第15話「何度だってやり直せる」


「おれ恥ずかしいんだ」


「恥ずかしい?」


「姫さんに、こんなことしかしてあげられない」


「十分でしょう?」


「俺は弱いし。姫さんの方が強い」


「私を助けてくれたじゃない」


「でも、それだけだ。俺はもっともっと姫さんを助けたい。頼りにされたい」


 少年の赤い瞳が、伏せられました。

 『助けたい、頼りにされたい』

 その言葉を、真っ直ぐ伝えることが出来ない。自信が、なかったのでしょう。


「おれ、悪いこといっぱいした。俺は姫さんの近くには、いちゃいけない」


 小さな声でした。

 小さな悪事の積み重なりが、彼を真っ当な道から遠ざけてしまった。

 そのことを心から後悔すると同時に、恥だと感じていたのでしょう。


「それなら、やり直せばいいわ」


「やり直し?」


「そう。誰もが失敗することもある。時に、悪いことをしてしまうこともあるわ」


 雪が降っていました。

 二人の周囲は一面の雪景色でした。

 少年の灰色の髪に白い雪が積もって、周囲の景色に溶けていってしまいそうで不安でした。

 だから、彼の手を強く握りしめました。


「その度に、やり直せばいいの。何度だってやり直せるわ!」


「許して、もらえるかな?」


「罪は償うことができる。あなたの心に誠意さえあれば」


「誠意……。うん!」


「待っているわ」


「本当に?」


「ええ。あなたが罪を償って、私のそばに来てくれるのを」


「そばに、行ってもいいの?」


「もちろんよ。私のことを助けてくれるのでしょう? 頼ってもいいのでしょう?」


「うん!」


 握っていた手を引かれました。


「ひゃっ!」


 勢いのまま、雪の上に二人で転がります。

 異性との過度な触れ合いは苦手だと何度も言いましたが、イヴァンは私にじゃれつくのをやめませんでした。触れられる度におかしな声を上げる私を、彼は面白がっていたのです。

 しかし、この抱擁だけは、それとは違うものだと分かりました。

 頬に触れる冷たい雪の感触とは対照的に、私を抱きしめる両腕が確かな熱を持っていたから。


「待ってて」


「ええ。待っているわ」


「俺、必ず行くよ。姫さんのそばに。……俺が姫さんを守るよ」


「約束ね」




 * * *




「ずいぶん時間がかかっちまったけど、ちゃんと来たぞ!」


 イヴァンが、私の手をとって微笑みます。


「これからは、俺が姫さんを守るよ」


「ひゃっ!」


 手の甲に口付けられて、驚いて思わずおかしな声が出てしまいました。

 ネグリジェ姿の私は、今は素手です。


「はは! 相変わらずなんだな!」


 その反応に、イヴァンは嬉しそうに笑います。


「君、あまり気安く触れるものではないよ」


 そんなイヴァンの肩を引いたのはデラトルレ卿でした。

 そのまま、流れるような動作で私にマントを着せ掛けてくれます。


「お知り合いですか?」


「汚れてしまいましたね」


 シュナーベル卿がイヴァンの手を払い除け、リッシュ卿がハンカチで私の手の甲をゴシゴシと拭きました。

 その様子に、イヴァンが眉を寄せます。


「そっちこそ、姫さんの何なのさ」


「まあまあ。そういう話は、後にしましょう」


 しかめ面の四人の間に入ったのはマース伯爵です。穏やかなようですが、少し怒っているようにも見えます。

 バチバチと音が聞こえてきそうなほど睨み合っていますが、どうしたのでしょうか。


「イヴァン殿は、どうしてこちらに?」


「頼まれたんだよ」


「どなたかに、奴らを捕らえることを頼まれた、ということですか?」


「そうそう。黒幕を成敗してやってほしいって」


「どなたに?」


「モニカのお父さん」


「モニカ・シーレ子爵令嬢ですね。3ヶ月ほど前に誘拐の被害に遭って、今は領地で療養しているはずです」


「そうそう。こっちに来る道中でいろいろあって、世話になったんだ。で、お礼に何すればいいかって聞いたら、頼まれた」


 イヴァンが、青年たちに向き直ります。


「モニカが心配してた。『とても優しい子たちなのに』って。『戻れなくなる前に助けてやってほしい』って」


 青年たちの瞳が、キラキラと揺れました。

 モニカ嬢の優しさが、彼らに届いたのです。

 彼らのことを憂いていたのは、私だけではなかったのですね。


「俺、ほんとに、ごめんなさい」


 一人が謝罪すると、青年たちが次々に頭を下げていきます。

 その姿に、マース伯爵も頷きました。

 彼らに罪が及ばぬよう、マース伯爵が手を回してくださるでしょう。


「お嬢様!」


 そこへ、駆け込んできたのはクロエとナタリーでした。

 その後ろから、貧民街の子供たちが続きます。


「お怪我はありませんか!」


「心配しましたぁ!」


 二人のメイドが私に縋り付きます。


「ごめんなさいね、心配かけて。私は大丈夫よ」


 その言葉に、子供たちからも歓声が上がりました。


「僕たち、ちゃんとできたよ!」


「ね!」


 子供たちがデラトルレ卿を見上げました。

 デラトルレ卿が、一人ずつ頭を撫でていきます。


「本当によくやった。君たちのおかげで、お嬢様を助けることができたよ」


「その子たちが?」


 青年たちが首を傾げます。


「僕たちが、ここを見つけたんだ!」


「みんなで探したんだよ!」


「手分けして、探したんだ!」


「みてみて!」


「こうやって、地図に印をつけるんだよ!」


 子供たちが、次々に説明します。

 その手に持つ地図には、バツ印がたくさん書き込まれています。


「そんな方法、どうやって?」


 青年たちの疑問はもっともです。

 貧民街の、それも子供たちが『捜索範囲を分担』し、『収集した情報を可視化』し、『情報共有』しながら捜索活動を行なった。

 無駄のない方法は、とうてい彼らに思いつけるものではなかったでしょう。

 少し前の・・・・彼らになら。


「草むしりと一緒だよ!」


「草むしり?」


「場所を決めてやるんだ! そしたら、無駄がないでしょって!」


「終わったらみんなに声をかけて、次の場所に行くんだよ!」


「草が山になってるところが、終わったところ! 山のないところがやってないところ!」


「お嬢様が教えてくれたんだよ!」


 嬉しそうに話す子供たちは、どこか誇らしそうです。

 デラトルレ卿に事前に頼んでありました。

 『貧民街の子供たちに捜索を手伝いを依頼してほしい』と。そして『子供たち自身が考えて行動できるよう、さりげなく手助けしてほしい』と。


「そうよ。学んだことは、そうやって応用していくのです」


 彼らは今まさに、生きる術を身につけようとしています。


「ありがとうございます。あなたたちは、英雄ね」


「英雄?」


「そうよ。誘拐された公爵令嬢を救い出したのですもの」


「わあ!」


 子供達から、歓声が上がります。

 今日のことを、彼らはきっと忘れないでしょう。自分たちの手で公爵令嬢を救い出した日のことを。

 そうした積み重ねが、彼らを育てるはずです。


 もっともっと誇っていい。

 その誇りを胸に、生きてほしい。

 生まれの貴賤は関係ありません。


 生きる術──それは、『生きる糧を得る方法を学ぶこと』だけを指すのではないのです。


 失敗しても、何度でもやり直せばいい。

 これからも、胸を張って生きていきましょう。

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