第三章 誠実な恋人たち

01

「……どうして母上までいるんです」

 部屋に入るなりエリオットは眉をひそめた。


 昨日、学園でルーシーから今日はアメーリアに呼ばれて王宮へ行くのだと聞かされていた。

 ルーシーを家族に紹介してから約一ヶ月。アメーリアに招待されるのはこれで三回目だ。

 どうやらアメーリアはルーシーのことを妹のように可愛がっているらしい。

 それは喜ばしいことなのだけれど、エリオットとしては自分の恋人を取られたようで、少し不満もある。

 だからアメーリアのところでルーシーが何をしているのか、様子をみようと宮を訪れるとそこに王妃もいたのだ。


「ルーシーさんが来ていると聞いて、会いたいと思ったの」

 ソファに座りお茶を飲んでいた王妃はそう答えた。

その側ではルーシーとアメーリアが白い糸と針を持ち、何かを編んでいる。

「ルーシーは何をしているの?」

「アメーリア様からレース編みを教わっているんです」

傍に来たエリオットを見上げてルーシーは答えた。

「マリーお姉様に、結婚式で使うリングピローを作って欲しいと頼まれたので練習しているのですが、難しいところがあったので」

「マリーお姉様?」

「お兄様の結婚相手です。来年の夏に結婚式を挙げることが決まりました」

「ああ、セドリック殿の。もう結婚したんじゃなかったっけ」

「はい。ただ式はまだ挙げていなくて。それで私が領地に帰る時に挙げるんです」

 ルーシーの家は辺境の地にあるため、移動に時間がかかる。

 そのためルーシーが帰省できるのは年度が終わり長期休暇となる夏の間だけだ。


「その方は……失礼だけれど子供が産めないのよね」

 王妃が口を開いた。

「はい……昔、事故に遭われたせいで……」

「まあ、可哀想に」

「そのせいで結婚を渋っていたのですが、お兄様がどうしてもと説得したそうです」

「お兄様は情熱的なのね」

 アメーリアが言った。

「はい、お姉様のことをとても大切にしています。お姉様は優しくて、事故のせいで色々あったのにいつも明るくて……。お兄様たちには幸せになってもらいたいんです」

 編みかけのレースを見つめてルーシーは言った。

「だから、私がお姉様の代わりにアングラード家の血を残したいんです」


「まあ、そうだったの」

「ルーシーさんは本当に家族を大切にしているのね」

 王妃とアメーリアにそう言われ、ルーシーは照れたようにはにかんだ。

「……ところで、リングピローって何?」

 ルーシーの手元に視線を送りながらエリオットは尋ねた。

「結婚式で使う指輪を置くためのものです」

「指輪を使う?」

「はい、何でも指輪交換というのをしたいそうで……」


「それはどこかの風習なのかしら」

 王妃が首を傾げた。

 結婚式で指輪を交換するなどというのは聞いたことがない。

「お姉様は外国の方?」

「……私もよくは知りませんが、そうかもしれません」

 ルーシーも一緒に首を傾げた。

「お姉様は記憶喪失で、自分のことを覚えていないんです」


「まあ……それは事故と関係があるの?」

「……はい」

「大変だったのねえ」

 ほう、と王妃はため息をついた。

「それでも結婚したいと言ってくれるなんて、素敵な話だわ。良い方と出会えたのね」

「はい」

 アメーリアに言われ、ルーシーは嬉しそうに笑顔で頷いた。

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