第24話「騎士の苦労」


「俺は今、気が立ってる」


 イヴァンの冷え切った台詞を皮切りに、男たちが馬車の中に侵入してきました。

 わたしたちを引き摺り出そうとしていたようですが、それはもちろん叶いません。


「この人に指一本でも触れてみろ。地獄に落としてやる」


 相手が本物の誘拐犯なら──子供でないなら、遠慮はいらないのです。

 イヴァン一人で、襲って来た男たちを一網打尽にしてしまいました。

 私の出る幕もなく。


「怪我ないか?」


「怪我も何も、私は見ていただけよ」


「それなら、いい」


 イヴァンが、ほっと息を吐きました。


「貴方は?」


「ん。大丈夫」


 二人とも特に怪我をすることもなく事を終えることができました。

 イヴァンと御者、集まって来た野次馬たちで男たちを縛り上げいきます。


「くそっ!」


「こんなの聞いてないぞ!」


「今日はひよっこの騎士が護衛だから余裕だと言われたのに!」


 襲って来た男たちが口々に文句を言います。


「誰に言われたの?」


「……」


 私が問うと、黙ってしまいました。


「誰に雇われたの?」


「……」


 すでに前金を受け取っているのでしょう。

 もしくは、依頼主からの復讐が恐ろしいか。

 後者であるなら、依頼主は権力を持った人物です。


「イヴァン、剣を貸して」


「はい」


 スラリと引き抜かれた剣を借りて、一人の縄を切りました。


「なんで」


「飼い主に伝えなさい」


 男の首筋にヒタリと刃を当てます。

 ああ、少し切れてしまいましたね。血が滲んでいます。


「私に用があるなら、直接来なさい」


 誰かが持って来たランプの灯りが反射して、刃がキラリと光りました。


「ただし、私はいつでも剣を持っているわよ」


 男はガタガタと震えて動き出そうとしません。

 少し、脅し過ぎたでしょうか。


「さあ、行って!」


 その背を蹴り上げると、男は慌てて駆け出しました。

 道の向こうへ消えていく男の背中を、ため息と共に見送ります。


「では、あとはお願いしますね」


 周囲には、すでに第一騎士団が駆けつけていました。

 数名が男の後を追っていきます。


「さすが『獅子姫』は怖いね」


 声をかけて来たのは、見知った人でした。


「ドルーネン卿」


「俺たちの出番はなかったな」


「私には優秀な騎士がついていますから」


 その騎士は、真っ赤な瞳でドルーネン卿を睨みつけています。今にも噛み付いてしまいそうな様子です。


「何か心当たりはありますか?」


 襲われた理由についてですね。


「ありません。誰かの恨みを買うようなことをしたかしら」


「恨み以外は?」


「恨み以外、ですか?」


「例えば、特定の誰かに言い寄られたり、とか」


「私のような粗野な女に言い寄るような殿方はいませんよ」


 笑って答えると、ドルーネン卿は奇妙な表情を浮かべました。


「……それ、本気で言ってるのか?」


「ええ。貴方も私に求婚してくださったのは、何か理由があったのでしょう?」


「は?」


 今度は、その額に青筋が浮かびます。

 何か怒らせるようなことを言ったでしょうか。


「俺が貴女に惚れたからだ、とは思わないんですか?」


「惚れる?」


 彼が何を言ったのか、すぐには分かりませんでした。


「剣を交えて、しかも自分を負かした女に?」


 そんな状況で惚れるだなんて。

 色恋というものは、もっとロマンチックな物語の中で生まれるものです。


「あり得ないでしょう?」


「なんてこった」


 ドルーネン卿は頭を抱えてしまいました。

 その姿をイヴァンが哀れなものを見るような目で見つめて、優しく肩を叩いています。


「お前ら、苦労してるんだな」


「ああ。お前も、まあ、頑張れ」


 なぜか、二人の間に友情が生まれたようです。

 よく分かりませんが。

 まあ、それはそれで良かったですね?


