第32話 近くにいる!
その音に、ディレクターたちも気付いた。
「なんの音だろう」
「シー、静かに」
懐中電灯を雨に向けるが、なにも見えない。
ザクザク、ザクザク。
「誰か、来る?」
「助けが来たのかな」
しかし、本来、すぐにでも飛び出すはずの警官の岡崎は立ち上がっただけで、体を強ばらせている。細野屋籐七朗は、「ふー」と長く息を吐いている。
「これが、あれですか?」
細野屋が岡崎に声をかけた。
「わからない」
するとディレクターが「なんです、あれって」。
「怪しいものです」と細野屋。「このトンネル、いやこの山全体が呪われている。ここに長くいると、生きて帰れない」
「そういうの、いいですから。カメラ回っているときにやってください。で、どうなんです?」
今度は岡崎が「さきほど、私がお教えしたことなんですけどね」と言う。
「どういうことです?」とディレクター。懐中電灯を岡崎に向ける。同時にカメラマンも身構える。
「どういうことなのか、教えてください」とカメラを意識して言い直す。
「このトンネルにはいろんな噂があります。なにかが出るとか、恐ろしいものを見るとか。地元の人たちは、山とトンネルのことは滅多に口にしません。よそ者たちにも言いません。怖いからです」
警察官の言葉とも思えない。
「具体的に、なにがあると思われます?」
「十二年前、やはりこういう激しい雨が続いていたのですが、一瞬、晴れ間があって、数人の者たちがトンネルまでハイキングへ出掛けました。その帰りに、土石流が発生し、一人が巻き込まれて亡くなりました」
一人かよ、とディレクターのつぶやき。
「生き残った人たちは?」
「いますが、具体的な話はありません。みな口を閉ざしています」
「そんな……」
ディレクターは懐中電灯を紺野屋へ向けた。
「先生、どういうことだと思いますか?」
「このトンネルは、寂しいのです」
「は?」
「どういう経緯で作られたのかわからないが、多くの犠牲の上に完成したトンネルなのに、こうして閉ざされて使われていない。ここで犠牲になった者の霊が、寂しくて人を呼ぶのです」
「なるほど」
その少し離れたところで、日奈子は清美に「やめてほしいよね、こんなときに」と囁いている。
いまは、誰もが、雨の向こうでザッ、ザッ、ザッと足音のようなものが響いていることに気付いている。
音声さんは必死にその音を録音しようとマイクを向けている。
「ラップ音かな」とディレクター。「しかし、室内ならともかく、こんなところでラップ音なんて……」
ポルターガイスト現象。ある場所に憑依している霊によって起こされる、物の移動、さまざまな音、突然開くドア、何度閉じても開く窓、かけたはずなのに外れている鍵などの現象。この現象を多くの人たちに広めた1982年の映画『ポルターガイスト』。スティーブン・スピルバーグの原案・制作で『悪魔のいけにえ』でレジェンドとなっているトビー・フーパーが監督した作品。すでに古典的な存在であり、呪われた映画としても知られている。どうしてそう呼ばれるのかは、ネットなどで検索すればいろいろな話が出てくるだろう。
確かに、場所と霊的現象は密接に関係しているが、たとえばこの場合、トンネルの中から聞えるのであればまだしも、雨の降りしきる外から聞えてくるのは珍しい。
その点で、三遊亭圓朝の傑作怪談『牡丹灯籠』では、取り憑いた幽霊のやってくる下駄の音がカランコロンと鳴る。この場面は特別に印象的だ。外から聞える現象も皆無とは言えない。
ザッ、ザッ、ザッ。
近づいてくるようでも、なかなか近づいて来ないようでもある。
「録れてるのか?」
「たぶん」
明らかに雨とは違う音。風によるものでもなく、一定のリズムで起こる人工的な音に聞える。
「キャーッ」
突然の悲鳴に全員が振り向くと、清美と日奈子が立ち上がって震えていた。
ディレクターは当然のように懐中電灯を向ける。カメラマンはすでに撮影を開始。
「どうした!」
「なにか、ここを通った!」
「触った!」
「気持ち悪い!」
「もう、嫌!」
二人でも四人分叫ぶ。
「奥からなにか来たんです!」と、あの生意気で何事にも冷めた清美が必死で訴える。演技とは思えない。蒼白の二人。
「うーん」とうなる細野屋籐七朗。思わず顔を見合わせる岡崎。
「実は」と警官の岡崎がディレクターに告げる。「さっき、奥へ行ったときに、なんか嫌なものに触ったというか、触れたような気がしたんだ」
「どうして言ってくれないのよ!」と清美。
「言ったところで、どこにも逃げ場がないからだ」と細野屋。「ここは呪われている。それは承知の上のことだろう。少しぐらいなにかあっても慌てるな」
「除霊してよ!」と清美が詰め寄る。「霊能者なんでしょ!」
「もし、君らに霊が取り憑いたら、除霊してあげる。だが、霊を消滅させることはできない。霊はそこに存在し続ける」
「なに言ってるのよ、役立たず!」
「それに、ここにいる霊はあまりにも多い。古くからこの山に呼び寄せられて亡くなった者たちが、このトンネルを中心にうようよいる」
「うようよ」
日奈子が意識が遠くなり、清美に倒れかかる。清美はそれを受け止め、ゆっくりとシートの上に横たえた。がさつで男の子のような日奈子のそんな様子に、さすがの清美も脅える。
「脅かさないでよ!」
「だから、さっきは言わなかった」と岡崎。
「静かに! すぐ近くにいる!」
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