病んだ作品が多くなってきた俺を宥める幼馴染の話

月之影心

病んだ作品が多くなってきた俺を宥める幼馴染の話

 カタカタカタカタッ……


 カタカタッ……


 カタッ……


 ……


「ふぅ~む……」


 カタカタカタッ……


 カタッ……


「ん~……」


 ……


 ……


 ……


「行き詰ってる感じ?」


 背後から可愛らしい声が聞こえてきたが、俺はモニタから目を離す事なく、


「うぅ~ん……」


 と口も開けずに返す。


 すると俺の視界に顔がフェードインしてくる。


「うぉっ!?……って光莉ひかりか……びっくりした……」

「何?私だって気付かずに返事したの?有り得んわぁ。」

「あ~……悪かったって。」


 光莉はデスクの隅っこに手を乗せてモニタを覗き込んできたと思ったら、勝手にマウスを操作して書き込んである文章を読み始めた。


「まだ全然進んでないから何書いてんのか分からんだろ?」


 マウスのホイールボタンをくるくると回しながら、進んだり戻ったりを繰り返し、一通り目を通した光莉は目線を俺に向けた。


瑛太えいた……病んでるの?」

「え?いや……そんな事はない……と思うけど……何で?」

「文章が病んでる。」

「うぇっ?そうなの?」


 光莉がモニタに目線を戻し、画面をスクロールさせながらチェックしている。


「ここ誤字ね。それから……この表現は分かりにくい……あと……この終わり方は何か無理矢理感ありすぎ。主人公泣かせる必要ないじゃん。でこっちは逆……こんな事言われて泣かない女ってどんだけ気が強いの。おまけに最初の設定から見たら別人のレベルで変わっちゃってるわよ。」

「ぐ……」


 一通りダメ出しした後、再度、光莉が俺の顔を覗き込んでくる。


「てか最近の瑛太の作品さぁ……何か暗いよ。前はもっと笑えたりくすっと出来たりする絵に描いたようなハッピーエンドもあったのに……何かあったの?」


 俺は背もたれに体を預けて両手を上に上げて背伸びをした。


「何もないよ。」


 がら空きになった胸板に光莉が両手を置いて人工呼吸のようにぐっと押し込んだ。


「ぐほっ!なっ何すんだっ!」


 光莉は狭い椅子に座っている俺の膝の上にこちら向きになって乗ってきた。

 ちょっとエロくない?


「色んな小説を書くのはいいけどさ。瑛太はその時のメンタルが作品にチョクで反映するからすぐ分かるんだよ。」


 自覚していた俺は言葉が出ない。


「小説に関しては、私は読者にしかなれないからどんな作品になっても世に出た時点では文句は言えないよ。でもそれを書いてる瑛太が病んでるのを見て見ぬフリはしたくない。」

「光莉……」

「応援するしか出来ないけど、私たち子供の頃からずっと一緒にいる幼馴染でしょ?悩んでる事とかあるなら聞いてあげるから言ってよ。」


 俺は体を起こして姿勢を正し、膝の上に座った光莉の腰に手を回して光の胸に顔を埋めた。


「ごめんな……ちょっと集中出来なくてさ……」


 光莉は俺の頭を優しく撫でると、両手で頭を抱いてきた。


「うんうん。何があったのか話してみ?」


 俺は鼻や頬に触れる光莉の胸の柔らかさを心地良く感じながら、集中出来なくなった理由を頭の中で思い浮かべた。


「最近……燈子とうこと連絡取れなくなっちゃってさ……」


 『燈子』は俺が片想いをしている子の名前だ。

 片想いと言っても完全に俺からの一方通行という風でもなく、一緒に買い物に行ったり食事に行ったりは、俺よりも燈子が誘ってくる事の方が多いので、燈子もそれなりに俺の事を意識している……と思いたい。


「少し前だったら『パフェをご馳走してやろう』とか言ったら即レス来てたんだよな。」


 光莉の胸に顔を埋めているので少しくぐもった声になっていた。


「それが確か1ヶ月くらい前かな……『ちょっと忙しくなってきたからまた落ち着いたら連絡する』って返事が来て以来、音信不通になっちゃったんだ。俺からは2日に1回くらいメールしてるんだけどそれでも返事が無いんだよ。」


 光莉は俺の頭を撫でながら、喉の奥で『うんうん』と言って話を聞いてくれた。


「で、燈子って駅前にあるクレープ屋あるだろ?あそこのチョコバナナクレープが大好きなんだよ。だからそれ奢ってやるから遊ぼう……って送ったんだけどそれでも返事無しだ。ショートメールでのやり取りだから読んでくれてるかどうかも分からないんだよな。」


 俺の頭を抱いたまま撫でていた手でぽんぽんと叩く光莉。


「電話はしてみたの?」

「1回だけ鳴らしたけど出なかった。あんまり着信いっぱい付けるのも気持ち悪がられるといけないと思ってその1回だけ。」


 頭を叩いていた手がまた撫で始める。


「病んでる割には冷静な判断ね。」

「前に逆パターンくらった事あるからな。学習した。」

「あぁ、あのヤバかった子ね。」


 以前付き合っていた子は、俺が電話に出ないと出るまで何回何十回と着信を付ける子だった。

 メールも、返信が来るまで何通も数文字の短いものだが送り続けてくる。

 いい加減キレた俺が『仕事中に返事出来るかっ!』って送ったら『出来てるじゃん』と自分に都合よく受け取ったものだから、更にキレた俺は仕事の途中にも関わらず携帯ショップに飛び込んで解約手続きと新規加入をし、電話番号もメールアドレスも変更して関係を絶った。

 あの時ほど彼女だからと安易に家を教えなくて良かったと思った事はない。


「だからメールもそんなに頻繁に送らないようにしてるんだけど、そうすると余計に俺の方が悶々としちゃってさ……小説書くスピードも乗らないし、ついついネガティブに考えちゃって作品も暗くなっちゃうんだよな。」


 俺の頭を抱いて撫でていた光莉が体を離して俺の顔を覗き込む。


「気晴らししようよ。」

「気晴らし?」

「うん。外に出掛けよう。一旦パソコン落としてさ。スマホも置いて街の中ぶらぶら歩くだけでもいいから。」


 俺はカーソルが無機質に点滅しているだけのモニタを見ていたが、一つ小さく溜息を吐いた後、『上書き保存』のボタンをクリックしてパソコンをシャットダウンした。


「そうだな……部屋に籠ってあれこれ考えても何かが変わるわけでもないし……」

「んだんだ。」


 光莉は冗談めかした言い方で俺に笑顔を振り撒く。


「光莉、ありがとな。ちょっとネガティブな思考が薄れるまで街ぶらつくことにする。」

「うん。あまり遅くなると寒くなるからそれまでに帰ってくるんだよ?」

「分かった。」

「いってらっしゃい。」


 俺は上着を片手に持つと、部屋のドアを開けた。


 部屋の中は静寂に包まれた。








 かなり脚色はしてあるけど、最近の作品の傾向とその原因、それから……


 『こんな幼馴染欲しいなぁ』


 ……という妄想が顕在化してしまいました。


 いや、リアルに幼馴染は居るんですよ。


 居るんですけどそこまで深い関係でも無いので……(汗

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