シーフ少女、追放される。

文月法

シーフ少女、追放される。

「――リア。もう君の顔は見たくもない。このパーティーから出て行ってくれ」


 冒険者ギルドの依頼からの帰り道。


 突如突きつけられたその言葉は、シーフとしてパーティーに多大な貢献をしてきたリアを青ざめさせた。


「カイっ!」


 リアは頭が真っ白になりながらも、必死にパーティリーダーであるカイの両肩を掴み、呼びかける。


 しかし、その返答はただ真っ直ぐとリアの方を見返すだけだった。


「っ·····! ハネスっ! アンナっ! ルカっ!」


 そこにいるパーティーメンバーであり、幼馴染でもある3人に呼びかける。


 その反応は目を逸らし、俯き、睨み――とそれぞれだったものの声を出さないという点では全員共通していた。


「なんで·····僕が何をしたって言うんだ」


 泣き崩れる形でその場に座り込むリア。


 その姿を前に、さすがになにか思うものがあったのかパーティーメンバー達は互いに顔を見合わせる。


 そして代表として口を開いたのは、パーティーリーダーであり、追放を最初に口に出したカイだった。


「リア·····君はほとんど戦えない」


「そんなことは分かってる! だから、シーフとしてダンジョンに入る時は罠を解除したり、依頼を受けた時は情報収集をしたり、僕なりに出来ることはやってきたつもりだ!」


「そうだ。戦えないから追放するわけじゃない。むしろ、よくやってくれてるよ」


 諭すように話すカイと、声を荒らげながら話すリア。2人の姿はまるで対照的だった。


「そうか、分かった! 僕が女にも関わらず、あまりにも女の子らしくない見た目だからだ! 確かにアンナみたいに綺麗でもないし、ルカみたいに可愛くもないから――」


「違う。大体幼馴染に、同じパーティーメンバーに外見なんて求めるはずがないだろ」


「じゃあなぜ!?」


「何度も言ってるだろ·····もう君にはみんなうんざりしてるんだ」


「っ!?」


 リアは後ろの3人に目を移し、その後カイに目を戻した。


「分かった。そっちがその気なら僕はこのパーティーを抜ける」


「待て」


 4人をカッと睨みつけながら、その場を立ち去ろうとするリアをカイは呼び止める。


「なんだよ。今更戻れって言ったって――」


「君が今持ってるそのお金。それは君のものじゃない。置いていくんだ」


「っ――」


 リアは真っ赤になりながら、アイテムポーチに入れていた茶色の巾着をカイに投げつけた。


 そして、リアはその場を去った。



 ◇◆◇


「――眠い·····」


 嘘だ。眠くない。


 パーティーを追放されてから、僕は数少ない貯金を切り崩して食う寝る生活を1週間続けていた。


 これだけ散々寝続ければ寝ることにも飽きるし、そろそろ貯金も底をつくということで、流石に働かなければならない。


「はぁ·····」


 また、元パーティーメンバー達の顔が頭をよぎった。


 幼馴染の4人だった。

 小さい頃からよく一緒に遊び、リーダーであるカイが冒険者になりたいと言えば、僕含め他の4人も自然とパーティーメンバーになっていた。


 初心者5人パーティーなんて最初は苦労もしたけど、その苦労もあって今ではパーティーランクはBランク。ギルドが定めるランクの上から2番目にまで到達した。


 苦楽を共にした仲間であり、家族同然のように思われていると――しかし、現実はその4人は僕を裏切り、追放しただけに飽き足らず、所持金全てを差し出せとまで言った。


 こんなのいくらなんでも、あんまりだろう。人の心がないのかと声を上げて言いたい。


 重たい体を起こし、身支度を整えると冒険者ギルドへ向かった。


 あわよくば他のパーティーからお誘いがあるけど、それがなくとも元Bランクパーティーの一員ともなると単独で許可される依頼があるはずだ。

 しばらくはそれで稼いで食いつなぐ予定だ。


 外の世界は人が賑わい活気づいていた。


 一見、明るい華やかな世界に思えるが、少し場所を変えれば奴隷売買や闇市、窃盗程度の罪人を磔にしたりと闇の部分も溢れている。


 それも含めてこの国は住み心地がいいと言えばそれまでなんだけど。


 しばらく歩くと目的地へ到着した。

 古臭い木造のドアを開けると、見慣れた冒険者ギルドの光景が広がっていた。

 依頼を受ける者、酒を飲み馬鹿騒ぎする者、パーティーに加入するために自分を売り込む者――たった1週間だけど、その光景全てが懐かしく思えた。


 幸いなことに元パーティーメンバーの姿は見えない。


「すみません。依頼を受けたいのですが·····」


 ギルド内の奥にあるカウンター、そこにいる受付のお姉さんに話しかければ自分のランクに見合った依頼を見繕ってくれる。


