第7章 永遠に続く日々の怪談を
第7章プロローグ 心霊探偵桐花咲
「わかりましたよ、この事件の真相が」
放課後。
雨が降り続ける校舎裏で、我らが恋愛探偵桐花咲は自身の推理を披露していた。
「『
そう言って桐花は校舎の反対方向、学園の敷地を隔てるフェンスの向こう側の街並みを仰ぎ見る。
その方角は北東。つまり鬼門と呼ばれる方角だった。
「調査の結果、この先に大きな古い団地があり、数週間前にそれが取り壊されたことがわかりました。その結果、団地によって遮られていた音が通るようになったんです」
「音?」
「はい。その音は公民館が放送している午後5時を知らせる時報です。その時報が付近の建物によって反響を何度も繰り返して、最終的に皆さんが部活を行なっているこの一角にピンポイントで届くようになっていたんです。唸り声のように聞こえたのも、反響を繰り返したことで音が重なった結果でしょう」
そして、桐花はビシリと生物部の部員を指差す。
「唸り声の正体は、偶然が重なった結果起きた自然現象です。生き物の唸り声ではなく、ましてやオカルトな現象ではありません」
堂々と言い切る。
そんな桐花の推理を聞いた生物部の女子生徒はヘナヘナと力が抜けたように、こう言ったのだった。
「よ……良かったぁ。本当に怖かったぁ」
6月下旬。
梅雨真っ盛りである。
衣替えが行われてから徐々にそのギラつき具合をあげてきた太陽は、もうこのまま夏を迎えるのではいか、と思わせる直前に雨雲の向こうに姿を消した。
そして今日も今年度の連続降雨記録を更新中だ。
「ほらよ、お疲れさん」
「ありがとうございます、吉岡さん」
俺は桐花の小ぶりな傘を返す。
推理を披露する時は身振り手振りが大きくなるこいつのために、俺が傘を預かって雨除けを担当していたのだ。 (だったら校舎の中で推理をお披露目すればいいではないかと、思わんでもない)
雨音が傘を鳴らす中、俺はしみじみとつぶやいた。
「しっかし増えたよな、心霊相談」
「全くです」
ややうんざりとした様子で桐花がため息をつく。
この手の相談を受けたのは今日が初めてではない。梅雨入りを前後して、この学園は空前のオカルトブームに襲われた。
空き教室で幽霊を見ただの、誰もいない校舎でピアノが鳴っていただの、そんな噂がまことしやかに囁かれている。
「この学園の生徒はノリがいいというか。体育祭の時も思いましたが、どうも影響を受けやすい傾向にあるみたいですね」
一足早い夏の怪談シーズンの訪れか、はたまたこのどんよりした空模様がそうさせるのか。理由はわからないが学園全体が妙な雰囲気になっているのは確かだ。
それを面白がっている連中はまだいい。中には本気で怖がる生徒が出てきて、そういった奴らが我ら相談部に持ち込んでくるのだ。
「……私一つ文句を言ってもいいですか?」
「なんだよ? そんな改まって」
「吉岡さん。もういい加減怖がるのやめてください」
「うっ」
桐花の言葉に顔を歪める。
「べ、別に怖がってねーし! 幽霊だろうが超常現象だろうがどんと来いだしっ!!」
「いやもう、今更誤魔化せるわけないでしょう。心霊相談を受ける度に吉岡さん私の制服の裾つまんで引っ張るもんだから、少し伸びた気がするんですけど?」
呆れたようにため息をつかれる。
「何をそんなにビビってるんですか、学園一の不良が。幽霊なんているわけないでしょう」
「いや、奴らは確実にいる。俺は見たことがあるんだ! あれは、小学生の夏休みの時ーー」
「はいはい、その話はもう聞き飽きました」
くっそこいつ。少しでも怖がれば可愛げがあるのに。
「吉岡さんも他の皆もありもしないものを怖がりすぎなんですよ。おかげで最近心霊相談ばっかりじゃないですか」
「何が不満なんだよ? お前からすりゃ好きな謎解きが思う存分できるからいいじゃねえか」
俺にとってはたまったもんじゃないが。
「不満ですよ! いくら謎解きが大好物だろうと、同じものばかりじゃ飽き飽きします。例えるならそう、毎日毎日焼肉ばかり強制的に食べさせられているようなものです。いくら焼肉が大好きだからと言って食べ続ければ嫌にもなりますよ。たまにはお寿司が食べたいんです!!」
「……何、腹減ってんの?」
「恋愛相談が受けたいという話ですっ!!」
俺の返事が気に入らなかったのか、桐花は大声を出して詰め寄ってきた。
「気づいてますか吉岡さん? せっかく生徒たちのお悩みを解決するための相談部を立ち上げたのに、これまで受けた依頼の中に恋愛相談が一つもないことに!!」
そう言って慟哭するが、桐花の数々の武勇伝 (決して褒め言葉ではない)が知れ渡っているこの学園でお前相手に恋愛相談する奇特な奴がいるとは思えない。
俺だって誰か好きな相手ができたとしても、こいつにだけはバレないように徹底すると心に決めているぐらいだ。知られたら欲望の肥やしにされるのが目に見えている。
「いや、ほら。清水先生よく恋愛相談してくるじゃん」
「あれは恋愛相談じゃなくて、人生相談です!!」
「……そうだな」
異論ございません。
「なぜですか! 10代の青少年なんて絶えず色恋沙汰に頭を悩ませているはずなのに!」
「そりゃお前の偏見だ」
「そのための相談部なのに! 恋愛相談が持ち込まれたら私、喜んでお手伝いするというのに!!」
「その喜んで、ってところがダメなんじゃねえかな」
雨音をかき消すような桐花の嘆きが響き渡る。
梅雨。
なぜか怪談やら幽霊の目撃談が増え続けているこの学園で、桐花は恋愛相談を渇望する。
しかし案の定というべきか、次に持ち込まれた依頼は恋愛相談ではなくまたしても心霊相談であった。
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