2-30 雪月花荘の殺人 14
色々と謎の要素はあるけど、砂原さんの言うこともその一つね。もし内部の
者が犯人なら、わざわざ外に回ってやって来ても、有間や泊出が窓を開ける訳
ないと思うのよね。怪しまれて仕方がないわ。
「足跡はどうだったんだ?」
「遺体でごたごたしていましたが、足跡はなかったみたいなんです」
「またか」
砂原さんは、呆れ顔にまでなっていた。
「砂原さん、『花』とか『TUKI』について、何か心当たりはないですか?」
部長は、その場にあった紙に、花・TUKIと記した。
「さっぱり分からん。死ぬ間際に残すんだから、何か犯人について示唆してる
んだろうが」
「そうですか。では、この口紅は?」
指紋を付着させないようにと、ハンカチでくるんだ口紅が、テーブルの上に
置かれる。無論、さっき現場で拾った物よ。
「……化粧品のことはよく知らん」
「泊出さんが持っていたかどうか、ご存知ありませんか?」
「そう言われても、分からんなあ。泊出の部屋を見た方が早いと思うぞ」
「なるほど。それでは、何か物音を聞いたりとか……」
「残念ながら、酒をしこたま飲んじまったからな、昨日は。全然、覚えていな
いんだ」
部長はため息をついた。そりゃ、つきたくもなるわよ。二人を一度に殺され
て、何の物音もしなかった訳がない。それなのに、一番近くの人は泥酔してい
たなんて、犯人は運がいいわ! もしかしたら、それを知っていて実行したの
かもしれないけど。
「あと、これが凶器みたいなんですか」
持って来たブロンズ像にロープを砂原さんに見せる。
「この像は、前から廊下に飾ってあった奴だ。どこだっけな、確か、一階の階
段の脇にあった物だ。ロープの方は、多分、道具置き場になってる部屋があっ
たろ? あそこにあったと思う」
東海部長の合図で、すぐに確かめに走る奥原・露桐の先輩方。じきに戻って
来ると、階段にはそれらしい台があったこと、物置には似たようなロープが丸
めて転がっていたことを知らせてくれた。
「鍵はしていなかったんですか、道具置き場。確か、二階の隅でしたよね」
「そうだ。鍵は、あそこはもう開けっ放しにして使っていたからな。鍵をかけ
るなんて、思いもしなかった。ほら、俺達が高校のときも、雪かきやら何やら
で、よく利用したじゃないか」
「そう言えば……」
懐かしむような顔になる東海部長。
「……飯にしないか」
不意に砂原さんが言った。その言葉には、何故か違和感があった。
「ここんとこ、ろくな物を食べてない。身体がもたないね。今日、帰れるんだ。
いや、帰るのが遅れたら、うちの親は心配性だから、明日にでもやって来てく
れるさ。それまでに元気を付けなきゃならん」
「あたし達が作るのでよければ」
少しだけ嫌みを響かせ、あたしは言ってみた。
「ああ、いいよ。泊出はてんで料理が駄目だったからな」
弱々しい答を返す、砂原さんだった。
朝昼兼ねた食事は、十二時前に始まり、午後一時には終わりを迎えていた。
しきりに「うまいうまい」を連発していた砂原さん。すっかり、年寄り染み
た感じになってる。ま、あたし達の中では一番の年上だけど。
食後の紅茶を出すと、また砂原さんがブランデーを足そうとした。
「やめておいた方がいいんじゃないですか?」
奥原さんの声が上がったが、砂原さんはにやっと笑うと、
「これぐらいなら、何ともないさ」
と言って、カップに液体を垂らした。その上、何を思ったのかしら、おもむ
ろに窓際に行くと、腕を思い切り伸ばすようにして、雪をすくった砂原さんは、
それを紅茶に浮かべたのだ。
「オン・ザ・スノーなんて言葉、ないよな」
ところが、それを口につけてしばらくしたら、砂原さんがうめき出したの!
