1-8 偽りの入手経路

「考えがないではありませんが、そちらの仮説も当たっているとは限りません」

「かまわない。この前言ったように、あんたの能力は買っている。検験にとどまらず、見立てだって本職に劣らぬものがある。今の自分は思い込みが行きすぎてだめだ。他人の発想で、刺激を受けたらきっと変われる」

「なるほど。それなら刺激を与える意味で、言うとしましょう。ただ、基本的なところは代わりませんよ。オウ・カジャさんが大量の氷を盗んで運んだのは、恐らく遺体を冷やすつもりでいたから。これを大前提にします」

「おいおい、それじゃあ話が進まないじゃないか」

 声が刺々しくなるセキ・ジョンリ。かしホァユウは柳のように受け流した。

「肝心な点が少し異なるのです。先ほど、思い込みと言われたのを聞いてふと考えが浮かびました。オウ・カジャさんがそう思い込んでいた、と想定するのはどうですか?」

「オウが思い込んでいた? 死んだ人間を冷やして腐らないようにするためだっていうことをかい?」

「さようで」

「誰に? っと、これは愚問だったか。普通に考えていいのなら女、リィ・スーマに騙されたってか」

「私が思い描いたのも同じです。もしリィ・スーマさんの亡くなった頃合いがもっと早ければ、彼女を殺めてしまったオウ・カジャさんが急いで氷を盗んできたという場合も考えねばなりませんでしたが、幸か不幸かそうではない。二人はほとんど同じ頃に死亡しています」

「それ以上話すのはちょっと待ってくれ。先へ先へと行かれると混乱する。それに、連中がまだせっせと土いじりしているのを横目に見ながらじゃあ、落ち着かない」

 そういうとセキ・ジョンリはホァユウのそばを一時離れ、部下や人足らに号令を掛けた。

「休憩だ!」


 事件や事故に関して審議全般を取り仕切る大理司院、その片隅にある小理官個人の小部屋にて。

「つまり、何だな」

 ト・チョウジュはセキ捕吏とホァユウからの話をしまいまで聞き、彼なりに咀嚼した。「女の家や敷地内に、第三の死人は影も形もなかった。だがその結果、女が男に嘘をついて、大量の氷を運ばせたという線が浮上した。そしてそれにそって調べていくと、火事の起きる前々日かもう一日前に、酒場でオウ・カジャと会って話をした男が見付かったと」

「そうです」

 セキ・ジョンリは胸を張って答えた。

「すでに話を聞いて、この紙に書いてきた。目を通しますか」

「いや、かいつまんでしゃべってくれればいい」

「では――」

 証言者はリンといい、オウ・カジャとは元々顔馴染みで、同郷の男を介して約三年前に知り合ったという。

 その酒場は二人の行きつけの店で、職の違いから連れ立って訪れることは少なかったが、店内で偶然顔を合わせては酌み交わすなんてことはしょっちゅうだった。普段は楽しい酒なのに、当夜がいささか様子が異なった。オウ・カジャが何やら思い詰めた顔をしていたらしい。訳を尋ねても答えなかったが、飲む内に酔いが回ったか、ふと口が軽くなった瞬間が二度あった。そのときに聞こえたつぶやきが、<やっぱり、やるしかねえ。できる限り多くの氷を持ち出して、腐らねえようにしないと>と<でかい物でも分ければ何とかなる>だった。

 リンはつぶやきの意味を解しかねたが、オウ・カジャのただならぬ雰囲気にそれ以上深くは聞けず、そっとお開きにし、立ち去ったという。

「なるほどな。その話を聞く限りでは、オウ・カジャとリィ・スーマは共謀して、巨漢の男の死体をどうにかして処分しようと考えていた、と思える。が、何度も聞くが、死体はなかったんだろう?」

「そうです。なので、さらなる手掛かりを求めて、オウとリンに共通する知り合いにも当たってみた。さっき話に出た同郷の男、ジャンです」

 行商人を称するジャンを、話を聞くためにこの街での彼の定宿で待ち構えていた。と、その痩せぎすな男はこちらが捕吏と聞いただけで震え上がった。後ろ暗いところがあるに違いないと、セキ・ジョンリが強面を活かして詰問すると、あっさり白状。と言ってもたいした悪事ではない。ジャンは二ヶ月ほど前にオウ・カジャから、氷の仕入れ元はおまえってことにしておいてくれと頼まれていた。

「妙な頼みだな。ははん。どうやら男は女にいい格好をしていたのだな」

「そのようで。オウ・カジャはリィ・スーマの茶屋が繁盛するように、適量の氷を都合してやっていた。無論、それは盗品だが、惚れた女に正直に打ち明けるのが怖かったのか格好悪いと感じたのか、とにかく秘密にしておいた。かといって魔法のように氷が手に入るのもおかしいってんで、知り合いジャンに頼んだって訳です。ジャンなら行商人としてあちらこちらを旅しているも同然だから、ごく少量の氷を街に来る度に持って来たということにしておけば理由が立つという浅知恵だ」

「ふむ。男が氷室に秘密の抜け穴を作ったのは盗みのために決まっているが、その後、何年間も使わなかったのは何故だと思う?」

「さあて……街では一時期、建物が雨後の竹の子の如く作られていたから、オウ・カジャの懐は潤っていた。危ない橋を渡る必要がなかったんじゃないかと」

「今でもそれなりに蓄えがあったろうに、惚れた女のために、氷室への秘密の通路という“伝家の宝刀”を抜いたってことか。――ちなみにだが、ジャンはそのあとどう遇した? 罪を問うにはいささか無理があろう」

「同感だったので、証言だけ取って放しました。捕吏と聞いてぶるぶる震えるくらい小心者のようだし、これ以上の犯罪に手を染めるとは思えんので」

「結構。それで本題の続きだが」

「現段階で事実として掴んだのが以上です。が、これらを元に絵解き、いや、見立てをするのがホァユウ先生という次第で」


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