1-4 偏りのある炎
ホァユウはこれに首肯すると、ズールイに話を任せた。
「トさんもこちらに来て、お触りになれば分かりますよ」
「いや、遠慮する。なにその、証拠になるやもしれぬ物に験屍使以外が無闇矢鱈と触れるのは、よくなかろう」
本心ではきっと、遺体に触れるのを避けたいが故の言い訳に違いない。
「では私の感触で判断したことを申し上げます。リィ・スーマの着物は非常に乾いているのに対し、オウ・カジャの着物は普通の乾き方なのです」
「うん? それはどういう……うむ、燃え跡から推測するに、二人の炎からの距離は大差ないように見えるな。それなのに乾き具合が異なると」
「さすが、お役人サマ」
ズールイがお世辞を述べてにっこりすると、ト・チョウジュはほんの一瞬、照れた風に頭に手をやったが、すぐに「だがな」と反論の口火を切った。
「そのような差違、いかようにも解釈できるんじゃないか? ほれ、ここは火事場だったんだぞ。水の掛かり具合によっては、どうとでも変わろう」
「確かに言われる通りですけど……なーんか気になったので、言ってみました」
「やれやれ。ホァユウ、先生としてはどう考えてるんで?」
「答えるのが難しい、です。私も気になるにはなるが、基本的にはト小理官の見方に賛同します。いかようにも解釈できる、つまりこの乾き方の違いだけを根拠に、何かの決定を下すのは危うい」
「だそうだ、ズールイ。惜しかったな」
「ふん、まだあるからいいよ」
ズールイの言葉に、ホァユウは頬をほころばせた。甘い顔を見せないようすぐさま引き締めると、「言ってみてご覧」と促す。
「師匠もお気付きに違いないでしょうけれども、オウ・カジャの背中に残る痕跡に、少々不審を覚えました。見てください」
ト・チョウジュに見せるために、オウ・カジャの遺体のそばへ戻ろうとするズールイ。そんな弟子を手で制し、ホァユウが代わってやる。建築に携わる、しかも石工と言うだけあって、幅広くてがっしりした背中が露わになった。
「……うっすらと火傷の跡らしきものが、肩から背中の中程に掛けて四角く付いているな。ううっ」
若干離れた位置から、こわごわと覗き込んだト・チョウジュはそれだけ感想を述べると、身体をぶるっと震わせた。
「はい。ですが、ご覧の通り、着物の方は焼けるどころか、焦げてさえいません。これは矛盾しているように映りました」
「悪くない着眼だ、いいよ」
ぱちぱちと二度、拍手したホァユウ。
「私も気付いていたんだが、ただねえ、これもまた判断に迷うところなのだよ。というのも、非常な高温に晒された場合、布越しでも火傷しうる。布には何ら痕跡を付けずにね」
「じゃあ、これも判断の材料にはなりませんか……」
しょんぼりするズールイに、ホァユウは首を横に振った。その動作が大きくて、結わえた長めの髪が彼自身の肩を軽く叩く音がしたほどだった。
「悲観する必要はない。確かにおかしなところもあるんだ。このように背中の上半分ぐらいを同じように火傷するには、一度で広範囲に熱を浴びたはずなんだけれども、さすがにそこまで大きな火が近くにあったなら、男の髪がもっとちりちりになってもいいと思えるんだよね」
「言われみれば……ほとんど燃えてません」
近寄ってきて確認したズールイ。表情がまた明るくなっている。
「だから、合点が行かない点の一つに数えるのは間違いではないよ」
「やった!」
喜びを露わにして、ズールイはその場で飛び跳ねた。慌ててト・チョウジュが注意する。
「おい、あんまり暴れるな。火事で脆くなってるんだからな」
「おっと、いっけない」
大人しくなるズールイに、ホァユウがさらに聞く。
「他にはないかな、特別に気になったこと」
「え、他に、ですか……いや、ありません」
ズールイは少しだけ考え、じきに降参。ホァユウはト小理官にも同じ質問をした。
「専門家が自分のような役人に聞くなよ」
「いえ、火災の跡についてなら、私も専門家とまでは言えません。あなたの方が立ち会った数は多いかもしれない」
「と言うからには、死体ではなく、この火事場に不審なところがあるのだな?
「はい。ただし、鎮火したあと、何か理由があって誰かが持ち込んだのだとしたら、事件とは無関係の可能性が高い」
「誰も持ち込んではおらんと思うが……おお、分かったぞ。あれだな」
ト・チョウジュは部屋の片隅を指差した。そこには藁くずや編んだ縄らしき物がひとかたまりになっていた。部分部分、燃えているのだが、だいぶ焼け残っている。燃え残りをかき集めれば、両手のひらにいっぱいにはなるだろう。
「藁のような燃えやすい物が、あんなに残っているのはちょっとばかり変だ」
「はい、私もそう感じています」
「だが、元の量が不明だからなあ。もっと大量にあって、どうにかあれだけ残ったのかもしれない」
「大量にあったとしても、藁なんてあっという間に延焼するでしょう」
「それもそうか。てことは……燃えにくい状態だった。濡れてたんじゃないか?」
「おお、それはあり得ますね。でも濡れた藁が家の中、それも床の上にある意味までは……?」
「うむ、分からん」
こうして最初の検験は終了した。一応の見解を示せただけで、未解明な点も多く、結論は先送りとした。
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