05

「どうしたの? 今日は何だか暗いわね」

 昼食を食べながらブリトニーが首を傾げた。

「エリオット殿下がいないから寂しいのかしら?」

「いえ、そういう訳では……」

 ルーシーは首を振った。

 エリオットは今日は公務があるからと休んでいるため、ブリトニーと二人きりだ。


「……あの、ブリトニー様」

 食事が終わるとルーシーは口を開いた。

「ブリトニー様は、好きな人に隠し事をされるのは嫌ですか」

「隠し事?」

「はい……」


「――エリオット殿下に何か隠しているの?」

 ブリトニーの問いにルーシーは曖昧に頷いた。

「そうねえ。私は、隠し事よりも嘘をつかれる方が嫌かしら」

 そんなルーシーを見ながらブリトニーはそう答えた。

「嘘……」

「隠し事があるのは仕方ないこともあるけれど、その隠し事をするために嘘をつかれたら嫌だわ」

「あ……」

「嘘をついていると知ったら、その人の言葉が信用できなくなってしまうもの。それは悲しいでしょう」

「……はい」

 今度はしっかりとルーシーは頷いた。



「そうだわ、お父様に聞いてみたの。ルーシーにそっくりだという王太子殿下の前の婚約者のこと。お父様は近衛騎士団長だから会ったことがあるかと思って」

 ブリトニーは話題を変えた。

「お父様は婚約を破棄した場にも居合わせたんですって」

「……そうなのですか」

「王族方の前では言えないけれど、どうにも納得がいかなかったって」

 ブリトニーは声をひそめた。


「納得がいかないとは……」

「パトリシア様は決して誰かを虐めるようなことはなさらないし、誰もその現場を見ていないのに、王太子殿下や今の王太子妃の言葉をご自身で否定しなかったんですって。まるで自分から追放されたがっているように見えたって」

「……そう、ですか」

「そもそも王太子殿下とパトリシア様は慕いあっているようには見えなかったし、パトリシア様が嫉妬する理由はなかったはずだって。本当に残念だったって言うから、『私もエリオット殿下と婚約を解消しなければ同じことが起きて追放されるかも』って言ったら真っ青になっちゃって」

「エリオット様はそのようなことはしません」

 ルーシーはふるふると首を振った。

「ええ、分かっているわ。でも王太子殿下だって、本来ならば婚約者を追放するような方ではないはずだってお父様が言っていたから」

 そう言ってブリトニーは小さく笑みを浮かべた。

「恋は人を盲目にするというし、いつまでも婚約解消できなかったらエリオット殿下も強硬手段に出るかもしれないでしょう」

「そんなことは……」

 ないと言おうとして、ルーシーは言い淀んだ。

 エリオットがそういうことをするかは分からないけれど。確かに、欲しいものを手に入れるために手段を選ばないこともあるだろう。


「王族の婚約解消って難しいそうよ。当事者だけでなく、色々な所から許可をもらわないとならないから時間も掛かるし。でも諦めないでね、私も働きかけるから」

「……はい、ありがとうございます」

 ブリトニーにお礼を言うと、ルーシーは首を傾げた。

「婚約を解消して、そのあとブリトニー様はどうなるのですか?」


「……また新しい婚約者を決めるのでしょうね。信頼できる方だといいのだけど」

「――ブリトニー様は、本当にいいのですか?」

 真っ直ぐな眼差しがブリトニーを見つめた。

「エリオット様とは仲がいいのですよね。わざわざ婚約を解消しなくても……」

「確かに不満はなかったわ。でも殿下があなたと出会って恋をする、その姿を見ていたらね。私は邪魔をしてはいけないんだって」

「邪魔だなんて……」

「そういうルーシーは、どうして他人事なの?」

 ブリトニーは問い返した。

「あなただって殿下が好きで、求婚を受け入れたのでしょう」


「……それは、そうなんですけれど。だからといって、ブリトニー様が辛い思いをするのはよくないと思います」

「ありがとう。ルーシーは優しいのね」

「そんなことは……」

「これが他の令嬢だったら私を蹴落としてでも自分が婚約者になってやるってなりそうなものよ」

「……そうなのですか?」

「貴族はそういうものでしょう。家を守り財産を増やすために、時には世間には知られたくないようなこともするわ」


「家を守ろうと思うのは分かりますけど……そのために他の人を蹴落とすのは、私には理解できません」

 ルーシーはそう言って首を横に振った。

「ふふ、そういう正義感が強いところはエリオット殿下と似ているのね」

 ブリトニーは微笑んだ。

「やっぱり二人はお似合いだわ」

「……ありがとうございます」

「そういう正義感の強いルーシーなら、隠し事や嘘は良くないと分かるでしょう?」

「あ……」


「明かすなら早い方がいいわ。そういうのって、時間が経つほど言いづらくなるし拗れるそうよ」

 ブリトニーの言葉に、ルーシーは真剣な顔になって頷いた。



第二章 終わり

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