第8話 初めての魔法(どっかーん!)
アリシアとシルヴァ様が屋敷に滞在するようになって3日が経とうとしていた。
「遊びましょ、ニーナ!」
アリシアはすっかりニーナに懐いている。シルヴァ様によると、グレイス家のお屋敷にはアリシアと同年代のメイドは居らず、これまで同年代の女の子と遊んだ経験がアリシアにはほとんどなかったそうだ。
こっちに来て初めて出来た、同い年の女の子の友達。アリシアがニーナに懐いてしまうのも無理のない話だろう。
「きょうはあたしのとっておきをみせてあげるわ! おそとにいきましょっ!」
ただ、ニーナは俺の専属メイドだ。アリシアに遊ぼうと誘われたニーナは「えっとえっと」と悩まし気な声を出して俺のほうを見てくる。
ニーナがアリシアと遊ぶ時は、基本的に俺も付き合わなくちゃいけない。そうしないと、ニーナが職場放棄をしたことになってしまう。ニーナに甘々な父上や母上に、ニーナを叱らせるのは忍びない。
「今日は書庫でゆっくり読書をしよう」
二人の遊びに付き合うのも少し疲れてしまった。最近はあまり読書の時間を取れていなかったし、シルヴァ様が俺のために持ってきてくれた本も読みたいところだ。
俺がそう言うと、アリシアは「むぅー!」と不機嫌そうに頬を膨らませる。
「せっかくニーナにマホーをみせてあげよーとおもったのにぃ~!」
「魔法……? アリシア、君は魔法が使えるのか?」
「とーぜんでしょ! おかあさまはすごいきゅうてーまどーしなんだからっ!」
アリシアの母……シルヴァ様の奥方は仕事の都合でこっちに来られなかったと聞いた。何の仕事かまでは父上から教えてもらっていなかったが、宮廷魔導士だったのか。
リース王国の宮廷魔導士団は歴史書にも度々登場する由緒ある魔法使いの組織だ。王国中から才能ある魔法使いが集められ、日夜魔道の研究や王城の守護を行っている。
魔法使いの血を引くアリシアが魔法を使えるのは当然か。魔法は誰にでも使えるものじゃない。現に俺の周りには今まで魔法が使えるという者は一人も居なかった。
せっかくチートスキルで魔法が使い放題なのに、覚える機会に恵まれなかったのだ。
だから、俺は魔法というものに飢えていた。
「よし、それじゃアリシア様に魔法を見せてもらうとしよう」
「ちょ、ちょっと! あんたにみせてあげるとはいってないんですけど!」
「ニーナもアリシア様の魔法が見たいよね?」
「みたぁ~い!」
「……し、しかたがないわねっ」
首尾よくアリシアを丸め込んで、俺たちは騎士団の弓術訓練場まで足を運んだ。ここなら屋敷や庭園からも離れているし、魔法を使っても大丈夫だろう。ちょうど、30メートルほどの距離で的も用意されている。
「よーくみてなさい! 〈ファイヤボール〉っ!」
アリシアが的の方へ手を掲げると、テニスボールほどの小さな火の玉が彼女の掌に生まれて的へ向かって飛んでいく。
火の玉はゆっくりと的に着弾して、的には焦げ跡ができた。
「アリシアさますごーい!」
「ま、これくらいよゆーよ、よゆー! でも、おかーさまやおねーさまのほうがもっとすごいんだから!」
自慢げに平らな胸を張るアリシア。てっきりもっと凄い魔法かと……いやいや、6歳の女の子が何も使わずに手から火を出せるだけで十分凄い。前世でアニメやラノベに毒されて基準がバカになっているだけだ。
「ふっふぅ~ん」
アリシアはニーナに「すごいすごい!」と称賛されながら、俺に勝ち誇るような笑みを向けてくる。
スキル〈魔王〉のおかげでアリシアが使った魔法は見ただけで理解できた。簡単に説明するとしたら、大気中のマナを体内にあるMP(魔力)を使ってコントロールといった具合だろうか。
物は試しと、俺もアリシアと同じように的へ手を向けてみる。
「ふんっ! あたしがマホーをつかえるまですごーくがんばったのよ? みただけでマホーがつかえるわけが――」
「〈ファイヤボール〉」
魔法を発動すると、サッカーボールほどの火球が的へ向けて超速で飛んで行った。次の瞬間には的は爆発炎上していた。
「えーっ!?」
アリシアの驚く声が響く中10メートルほどの火柱が上がり、一瞬で炭化した的がボロボロと崩れ落ちる。
うわぁ、力加減ミスった。後で父上に怒られる……!
「レインさますごぉ~いっ!!」
「まさか剣術だけでなく魔法まで……。さすがは我が主です」
ニーナとナルカが俺を称賛してくれるが、こっちは父上にどう説明しようかと気が気じゃなかった。
「ぐぬぬぅ~っ!」
アリシアはアリシアで、敵愾心丸出しの悔しそうな表情で睨んでくるし。
そうこうしている内に、複数の足音が近づいてくる。エバンズが他の騎士団員を率いて駆けつけてきた音だった。
「何があった!? ……って、坊ちゃん!?」
「すまない、エバンズ。初めて魔法を使ってみたら加減を間違ってしまったんだ」
「ぼ、坊ちゃんが魔法を……っ!? と、とにかく無事で何よりですぜ」
その後、父上やシルヴァ様まで駆けつける騒ぎになってしまった。
幸い、父上から怒られることはなかったが、魔法はもうしばらく封印しておこう……。
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