第11話「噂話」


「ねえ。ほら見て」

「あら」

「素敵なドレスね」

「変わった刺繍だわ」

「あんな素敵なドレス、見たことないわ」

「素晴らしい色使いね」

「本当に」

「素敵ねぇ」


 今夜で、三度目の夜会です。


「ずいぶん、風向きが変わってきましたね」


 エスコートを買って出てくれたリッシュ卿は、心なしか嬉しそうです。


「貴方の紹介してくださったテーラーのおかげですわ。素晴らしいお仕事です」


「半分以上は、貴女が国からお持ちになった刺繍のおかげだと話していましたよ?」


「そうね。我が国の刺繍は、本当に素晴らしいもの」


 新しくあつらえたドレスには、フェルメズ王国から持ってきた刺繍を施した布をふんだんに使っています。

 淡い緑の絹に刺された、精緻せいちな葉の紋様。歩く度に揺らめいて、まるで春の森がやって来たかのよう。

 決して派手ではないけれど、印象に残る素晴らしいドレスです。


「まったく現金なものです。つい先日まで、貴女の悪口ばかり言っていたのに」


「いいのですよ。私は気にしていませんわ」


 数人の令嬢たちが、こちらをチラチラと見ています。

 悪意を感じさせない視線です。


「政治的な派閥には属していない、中位から下位の貴族令嬢たちです」


 こそりと、リッシュ卿が教えてくださいました。

 それならば、ちょうど良いでしょう。


「こんばんは」


 話しかけると、さっと輪の中に入れていただくことができました。

 こうなるとリッシュ卿はお役御免です。

 一礼して、隣で話していた紳士たちの輪の中に入っていきました。


「アダラート公爵令嬢にご挨拶いたします」


 令嬢たちがかしこまって挨拶をしてくれます。


「シーリーンとお呼びください」


「そんな」


「公爵様のご令嬢に」


「公爵といっても、小さな王国でのことです。こちらでは、ただのシーリーンと呼んでいただきたいの」


「では……」


「シーリーン様、と」


「嬉しいわ。お名前を伺ってもよろしくて?」


「ノイベルト伯爵家のジモーネでございます」


「ロルダン伯爵家のエミリアナと申します」


「ヴァールブルク子爵家のナターリエです」


「ジモーネ嬢、エミリアナ嬢、ナターリエ嬢。どうか、よろしくお願いしますね」


「はい」


 とても嬉しそうにお返事をしてくださるので、こちらも嬉しくなってきました。

 新しい友人を歓迎してくださるようです。

 といっても、私の方にはそれとは別に心算があるので、後ろめたい気持ちもありますが。


「素敵なドレスですね」


 やはり、話題はドレスのこと。


「ありがとうございます」


「お抱えの職人が?」


「まさか。テーラーで仕立てていただいたのよ」


「まあ、こんな素敵なドレスを仕立てるテーラーがバンベルグに?」


「『アンナ&リリア』というテーラーなのだけど」


「あ、知っています。表通りではないから、まだあまり知られていませんよね」


「そうなのよ」


「私の従姉妹も、そちらで仕立てたと聞きました」


「なかなかの腕よ。私の注文をきっちり形にしてくださったわ」


「こちらの刺繍も、そのテーラーが?」


「これは、私の国から持ってきた布なのよ」


「フェルメズ王国から?」


「ええ」


「こんな素晴らしい刺繍を刺す職人いるなんて」


「このくらいの刺繍なら、私の母でも刺せますわ」


「ええ!?」


「伝統的に、女子は子供の頃から刺繍を教え込まれるのです」


「こんな細かい刺繍を?」


「ええ。フェルメズ王国では、刺繍をした布に囲まれ生活していました」


「まあ」


「素敵ね」


「ぜひ行ってみたいわ」


「では、シーリーン様も?」


「私は刺繍よりも剣と乗馬が得意なの」


「まあ!」


「ご冗談を!」


 コロコロと笑う令嬢たち。

