかさっぱりわかりませんね。私たちの体の中にもある物じゃないですか」

「それが剥き身で置いてあるから怖いんだろうが!」


 こいつ、ミステリー小説の読みすぎで感覚バグってるんじゃないか?


 慄く俺を無視して桐花は百目鬼先輩に質問する。


「それで、どんな噂が流れているんですか?」

「う、うん。この旧理科準備室なんだけど、当然今は使われてないからさっきみたいに鍵がかかってる。か、鍵は教職員が管理してるから生徒の出入りはない。でもーー」


 百目鬼先輩は窓に近づき、真っ黒な遮光カーテンを開ける。


「み、見ての通り向こう側に本校舎があるんだけど、昼休みにそこからこの部屋の窓に映った人影を見たって生徒が多発してるんだ」

「生徒が出入りできないこの部屋で人影の目撃なんてあり得ない。じゃあ自分が見た人影は一体何? その答えがこのガイコツ先生よ」

「……ガイコツ先生」


 改めてその骨格標本を見る。間違いなく気のせいだが、俺はそのガイコツが微かに動いたように感じた。


「ガイコツ先生は死後も生徒たちのために昼休みを利用して授業の準備をしている。そんな噂が立ってるの」


 聞く限り害のない怪談、しかしそれと感じる不気味さはまた別物だ。


「ふむ、ガイコツ先生ですか」


 なんだかんだ言いつつ、この手の謎が大好物の桐花は興味深そうに骨格標本を見つめる。


 そして旧理科準備室一帯を見回す。


 ガラスケースに収められた骨格標本。


 締め切られた真っ黒なカーテン。


 本棚に収められた教科書や図鑑。


 壁際に置かれた事務机とキャスター付きの椅子。


 ごちゃごちゃと置かれた名前のわからない実験道具。


「わかりましたよ。この謎の正体が」

 

 そして得意げな顔でそう宣言する。


「窓から人影が見えたという話でしたが、見ての通り窓は遮光カーテンで遮られています。当然遮光カーテンは光を通さないため、人影がカーテンに映るわけはない。ということは昼休み、このカーテンは開けれていたことがわかります。さらに、使われていない部屋のはずなのに埃っぽさはなく、掃除も綺麗に行き届いています。つまり、この部屋でーー」

「あ、ごめんね桐花さん。実はガイコツ先生の正体はわかってるの」


 と、桐花が興に乗り始めたところで神楽坂先輩からストップがかかる。


「へ?」

「職員室で鍵を借りた時に聞いちゃったの。理科の先生がお昼ご飯を一人で食べるためにこの部屋を利用してるんだって。窓に映った人影は、食後換気のために窓を開けてたその先生らしいわ」


 あっさりとした口調で怪談の正体を明かされ、出鼻を挫かれた桐花が顔を歪める。


「……超不完全燃焼です」

「ご、ごめんね? でも正体がわかっていない怪談はまだあるから」


 不貞腐れる桐花を神楽坂先輩が必死にフォローする。


 やはりと言うべきか、怪談の正体はなんて事のないものだった。その事実に胸を撫で下ろす。


「とまあこんな感じで。噂されている怪談を一つ一つ見ていこうと思うの」


 そして怪談を広めてオカルトブームを作り出したとされる黒幕を探す、か。


 本当にそんな人物がいるのだろうか? いたとして、見つけ出すことなんて可能なんだろうか?


 そんな疑問を抱きながら俺たちは次の現場へと向かった。

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