「はい! すみませんが、ランク確認のために冒険者カードを·····ってリアさん!?」


「はい。お久しぶりです」


 僕たちは長くこの街を拠点に依頼をこなしたり、ダンジョン探索を行ったりしていた。


 そのため余程の新人職員でもない限り、ギルドの職員とは顔見知りなのである。


「お話は聞いていますよ! なんでも自己成長のためにパーティーを離脱されたとか····· あんなに仲の良かった皆さんと――よろしかったんですか?」


 どうやら、そういうことになっているらしい。


 恐らく仲間を追放したとなったら自分たちの評判に関わると考えて、都合のいいように話を広めているのだろう。自分勝手な話だ。


「そうなんですよ。でも、みんなも理解してくれて、それで今はこうして1人で行動しているんですよ」


 癪だけど、もはや他人だし適当に話を合わせておくことにしよう。


「そう、なんですね····· 冒険者の方がご自身で決めたことにギルド職員が口を出すことはありえません。しかし――」


「しかし?」


 受付のお姉さんは少し躊躇う様子を見せるも、何かを決めたようで、口を開いた。


「リアさん。あなたに会いたいと仰っている方がいます」


「·····僕に?」


「はい。お話は直接お聞きしてもらうしか·····個人的には自己成長のためにお友達と離れられたリアさんにはあまりお伝えしたくなかったのですが」


「分かっています。これもギルド職員の仕事ですもんね」


 ギルド職員の仕事はその冒険者にあった依頼を見繕うことの他に、パーティーから脱退したり追放された冒険者やソロの冒険者と、その冒険者を欲しがるパーティーが話す場を設ける仲介人のようなことも行っている。


 やっぱり僕はツイてる。パーティーを抜けてすぐに別のパーティーから勧誘を受けるなんて。


 これが元パーティーより上のランクのパーティーなら·····


「では、その方に会いしましょう」


「すみません。助かります」


 深々とお辞儀をするお姉さんを片目に、僕は思わず零れそうになった笑いを抑えるのに必死だった。



 ◆◇◆


 職員のお姉さんに案内されて着いた場所は、ギルド奥にある十人ほど入れるくらいの小さな一室だった。


 盗聴対策の魔法が施されており、特別な事情や人物でない限り使用許可が下りないVIP室とも呼ばれている部屋で、僕も実際に入ったのはBランクパーティーに昇格した時の1回だけだ。


 期待に胸を膨らませながら向かい合わせのソファに座り、しばらく待っているとガチャりという音と共に扉が開いた。


 部屋に入ってきたのは、ここのギルドに通う冒険者なら誰しもが知っているギルド長のお爺さん、そして僕より少し歳上くらいの女の人、それより少し歳上の男の人の3人だった。


 並び順はギルド長、女の人、男の人の順で、態度や立ち位置から女の人の方が男の人よりも立場が上だと考えられる。


 ギルド長は後ろの2人がソファに座ったことを確認すると、僕にニコリと笑みを向け、お辞儀をしてから部屋を出て行った。


「ふぅ·····」


 女の人は一息ついた様子でソファにくつろぐ。


 最初見た時にも思ったけど、やっぱり僕はこの人を知っている――



 一瞬の沈黙。獣のような殺気。伝播する空気の振動。


 瞬く間に起きたそれらを認識するのがやっとで、気付けば目の前に迫るバスタードソードとも呼ばれる剣を、間一髪のところで手持ちのナイフで受け止めた。


 魔法による強化と打ち合う刃の場所の判断を誤っていたら、こんな玩具同然のナイフは例え相手が殺す気でなかったとしても簡単に折られていた。


「この反応速度と技術·····やはり私の目に狂いはなかった」


 そんなことを口にしながら、女の人は剣を下ろし、鞘に仕舞った。


 男の人はため息をつき呆れている様子だけど、女の人がそれを気にする様子はない。


「はじめまして、私はエレノア。一応勇者をやっている」


 一度遠目で見たことがある程度だけど、その独特なオーラはまさに上に立つ者と言えるようなもので、印象深く記憶に残っていた。


「こちらこそはじめまして。リアです」


「そうか、リア。単刀直入に言おう。私たち、勇者パーティーに入らないか?」


 勇者パーティー。

 それは100年に一度現れる勇者を中心に組まれたパーティーで、各地で起こる事件のうち冒険者ギルドでも対応できないような案件を各地を回りながらこなしている。


 王家直属のパーティーであり、王国の切り札として政治などにも利用されることから莫大な資産が注ぎ込まれ、パーティーメンバーは勇者以外もAランク相当とまさしくこの国で最強のパーティーだ。