「おっと、いかん」


 道の向こうから、複数の馬の駆ける音が聞こえて来ました。

 第一騎士団の本隊が到着したのでしょう。

 それに気づいたドルーネン卿が顔をしかめます。


「どうしたんですか?」


「団長から、貴女との接触を禁止されているんですよ。クビになってしまう」


「ヒルベルト!」


 馬上から、怒声が上がります。

 彼が第一騎士団の団長でしょう。

 ひらりと馬から降りた一際立派な出立ちの騎士が、こちらに駆けて来ます。


「シーリーン嬢、申し訳ありません!」


 騎士団長が、ドルーネン卿の頭を押さえつけました。


「この男は二度と貴女に近づけさせません。今夜は緊急事態のこと、どうかお許し下さい」


「お気になさらないでください」


「ご温情に感謝します」


「私は本当に気にしていないの。剣術のお話も聞きたいし。ドルーネン卿には、ぜひ会いに来ていただきたいわ」


 私が言うと、周囲がシーンと静まり返ってしまいました。

 どうしたのでしょうか。


「こいつがシーリーン嬢に会いにいく事を許すと、そうおっしゃるのですか?」


「ええ」


「こいつは、あのような形で貴女に求婚したのですよ?」


「そうですね。その件もお話したいと思っているのです。何か事情があるのでしょう?」


「……」


 騎士団長も何やら複雑な表情を浮かべて、イヴァンに視線をやりました。

 それを受けたイヴァンが、首を横に振ります。

 何かを理解したのか、団長が頷きました。

 無言の内に、会話が成立しているようです。


「どうか、しましたか?」


「……いえ。他でもない、貴女にお許しいただけるなら」


 騎士団長が押さえつけていた手を離したので顔を上げたドルーネン卿は、ニヤリと笑っていました。


「今日ばかりは、この鈍感に感謝だな」


「え?」


 小さな呟きは、よく聞き取れませんでした。


「では、また後日。改めてお伺いします」


「ええ。お待ちしていますわ」





 この事件の真相は、数日後に訪ねて来たドルーネン卿から聞きました。


「黒幕はアベイタ男爵令息でした」


 聞いたことのある名前です。何度か、夜会でお会いしたことがある方ですね。


「貴女と何度も踊り、何度もアプローチしているのに、冗談だと笑って受け流されてしまうので強硬手段に出た、と話しているそうです」


 それを聞いたシュナーベル卿やデラトルレ卿、マース伯爵、リッシュ卿にイヴァンまで、あの奇妙な表情を浮かべていました。

 みんなで同じ表情をして、何か言いたげにこちらを見て。


「なんですか?」


「……なんでもありません」


 結局、何も言ってくれないのです。

 私に隠し事でしょうか。


「そういえば、『赤い瞳の少年と王女』の公演が始まりましたね」


 マース伯爵が、わざとらしく話題を逸らしました。

 イヴァンの生い立ちを追った物語の劇場公演の話です。


「ええ。私たちも、五日後に見に行きます」


 仕方がないので、その話題に乗って差し上げますわ。

 男の方達の秘め事を根掘り葉掘り問いただすほど、野暮ではありませんからね。

 それに、その公演を楽しみにしているのは本当です。


「チラシをご覧になりましたか?」


「ええ。王女様と赤い瞳の少年との恋物語、と謳われていましたね。私たちのお話とは少し違いますけど、とても楽しみですわ」


 チラシには、あらすじが載っていました。

 『赤い瞳の少年は、愛する王女様を守るために長い旅に出る』と。


恋物語ラブストーリーに脚色してしまうだなんて、素敵ですね」


「はははは」


 イヴァンは笑っていますが、その表情は……なんというか、死んだ魚のようです。


「ごめんなさい。貴方は嫌よね、こんな風に脚色されるだなんて」


「いいんです。……俺も、楽しみです」


「そう?」


 他の面々がイヴァンの肩を叩く姿に、私は首を傾げるのでした。

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