「お、ごご……がっ!」
そんな奇声を上げると、咽をかきむしりながら、砂原さんが椅子から転げ落
ちた。呆然として眺めていたあたし達だったが、一人が砂原さんに駆け寄ると、
全員が続く。
「どうしたんですか?」
「吐かせるんだ!」
「く、暴れられて、手が付けられん」
怒声が飛び交う中、砂原さんはその数分後に息を引き取った。
「……死んだ」
片手でこめかみの辺りを押さえる東海部長。訳が分からない様子だわ。
「この匂い、青酸カリかしら」
すぐにテーブル上のカップに注目したミエは、注意深く匂いを嗅いでから、
そう言った。
「そうらしいな。これが噂のアーモンド臭か」
部長も確認する。こちらはミエのように薬学部ではないので、自信なさげだ
けど。
「だけど、朝、砂原さんに飲ませて上げたときは、何ともなかったのよ。それ
がどうして」
あたしは率直に疑問を口にした。
「食事を作ってる間に、誰かが毒を入れたんですか?」
マキが受け継ぐ形で言った。女子はみんな料理をしていたから、男子の方に
目が向けられる。
「ブランデーに入っていたかどうか、分からないよ」
ぽつりと言ったのは本谷。
「どういう意味?」
「紅茶に入ってたかもしれないし、カップに塗ってあったのかもしれないし、
ポットのお湯にあったのかもしれないってことです」
言われてみると、そうだわ。だいたい、こんなことで推理研内が男女対立し
ても始まらない。そこで、一つ々々を調べていくことになった。調べるのはミ
エと部長。
まずはブランデー。キャップを取って、中身の匂いを嗅いでみるが、よく分
からないみたい。二人とも、首を振る。
「お酒の香りがあるから、分かりにくいのよ。確かめるには、何か小動物がい
るわ」
と言われたって、ここには金魚一匹いないもの。どうしようもない。
続いてカップ。だけど、これはみんなが思い思いにトレイに伏せてあったの
を取ったのだから、砂原さんを狙ったのだとしたら、不確定要素が強い。スプ
ーンや砂糖、ティバッグにしても同じことよ。
急須やポットのお湯なんて論外。全員が同じお湯を使ったんだから、これに
毒が入っているはずがない。
「まさか、雪に毒なんて、おかしいしね」
真子が言ったけど、それはそうだ。犯人にだって、砂原さんがあのとき雪を
紅茶に入れるとは察知できないでしょうし、わずかな可能性に期待して、積も
った雪に毒を染み込ませておくのも不自然すぎる。
「どうやら、ブランデーしかないみたいですけど」
言いにくそうであったが、ミエが言い切った。
「だがな、聞いてくれ。ブランデーは砂原さんが座っているとこに、ずっと立
ててあったんだぞ。知っての通り、砂原さんは自分の酒を他人に上げるような
人じゃない。となるとだ、瓶に毒を入れるには砂原さんの目の前で瓶を取り、
蓋を開けて毒を流し込み、また蓋をして置かなきゃならん。とてもじゃないが、
気付かれずにできる芸当じゃない」
露桐先輩が申し立てた。確かに、一理あるわ。
「手品的手法を使うとできるかな、剣持?」
「部長、僕を疑っているんですか?」
彼にしては珍しく、びっくり目になるマジシャン・剣持。
「そうじゃない。可能かどうかを聞いてるんだ」
「そうですか? まあ、可能性はありますけど、さっきみたいに自分で自分の
カップに注いだ場合は、無理ですよ。少なくとも、僕にはそんな技術はありま
せんし、知りません」
「そうか。隣の者が投げ込むってのも、距離に無理があるしな……」
広いテーブルにてんでばらばらに座ってるもんだから、砂原さんと両隣は二
メートル近く開いてる。
「砂原さんが最後に紅茶を注いだ訳じゃないから、直前の奴が毒を入れるって
のも不可能。あらかじめブランデーに入れといても、朝のことがある……。全
く、次から次へと」
部長は頭を抱えるようにすると、深く椅子にかけ直した。
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