「君の噂はかねがね聞いている。Bランクパーティー

『ゼラニウム』のシーフとしてダンジョンにおけるトラップの解除は勿論、優れた情報収集能力、さらに並外れたその危機察知能力――Aランクパーティーにもシーフを担う冒険者は存在するが、君を超えるようなシーフは間違いなく存在しない」


 どうやら勇者からの僕の評価は相当らしい。


「そこまで言って頂きありがとうございます」


「いや、事実だ。もっとも君を簡単に手放した冒険者達は理解できないが、こうして勧誘できたのもそのおかげだからな。感謝している」


「ですが、勇者パーティーへ来る依頼は発生した強力なモンスターの討伐が主と聞きます。情報収集も王国が行えば僕のようなシーフが必要とは思えないのですが・・・・・・」


「確かにこれまでの依頼だとそうだ。だが、これからの依頼で熟練のシーフがどうしても必要でな」


「·····これからの依頼ですか?」


「ああ。最近、とある高難易度のダンジョンに足を踏み込んだ冒険者が帰ってこないという状況が続いていてな。中には貴族の息子なんかも混じっているらしく、そのダンジョンを今後閉鎖するかどうするべきか早急に決める必要があり、その調査を私たちが任されたんだ」


「なるほど·····」


 つまり、そのダンジョンの調査を終えるまでの期間限定のパーティー加入――いや、そこで有能さを示せばその後もパーティーの一員として認められるかもしれない。


「どうだ? 入ってくれるか? いや、どうか入って欲しい」


 こんな美味しい話は他にない。答えはもう決まっている。


「はい。ぜひお願いします」


 こうして、僕は勇者パーティーの一員となった。



 ◇◆◇


「それでは今からダンジョンへ入って行くわけだが、くれぐれも気を抜かないこと、何かあればすぐに報告をすること」


 勇者パーティーに加入して1ヶ月。


 ついに僕がこのパーティーに加入できた理由でもある依頼、難関ダンジョンの調査を行うこととなった。


 これまでにお互いの連携を高めたり、情報共有をするためにいくつかの依頼をこなしてきたが、間違いなく今日の依頼はそれをはるかに超える難しさのものだろう。


「大丈夫ですよ、エレノアさん! 俺たちは強いですし、リアも頼りになります!」


「馬鹿っ! そうやって気を抜くのがダメだってさっき言われたばっかでしょ!」


「まぁまぁ。ですが、これまでのリアさんの活躍を見ていると安心させられるのは事実です」


 これから依頼をこなそうというのに、パーティーリーダーであるエレノア以外にはまるで緊張感がなかった。


「どうした? 緊張感がなくて心配か?」


 僕の考えを見透かしているのか、エレノアは僕だけに聞こえるような小さな声でそう言った。


「いや、そんなこと·····」


「確かに私も上に立つ者としてああは言ったが、実のところ心配はほとんどしていない。今はこんな調子でも戦いになればこれ以上ないくらい頼りになることはリアも見てきただろう?」


「まぁ·····はい。みなさん頼りになります」


「そうだ。それに、万が一もないように国王から特別に渡されているしな」


「渡されている?」


「ああ。みんなにも説明しておこう!」


 声のボリュームを上げ、他の人たちの話を止めるとエレノアは懐から金で縁取られた黒い小箱を取り出した。


「これは今回依頼を受けるにあたって、さすがの私たちと言えど無傷で生還できない可能性もあると国王が持たせてくれた貴重なポーションだ」


 エレノアは説明しながら小箱を開ける。

 その中には5本の細く小さな瓶が詰められていた。


 瓶の中には薄緑の液体が入っており、微かながら匂いもある。


「これをかければ傷だけでなく、病気、さらには欠損までも元に戻すことが出来る」


「えぇ!? そんな凄いもん、店ででも売れば買うやつ沢山いるんじゃないですか?」


「貴重品って言われてたでしょ! ちょっと黙ってて!」


「確かにこれを欲しいと言う者は多いだろう。だが、これ一つ作るのに優れた魔術師が何人も集まって何十年かかってやっとらしくてな。話で聞いたところ、市場価格は白金貨1000枚らしい」


「「白金貨1000枚!?」」


 ·····凄い。金貨1枚が平均的な市民の1ヶ月の稼ぎだと言われている。金貨100枚もあれば十分なお屋敷が建てれるし、金貨1000枚――白金貨1枚もあればそこそこの範囲の領地を買うことが出来る。


「そんなものよくあの陛下がエレノア様にお渡ししましたね」


「まぁ、使うまでもないと思ったのか、使ってでも依頼達成を求めているのか分からないが、せっかく渡されたものだ。危険を感じたら遠慮なく使わせて頂こう。いくら高価なものと言っても命より高価なものなどありはしないからな」