 冗談ではないのだけど。……それはまあ、あえて言わなくてもいいことですわね。


「そうだ。よろしければ、今度私の屋敷にいらしてください」


 場は十分に温まっています。

 ご招待をしても、失礼にはあたらないでしょう。


「シーリーン様のお屋敷に?」


「狭くて見苦しいのだけど、国から持ってきた刺繍の布がたくさんありますわ」


「まあ!」


「見せていただけるのですか?」


「ええ。ぜひ見ていただきたいわ。次にドレスに仕立てる布も選びたいですし」


「ぜひ、お伺いしたいです!」


「私も!」


「では、改めてご招待のお手紙をお送りしますね」


 これで、今夜の一つ目・・・の目的は達成です。

 ちょうど、ワルツの演奏が始まりました。


「シーリーン嬢、一曲お願いできますか?」


 すかさず、リッシュ卿が誘ってくださいます。

 その手を握ると、フロアの中央へ。


「上々ですね」


「ええ」


「輸送の方は問題なく?」


「滞りなく。一週間後には、一つ目の商隊と職人が到着しますわ」


「いやはや。さすがです」


 お互いに話しながら踊っても、ステップに乱れはありません。

 私も、ずいぶんこちらの国のダンスに慣れてきました。


「刺繍入りの布とは、私たち男には思いつきませんよ」


「こちらのドレスに応用しても、形を崩すことはありませんから」


「売れるでしょうね」


「そうですか?」


「そうですよ。ほら、みな貴女のドレスを見ている」


「貴方のダンスではなくて?」


「それは見飽きていますからね」


「まあ」


「刺繍なら新しい図案もどんどん入ってきます。大流行が始まりますよ」


「そうなったら、私も嬉しいわ」


「年間の予算のうち半分を使って商隊を買うとおっしゃった時には、どうなるかと思いましたが」


「貴方にもお手伝いいただいて、感謝していますよ」


「私は貴女の下僕ですから」


「あら。『その件』も、ずいぶんと噂になっているみたいですね」


 『エドガール・ル・リッシュ卿は、異国の公爵令嬢に夢中で、まるで下僕のようだ』と。

 伯爵家の三男であり、騎士団に所属する騎士。そして、社交界の華であるリッシュ卿が一人の女性に肩入れしているので、噂の的になっているのです。


「そりゃあ。昼は貴女のの屋敷に入り浸り、夜はせっせと夜会に出ていますから」


「本当にいいのかしら?」


「今の所、貴女以外に特別な女性はおりませんし」


 リッシュ卿がニコリと微笑みます。


「それで、もう一つの噂の方は?」


 リッシュ卿の耳元に唇を寄せて囁くように問いかけます。

 すると、リッシュ卿がパッと身体を離してしまいました。

 その頬と耳が、ほんのり赤く色づいています。


「どうしたの?」


「……なんでもありません」


 こんなやりとりをしながらも、ステップの乱れはありません。

 さすがリッシュ卿ですが、どうしたのでしょうか。

 小さな咳払いをして、改めて私の頬に顔を寄せます。


「もう一つの噂の方は、社交界でも街でも順調に広がっています」


「なら、もうすぐね」


「ええ。『エドガール・ル・リッシュ卿はシーリーン・アダラート公爵令嬢に首ったけ。もし令嬢が誘拐でもされたら、リッシュ卿がいくらでも身代金を払うでしょうね』と」


「貴方がお金持ちでよかったわ」


「しかし、私でなくてもよかったのでは?」


「他の人では、大事になってしまうでしょう?」


「まあ、そうですね」


「ご実家への根回しは?」


「問題ありません。父には種明かししてありますよ」


「なんと言っていました?」


「笑っていました。『豪胆なお嬢様だ。喜んで協力する』と言っていました」


「ありがたいわ」


「では」


「ええ。あとは、餌に食いつくのを待つだけね」

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