第10話 為政者(親ばか)
「ふむ。貧民街の若者を中心とした自警団の創設か……」
街の視察から戻り執務室で仕事をしていたカシム・ロードランドは、日が暮れた遅い時間に執務室を訪れた愛息レイン・ロードランドから手渡された資料を見て唸り声をあげた。
(てっきり、一緒に寝て欲しいとせがんで来たと思ったのだがな……)
子供らしい所もあるではないか、と嬉しくなった矢先に手渡されたのが何ページにも渡る紙の上申書である。その1ページ目に書いてあったのは『ロードンの貧富の格差と治安悪化に関する懸念と解決策について』という全く子供らしからぬ題名だった。
読み進めていけば6歳の子供が書いたとは思えない出来栄えに驚かされ、続いてなかなか的を射た内容に感心させられる。
ロードンが抱える格差問題、ひいては貧民街の存在にはカシムも頭を悩ませていた。
「……しかし、どうしてこのような上申書を?」
「実は今日、アリシア様たちとこっそり屋敷を抜け出してロードンの街を探索してきました」
「なにっ!?」
初めて聞く報告にカシムは驚く。
(あの引きこもりのレインが屋敷の外にだと……!?)
勝手に屋敷を抜け出したことよりも、そっちの方が驚きだった。常々、レインの引きこもり体質にはカシムも妻のエリザベスも心配していたのだ。何かのきっかけになれば、と同い年のニーナを専属メイドに付けたりしたが、よもやここまで効果を発揮するとは思っていなかった。
「ロードンの街は非常に活気が溢れていました。けれど、通りから一歩奥へ行けば貧民街が広がっていて、その現状をアリシア様に見せてしまい恥を覚えました。ロードランド家の一員として、今の状況は看過できるものではありません」
「……それで貧民街の雇用改革か」
なぜ貧民街が形成されるかと言えば、彼らに働き口がないからだ。貧民街の住民の多くが他の領地からの移民や、様々な理由で職を失った者たち。彼らを雇用しようとする雇い主はそう多くなく、仮に働けたとしても賃金を非常に低く設定されて馬車馬のように働かされる。
商人ギルドや街の有力者たちに働きかけは進めているが、現状はなかなか上手く行っていなかった。
レインの案は、そんな貧民街の人々を中心とした治安維持組織を創設し、貧民街の雇用改革とロードン全体の治安改善を一気に行おうというものだった。カシムがこれまで考え付かなかった案だ。
(控えめに言って俺の息子、天才なのでは?)
剣の腕は王国最強とも言われるエバンズに匹敵し、つい先日は魔法の才能も開花させた。そのうえ、6歳でこのような改革を考え付く政治的才覚だ。
手放しで称賛しすぐさまレインの案を施行したくなったカシムだが、ギリギリで為政者としての立場を思い出す。レインの案にはまだまだ内容を詰めなければいけない部分があった。
「現在、ロードンの治安維持は衛兵を中心に行っている。自警団の創設は彼らの仕事を奪うことになるのではないか?」
「役割分担を明確にすれば問題ありません。衛兵の役割を外部からの脅威を街に入れないことに限定し、自警団の役割を街の内部の治安維持に限定します。そうすれば、それぞれの仕事は被りません。もちろん、対立構造を生まないように気を配る必要はありますが」
「うむ、確かに住み分けは可能か……」
現在は衛兵が両方を行っているが、どちらかと言えば街中の治安維持に手が足りていないところがある。レインはその辺も把握したうえで提案しているのだろう。
「それに、貧民街の者を中心とすることでメリットもあります。ロードンは父上の治政のおかげで大変活気のある街です。しかし貧民街に住む人たちはそのような活気から隔離された世界に住んでいます。職にもつけず劣悪な環境に住む彼らが犯罪の温床となるのは必然でしょう。彼らは生きるために罪を犯すのです。ならば犯罪を取り締まる側にすることで、未然に犯罪を防ぐことができます」
「その手があったか……」
犯罪率を低下させるには取り締まりを強化するしかないと考えていたカシムは、犯罪を起こさざるを得ない者たちを取り締まる側にしてしまうという発想に舌を巻いた。子供らしい柔軟な発想だがとても理に適っている。もちろん理想論的な一面もあるが、試してみる価値は十分にあるだろう。
「自警団の創設には資金が必要だろう。装備はどうする? 自警団とはいえ、所属する者には給料も必要ではないか?」
「立派な剣や防具は必要ないでしょう。騎士団や衛兵で不要になった物、冒険者向けの武器屋で安く売られている物を調達すればいいかと。そのための資金や給料は商人ギルドに相談しましょう。街の治安が改善して恩恵を受けるのは彼らでしょうから」
「ふむ。確かに交渉次第では話に乗ってくるやもしれんな」
貧民街の住民の雇用に関しては渋っていた彼らだが、街の治安改善に繋がるとあれば資金提供も考えるかもしれない。早急に商人ギルドとの対談の場を調整せねばと頭の中で段取りを組み立てる。
「あと考えるべきは、自警団が権力を強める危険性か。彼らが組織だった犯行を行うようになればどうする?」
「その時は、我々にはロードランド騎士団が居ます。寄せ集めで最低限の装備しか持たない自警団は敵ではないでしょう。もし心配であれば、自警団の管理をロードランド騎士団に任せてもいいかもしれません。エバンズなら上手くやってくれるでしょうし、自警団の中から腕の立つ者が出てくれば騎士団に推挙できます。ロードランド騎士団に取り立てられる可能性があるとなれば、自警団のやる気にも繋がることでしょう」
レインの言葉にカシムは頷くことしか出来なかった。
(よもやここまで考えを巡らせているとは。やはり我が息子は天才だ……!)
カシムはロードランド家の輝かしい未来に想いを馳せながら、息子が考え出した案を早急に施行することに決めたのだった。
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