 そうして僕たちはダンジョンに踏み入れた。


 いくら難関ダンジョンとは言え、低階層ではモンスターも強くない上トラップも単純で勇者パーティーという事もあり、問題なく進んでいった。


 中階層に入ったのか、そこからは少しモンスターも強くなりトラップも少し複雑になったものの、やはり苦戦するまでもいかなかった。



「いやー、やっぱりリアはすげーな。俺も元々冒険者だったけど、そんな早くトラップ解除する奴見たことねーよ!」



「リアは凄いね。私は不器用だし、頭も悪いからそんなこと絶対出来ないや·····」



「ただ解除するだけでなく、そのトラップを解除することで発動してしまうトラップがないことも警戒しながら一瞬で解除してしまう·····リアさんは素晴らしいシーフです」



 最初に僕をこのパーティーに誘ったのはエレノアだけど、1ヶ月一緒に依頼をこなしてきたことで、気付けば他のパーティーメンバーからも信頼されるようになった。



「リア。君が仲間になってくれて本当に感謝してるよ」



 ただみんなより先に歩き、トラップを警戒しながらそこにあれば解除する――それだけで感謝され、評価を得られるのならやっぱりシーフになって正解だ。


 もう今となっては僕を追放したあのパーティーのことなんて気にしていない。


「どうしたリア、立ち止まって」


「僕はみんなに感謝してもしきれないよ」




 地盤が崩れる音。瓦礫が落ちる音。


 数秒前まで通路だったその場所は、崩壊した天井に埋められ変わり果てた姿となっていた。




 崩壊はしばらく続き、それが収まると、静まり返った空間に一つの人影がポツンと立っていた。


 リアは手に取った黒の小箱をアイテムポーチに仕舞うと、振り返ることなく静かにその場を去った。







「――イ! おい、カイ!」


「ん·····」


「はぁ、やっと起きたか」


「·····ハネスか」


「悪かったな、俺で」


 夜の酒場。


 普段はそこそこに人は見えるが、月の出ない真っ暗な夜は人が見える方が珍しかった。


「――リアの夢を見た」


「はぁ? もう1ヶ月だろ?」


「そんなに経ったのか·····」


 カイは虚ろげに仰向く。


 その様子を彼のパーティーメンバーであるハネスはしばらく黙って見ていた。


 そして、ハネスは小さくため息をつくと口を開いた。


「·····最初は5人で宿に泊まった時だ。全員で貯めた金を管理してたカイのアイテムポーチが、次の日には無くなっていた」


「·····」


「5人で依頼を完了した報酬がいつの間にか無くなっていた。ダンジョンで手に入れた宝石や魔道具が気付けば無くなっていた。俺たちがまだガキで管理が甘いからだとしても限度ってものがあるだろ?」


「·····」


「それでどうやったら無くさないか考えた。でも、それを考えれば考えるほど、モノが消える時は決まってリアがいない時だということに目が行った」


「·····」


「最初は確認だ。まさか、仲間で幼馴染のやつがそんなことをしているとは思わない。それが、疑惑に変わり、確信に変わった。あいつと誰かが一緒にいる間は絶対にモノが無くならない」


「·····僕は何を間違えたんだ」


 カイのその言葉は、前線に立ち、剣を振るいモンスターを物ともせず立ち向かう者が出したとは思えないほど弱々しいものだった。


「カイ。お前は何も間違えていねぇ」


「いや、全部僕が悪いんだ。誰にだって悪い部分はある。それを正すのが幼馴染であり、仲間だというのに――僕はそれを放棄した」


「それは4人で話し合っただろ? あいつは幼馴染だということに甘えて何をしても許されると思っている。じゃあ、一度心を鬼にして突き放すんだ。何も教えてやることだけが仲間のできることじゃない」


「·····だけど、もし突き放した先で悪事を働いたら? 僕らなら許せば終わりだ。でも、他所でやれば罪人になり、磔にされる可能性もある」


「そこは信じてやれよ。あいつは一線を越えない。根っこまで悪いやつじゃないことはお前が一番分かってんだろ?」


「そう·····だな。新しい場所で新しい仲間と上手くやっていることを願おう」


「ああ·····っと、そろそろアンナとルカが来るぞ。あいつらにそんなしけた面見せて大丈夫か?」


「その時は酒のせいにするよ」


「お前、酒飲まねぇだろうが」


 ハネスの言葉に、確かにと笑いながらカイは答えた。


 どこか寂しさの混じった笑顔で。

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シーフ少女、追放される。 文月法 @humiduki_ho

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