第13話 馬車(厳重警戒)

「それでは早速、レイン様に私の魔法の腕を見て頂きましょうか」


 長旅の疲れもあるだろうに、アリスは荷物を客間に置いてすぐそんなことを言い出した。父上も母上もアリスの疲れを心配したが、彼女は笑顔で心配には及びませんと答える。


「私がこちらに居られるのは夏季休暇の間だけですから。家庭教師を引き受けた以上、レイン様との時間を一分一秒たりとも無駄にしたくないのです」


 なんて殊勝な態度を見せるアリスに父上も母上も大感激。すぐさまエバンズを呼び寄せて馬車と護衛の騎士団を手配し、俺たちはロードンの外れにある高原へ向かうことになった。


 俺が馬車に乗り込もうとすると、先に乗っていたアリスがポンポンと自分の太ももを叩く。まるでここに座りなさいと言いたげな笑顔を浮かべていた。


「ニーナ、俺たちはこっちの席に座ろうか」

「はぁーい!」


 俺はニーナの手を引いてアリスの対面の席へ座ることにした。アリスの膝の上は柔らかなクッションもあって乗り心地良さそうだが、こんなクソ熱い時期に出来れば人と密着したくはない。季節が冬だったら迷うことなく座ったんだけどな、本当に残念だ。


「レイン様のいけず……」


 アリスは残念そうに肩を落として呟く。黙っていればナルカにも負けない美少女なんだけどな。いかんせん、幼い少年が好きという性癖を隠しきれていないのが残念だ。


 馬車には最後にナルカが乗り込み、アリスの隣に座るとゆっくりと動き出す。御者を務めるのはエバンズ、脇は馬に乗った騎士団員が固めるという厳重警戒っぷりだ。


 ……いや、貴族の息子が屋敷の外へ出るのだからこれくらい普通なんだろうな。アリシアが来た時、こっそり屋敷を抜け出したことを父上に怒られなかったのが本当に不思議だ。


 目的地の高原までは馬車で二時間ほどかかるらしい。その間、暇なので俺はアリスに色々と質問してみることにした。


「アリスはどうして家庭教師を引き受けてくれたんだ?」


 俺が魔法を学ぶ機会に恵まれなかったのはロードランド領に魔法使いが極端に少ないという理由だったわけだが、そもそもどうして魔法使いが居ないのかと言えば理由がある。


 王都からそこそこ離れているロードランド領は、古くから魔法使いから忌避されてきた土地だった。かつてロードランド領に属する地域では魔族領に隣接しているため、魔法を使える者は魔族との関係を疑われた。ロードランド家がこの地に来る前は、魔女狩りなどの凄惨な歴史もあったそうだ。


 そのため魔法使いたちはこの地を避け、またロードランド領の住民も魔法使いを避ける。そういった歴史は魔法使いには有名で、魔法使いはロードランド領に寄り付かなくなったのだと歴史書には記されていた。


「理由は色々とありますが、アリシアの将来の夫となる殿方とお会いしたかった、というのが一番の理由でしょうか。アリシアからレイン様の話は色々と聞いていましたから」


「アリシア様から……。あまり良いように話してないんじゃないか?」


「いいえ。レイン様には滞在中とてもお世話になったと。それから、アリシアが使った魔法を見ただけで使えるようになったとも聞いています。その才覚を是非この目で見てみたいと、そう思ったのです。私自身のためにも」


 アリスはそう言って、体面に座る俺を真っすぐに見つめる。先ほどまでとは打って変わって、その瞳には強い意志を感じられた。彼女なりに理由があって俺の家庭教師を引き受けてくれたようだ。


 期待に応えられるかわからないが、可能な限りの努力はしてみよう。


「あ、あのあのっ。アリシアさま、げんきですか……?」


 胸元で両手をギュッと握り、ニーナがアリスに問いかける。さっきから時々そわそわした様子を見せていたニーナだが、どうやらアリスからアリシアの話を聞きたかったようだ。


「ええ、元気にしていますよ。あなたがニーナちゃんですね。帰ってきたアリシアが、お友達が出来たと嬉しそうに話してくれました。アリシアと仲良くしてくれてありがとうございます」


「いえいえ、えへへぇ~」


「そうだ、アリシアから手紙を預かっていたのでした。荷物の中にあるので、後でお渡ししますね」


「わぁ、ありがとござますっ」


 アリシアからの手紙があると聞いたニーナは嬉しそうに破顔する。アリシアが帰ってすぐ、ニーナは頑張って読み書きを覚えてアリシアに手紙を書いた。郵便システムが発達していないこの世界では、手紙のやり取りに数か月単位の時間がかかる。アリシアからのお返事をニーナはずっと待ちわびていたのだ。


「レイン様宛にもアリシアから手紙を預かっていますよ」

「それは読むのが楽しみだな」


 ……手紙を送ったのが随分と前だからどんな内容を書いたかすっかり忘れてしまったが、まあ返事を貰えたなら送った甲斐があったというものだ。


 それからしばらく、俺たちは馬車の中で他愛のない会話をして過ごした。アリスが実は十三歳でナルカと同い年だということがわかり、ナルカが自分の胸部と比較してショックを受けたりもしたがそれはそれ。


 ようやく高原に辿り着いた俺たちは、早速アリスに魔法を見せてもらうことにした。

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